第41話 三つ目の場所
翌日の放課後、研究室の机には試作五号と新しい金属板が並んでいた。昨日までに内部の固定点は二つ。白と黒、二つの発光魔道具を別々の位置へ置き、入口を閉じても同じ場所へ戻せるところまで確認している。
「今日は三個?」シリウスが真っ先に聞いた。
「三個」アルスが答える。
「やっとだな」
「その前に試作六号を作るけど」
「やっぱりそこからか」
アイリスが笑い、レインは古代術式の写しを見る。「三つ目も同じ構造を追加するんだよね」
「うん。ただ、昨日より線が増える」
アルスは試作五号と古代術式を見比べる。固定点と思われる構造は、一つ増えるだけで全体の線がかなり混み合う。入口、内部、位置固定。機能が増えるたびに魔法陣は複雑になっていた。
リリアが言った。「小さく作ろうとすると、もっと大変になりそうですね」
「それは後で見る。今は大きくてもいいから三つ目が動くか」
ティアが頷く。「それでよい。先に機能を確かめろ。小型化まで同時にやるな」
最近では、アルスもそこを言われる前に分けられるようになってきた。まず収納数を増やす。その後に大きさ、素材、消費魔素、加工精度。全部を一度に触れば、何が変わったのか分からなくなる。
「三つ目の位置、どこにする?」レインが聞く。
アルスは古代術式の繰り返し構造を見る。「一つ目を基準、二つ目は少し左と奥だった。三つ目は古代術式の配置をそのまま参考にして、反対側へ振る」
「左右に分ける感じ?」アイリスが聞く。
「結果としてそうなるかもしれない。でも内部が本当に左右になってるかは分からない」
シリウスが言う。「見えない棚、面倒だな」
「見えないから測るんだよ」
試作六号の作成には二日かかった。線幅を揃え、長さを測り、固定点同士が近づきすぎないよう確認する。完成した金属板は試作五号より少し大きい。
試験の日、発光魔道具を三つ用意した。白、黒、無印。
シリウスが三つを並べて言う。「今日は全員入る」
「先に入口が動けばね」
「縁起悪いこと言うなよ」
試作六号を起動する。外周が光り、中央に揺らぎが生まれる。
「入口正常」アイリス。
「発光の偏りなし」リリア。
レインも全体を見て頷いた。「五号と大きな違いはなさそう」
ティアが短く言う。「続けろ」
まず白。中央へ入れる。探査棒を一つ目の固定点へ入れるとすぐ反応した。
「一個目、確認」
次に黒。二つ目。こちらも反応。
「二個目もいる」
そして無印。
アルスが一度手を止めた。「入れるよ」
「早くしろ」シリウスが身を乗り出す。
アイリスがすぐに肩を引いた。「だから近づかないでください」
「見たいんだって」
「見えなくなるだけです」
アルスは笑いながら無印を中央へ押し込む。完全に消えた。まず一つ目。白。二つ目。黒。最後に三つ目と思われる位置へ探査棒を動かす。
反応なし。
「ない?」レインが聞く。
「ちょっと待って」
少し奥。右。上。まだない。アルスは古代術式の配置と外側の魔法陣を見直す。
「三つ目の向き、読み違えた?」
ティアが言う。「決めつけるな。まず探せ」
さらに範囲を広げる。しばらくして、探査棒が小さく反応した。
「いた」
「どこ?」シリウスが聞く。
「思ってた場所よりかなり上」
位置を記録し、保持具で回収する。出てきたのは無印。
「三個目だ」レインが笑う。
アイリスが記録を確認する。「固定点そのものはできている。でも予想した位置と違った?」
「うん」
リリアが古代術式を見る。「図の配置と内部の位置が、そのまま対応するわけではないんですね」
アルスは頷いた。「たぶん外側の角度を変えたからって、内部で同じ方向に動くわけじゃない」
ティアが言う。「そこは重要じゃ。魔法陣上の位置と、内部空間上の位置を同じものとして扱うな」
アルスはすぐ記録する。
――外部術式上の配置と、内部固定点の実位置は単純対応しない。
シリウスが言う。「でも三個入ったんだろ?」
「それは確認できた」
「じゃあ次は四個」
「まだ」
「もう分かってた」シリウスが笑う。
次は順番を変える。無印、白、黒。結果は同じ。空いている固定点へ順番に割り当てられる。一つ目を取り出し、新しい発光魔道具を入れる。空いた一つ目へ入る。入口を閉じ、三分待つ。再び開く。三つとも位置を維持していた。
「三個までは安定」レインが言う。
「今の条件ではね」
「最近その言い方、自然に出るね」
アルスも少し笑った。
ここでアイリスが試作六号を見ながら言う。「固定点を増やした分、消費魔素は増えていませんか?」
全員が測定値を見る。入口を開くための基本消費。それに加えて、五号よりわずかに高い。
「増えてる」アルスが言う。
「三つ目の構造を追加したから?」リリアが聞く。
「可能性はある」
試作五号と六号を同じ条件で比較する。物を入れない状態でも、六号の方が少し消費が高い。
ティアが言った。「固定点は無料ではないようじゃな」
シリウスが顔をしかめる。「棚増やすだけで魔素使うのか」
「普通の棚だって材料いるでしょ」
「そう言われるとそうだな」
アルスは記録する。固定点一つ、二つ、三つ。構造が増えるほど消費も増える可能性。ただし、増え方は単純ではない。
レインが聞く。「収納数を増やし続けたら、いつか重くなる?」
「魔素的にはそうなるかも」
「じゃあ無限には増やせない?」
アルスは少し考えた。「少なくとも今の作り方では、そうかもしれない」
最初は、外より大きい空間ならたくさん入ると思っていた。でも実際は違う。内部空間が広くても、置く場所がなければ使いにくい。場所を増やせば術式が複雑になり、魔素消費も増える。さらに小さくしようとすれば加工精度まで厳しくなる。
「便利にするほど難しくなるな」シリウスが言う。
ティアが笑う。「それが道具じゃ」
アイリスが続ける。「でも、必要な数だけにすればいいんですよね」
アルスが見る。「必要な数?」
「最初から何百個も入れる必要はないでしょう。冒険者向けなら、まず食料、水、薬、予備装備とか」
レインも頷く。「用途を決めれば必要な収納数も決められる」
以前、ティアに言われたことと同じだった。何でもできるものを最初から作ろうとしない。何をできるようにしたいのかを決める。
リリアが言う。「最初の実用品なら、少なくてもいいのでは?」
アルスは試作六号を見る。三つの固定点。それだけでも、普通の袋とはまったく違う。
「うん。最初から最大を作らなくていい」
ティアが少し笑った。「やっと道具を作る顔になってきたのう」
「前は?」
「現象を追いかける顔じゃった」
「今もそれは楽しい」
「知っとる」
その日の最後に、アルスは三つの発光魔道具をもう一度内部へ入れた。入口を閉じる。しばらく待つ。再び開く。三つとも、決められた位置から戻ってきた。
記録にはこう残した。
――試作六号。固定点三つ。
――三物体の個別収納および回収に成功。
――入口閉鎖後も各位置を維持。
――固定点追加に伴い、基礎魔素消費が増加する可能性。
――外部術式配置と内部位置は単純対応しない。
最後に一行。
――収納数は、多ければいいのではなく、用途に必要な数を考える。
アルスは記録を閉じた。
収納魔道具は、少しずつ「できるかどうか」の研究から、「どう使う道具にするか」の研究へ変わり始めていた。




