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第39話 中の場所を決める

翌日の放課後。


研究室の机には、古代術式の写しが広げられていた。


アルスは昨日まで見ていた中央部分ではなく、その少し外側を見ている。


同じ形。


同じような記号。


何度か繰り返されている。


「ここ」


アルスが指した。


ティアが覗き込む。


「何じゃ」


「入口でもない」


「うむ」


「内部を作ってる中心でもない」


「そうじゃな」


「じゃあ何してるんだろう」


ティアは答えない。


最近は。


聞けばすぐ教えることが減った。


その方がアルスも慣れてきた。


「昨日、位置固定が必要って話した」


「そうじゃ」


「古代の保管道具では、入れた物を毎回探してた記録がない」


「少なくともワシが見た記録にはな」


アルスは図を見る。


「なら、中に入れた物をどこかに置く仕組みがある」


「可能性はある」


「これじゃない?」


ティアの目が少し細くなる。


「なぜそう思う」


アルスは繰り返し構造を見る。


「同じ形が複数あるから」


「それだけか?」


「収納する物を一個しか置かないなら、同じものを何個も作る必要がない気がする」


ティアは何も言わない。


アルスは続ける。


「一個目の場所」


別の記号。


「二個目」


さらに別。


「三個目」


シリウスが後ろから言った。


「棚?」


アルスが振り向く。


いつの間にか四人とも来ている。


レインが図を見る。


「昨日話してたやつだね」


アイリスも覗く。


「でも本当に棚なんですか?」


「分からない」


アルスが答える。


リリアが言う。


「棚そのものじゃなくても、場所を分ける仕組みかもしれませんね」


「うん」


ティアが少し笑った。


「ようやく人の話から仮説を広げられるようになったのう」


シリウスが聞く。


「試せる?」


アルスがティアを見る。


ティアは古代術式の写しを指した。


「そのままでは無理じゃ」


「また書き直す?」


「そうじゃ」


入口。


内部。


今度は。


位置。


古代術式の一部を。


今の魔法陣へ置き換える。


アルスは新しい紙を出す。


「まず一個だけ?」


「そうせい」


「複数作らない?」


「最初から棚を十個作る気か」


「ちょっと思った」


シリウスが笑う。


「絶対やると思った」


アイリスが言う。


「一つずつと言われ続けているでしょう」


「分かってる」


アルスも笑う。


まず。


内部に一つ。


基準になる位置を作る。


そう考える。


「位置を固定するって」


レインが聞く。


「どうやるんだろう」


アルスは少し考える。


「座標みたいにする?」


シリウスが首を傾げる。


「座標?」


「ここ、って決める」


机を指す。


「右にこれだけ」


次に前。


「前にこれだけ」


高さ。


「上にこれだけ」


レインが頷く。


「場所を数字で決める?」


「そういう考え方」


ティアが言う。


「古代術式がそうだったとは限らんぞ」


「分かってます」


アルスは記録する。


――仮説一:内部位置を基準点からの距離で指定。


リリアが聞く。


「他には?」


「場所に印を付ける?」


アイリスが言う。


アルスが見る。


「印?」


「魔法陣の中に、ここへ置くという目印を作る」


「なるほど」


記録。


――仮説二:内部空間に固定点を作り、その点へ収納物を紐づける。


シリウスが言う。


「俺はそっちの方が分かりやすい」


レインも頷く。


「数字より、置き場所がある方が道具として使いやすいかも」


アルスは少し止まる。


研究として動けばいい。


だけではない。


使う人が。


理解できるか。


そこも大事。


「じゃあ最初は固定点」


ティアが言う。


「そうするなら、昨日の紐を使え」


「また紐?」


「内部で物が動いとるか分からんからじゃ」


納得する。


新しい試作。


試作四号。


入口部分は三号と同じ。


内部へ繋ぐ構造も同じ。


追加するのは。


古代術式から読み取った。


位置固定と思われる構造。


ただし。


一つだけ。


アルスが線を引く。


レインが隣から見る。


「前より複雑になったね」


「うん」


アイリスが聞く。


「失敗したら、入口まで動かなくなる可能性もあります?」


「ある」


シリウスが言う。


「怖いな」


ティアがすぐ言う。


「だから三号は残す」


アルスが顔を上げる。


「上書きしない?」


「当たり前じゃ」


「成功したら残す?」


「成功しても残す」


失敗作。


成功作。


途中のもの。


全部。


比較できる形で残す。


アルスは少し笑う。


「先生の研究室が物だらけになる理由、分かってきた」


「今さらか」


試作四号が完成する。


その日は。


動かさない。


ティアが一度全体を見る。


アルスも。


四人も。


「今日は試さない?」


シリウスが聞く。


「明日じゃ」


ティアが答える。


「やっぱり」


翌日。


五人は早めに研究室へ集まった。


試作四号。


小型発光魔道具。


細い紐。


探査棒。


全部準備。


「まず入口だけ」


アルスが起動する。


外周。


正常。


中央。


揺らぎ。


出た。


「三号と同じ」


リリアが言う。


アイリスも測定値を見る。


「大きな差なし」


まず一つ。


位置固定構造を追加しても。


入口そのものは壊れていない。


次。


発光魔道具。


紐付き。


中央へ。


完全に入る。


「入った」


シリウス。


紐を少し緩める。


昨日なら。


中へ入れた分だけ。


位置が少し動いている感触があった。


今日は。


アルスの手が止まる。


「動かない」


レインが聞く。


「何が?」


「紐」


少し緩める。


それでも。


内部側へ引かれない。


逆に。


軽く引く。


一定の位置から。


動かしにくい。


「引っかかってる?」


アイリスが聞く。


「違う気がする」


アルスはもう少し弱く引く。


抵抗。


ある。


でも。


硬い壁に当たっている感じではない。


何かに。


留められている。


「先生」


「なんじゃ」


「位置固定、効いてるかもしれない」


「かもしれんな」


シリウスが言う。


「紐離していい?」


アルスが少し考える。


「まず位置測る」


探査棒。


中央へ。


昨日記録した方法と同じ。


発光魔道具の場所を確認。


入口から。


ほぼ一定の深さ。


少し右。


記録。


一度戻す。


発光魔道具を回収。


外見異常なし。


次。


もう一度入れる。


今度は。


入れる角度を変える。


少し左から。


内部へ。


紐を緩める。


数秒。


探査棒。


同じ位置を探す。


反応。


「同じ」


アルスの声が少し変わる。


レインが確認する。


「入れ方変えたのに?」


「うん」


アイリスが記録を見る。


「誤差は?」


「かなり小さい」


リリアが言う。


「固定点へ移動した?」


ティアは答えない。


アルスが三回目を試す。


今度は。


上から入れる。


同じ。


発光魔道具は。


内部へ入ったあと。


ほぼ同じ位置で見つかる。


シリウスが笑う。


「棚できたじゃん」


「一個だけね」


アルスも笑った。


でも。


かなり大きい。


物を入れる。


見えなくなる。


それでも。


内部の同じ場所へ行く。


「紐なしで試す?」


レインが聞く。


ティアが頷く。


「よい」


発光魔道具から紐を外す。


アルスが少し緊張する。


昨日。


紐なしでは。


探すのに時間がかかった。


今日は。


固定点がある。


発光魔道具を入れる。


消える。


探査棒。


記録した位置へ。


一度で反応。


シリウスが声を上げる。


「いた!」


保持具へ交換。


同じ場所。


掴む。


引く。


発光魔道具が戻る。


「これなら探さなくていい」


アイリスが言う。


アルスが頷く。


「場所が決まってれば」


レインが聞く。


「入口閉じてもそこにいる?」


研究室が少し静かになる。


次。


発光魔道具を入れる。


位置確認。


入口を閉じる。


十秒。


再開。


探査棒。


同じ場所。


反応。


「残ってる」


リリア。


回収。


問題なし。


一分。


同じ。


三分。


同じ。


アルスは記録する。


――位置固定構造追加後、挿入方向に関係なく収納物はほぼ同一位置で確認。


――入口閉鎖後、再開口しても位置を維持。


――少なくとも小型発光魔道具一個では再現。


シリウスが言う。


「じゃあ二個入れよう」


アルスが止まる。


全員がシリウスを見る。


「今度は間違ってないだろ?」


アルスが笑う。


「次に見たい」


アイリスが言う。


「同じ場所に二つ入れたらどうなるんでしょう」


リリアが少し心配そうに言う。


「重なる?」


レインが続ける。


「押し出される?」


シリウス。


「壊れる?」


ティアが言う。


「だから同じ物を二つ入れる前に、固定点を二つ作る」


シリウスが肩を落とす。


「また作るところからか」


「当然じゃ」


アルスは古代術式を見る。


繰り返されていた同じ構造。


一つ。


二つ。


三つ。


あれが本当に。


収納物の位置を分けるためのものなら。


数を増やせる。


「先生」


「なんじゃ」


「固定点を増やせたら」


「うむ」


「収納数も増やせるかもしれない」


ティアが頷く。


「そうじゃな」


アルスの目が少し明るくなる。


昨日まで。


内部の物は。


見えない場所へ消えるだけだった。


今日は。


中に。


一つの場所ができた。


棚でもない。


床でもない。


目で見ることもできない。


それでも。


入れた物が。


決まった場所に戻ってくる。


アルスは最後に一行を書く。


――内部空間は、ただ広いだけでは道具にならない。


その下。


――どこに置くかを決めて、初めて収納になる。


記録を閉じる。


研究室の机には。


試作三号と。


試作四号。


二枚の金属板が並んでいた。


見た目の違いは。


ほんの少し。


けれど。


その少しの違いで。


入口の向こう側に。


初めて。


「場所」が一つ生まれた。

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