第38話 紐を通したまま
翌日の放課後。
研究室の机には、昨日使った小型発光魔道具と、細い紐が置かれていた。
見た目だけなら。
ただの実験道具。
でも。
昨日までとは少し違う。
今度は。
物を入れたまま。
こちら側との繋がりを残す。
シリウスが紐を持ち上げる。
「これで迷子にならない?」
「たぶん」
アルスが答える。
ティアがすぐ言う。
「たぶんではなく、少なくとも位置は追いやすくなる」
「はい」
レインが紐を見る。
「切れたりしない?」
「それも見る」
アイリスが聞く。
「素材は?」
アルスが答える。
「普通の繊維」
「魔素を通さない?」
「ほとんど通さないやつ」
リリアが頷く。
「それなら、紐そのものが魔法陣へ影響しにくいんですね」
「そのつもり」
ティアが言う。
「まずは入口を閉じるな」
シリウスが言う。
「また段階?」
「当たり前じゃ」
アルスも頷く。
まず。
紐付きの物体が通るか。
次。
その状態で動かせるか。
その後。
入口を閉じられるか。
一つずつ。
試作三号を起動。
中央に揺らぎ。
安定。
発光魔道具へ紐を結ぶ。
結び目も確認。
反対側は机の固定具へ。
「入れます」
アルスが保持具でゆっくり進める。
先端。
半分。
全部。
発光魔道具が消える。
紐だけが中央へ続いている。
研究室が静かになる。
「変な感じ」
シリウスが言う。
本当に。
空中へ紐が刺さっているように見える。
入口の向こうへ。
その先だけが消えている。
「張ってみる?」
レインが聞く。
「少しだけ」
アルスが紐を引く。
抵抗。
ある。
「物は繋がってる」
さらに少し。
中央から。
小さな光が現れる。
発光魔道具。
戻った。
「簡単」
シリウスが言う。
「昨日よりは」
アルスも笑う。
もう一度。
入れる。
今度は。
紐を緩める。
発光魔道具が内部へ消える。
紐も少しずつ吸い込まれるように入っていく。
ただし。
勝手に引っ張られているわけではない。
アルスが押した分だけ。
中へ入る。
「内部で落ちてる?」
アイリスが聞く。
アルスが紐を少し緩める。
変化なし。
「引っ張られない」
レインが言う。
「重力がない?」
シリウスが反応する。
「浮いてる?」
ティアがすぐ言う。
「分からん」
「ですよね」
アルスは記録する。
――内部物体による明確な下向き荷重なし。
リリアが言う。
「外にある時は、重さが紐にかかりますよね」
「うん」
「でも中に入ると感じにくい?」
アルスが頷く。
「かなり」
「じゃあ内部では重さの扱いが違う可能性?」
「あるかも」
ティアが言う。
「そこは別で測れ」
また増えた。
でも。
今日は紐。
アルスは話を戻す。
「じゃあ次」
紐を少し張った状態。
入口は開いたまま。
左右へ。
上下へ。
軽く動かす。
中にある発光魔道具も。
紐の動きに合わせて。
位置が変わっている感触がある。
「中で動かせる」
アイリスが言う。
「少なくとも紐越しには」
レインが聞く。
「壁に当たる?」
アルスが少し大きく動かす。
右。
左。
上。
下。
「今のところない」
シリウスが言う。
「結構広い?」
「分からない」
「全部それだな」
「本当に分からないから」
ティアが少し笑う。
次。
入口の縁へ紐を触れさせる。
中央。
境界部分。
紐が少し歪んで見える。
ただ。
切れない。
焼けない。
「物体と同じ」
アルスが言う。
「通過できる」
リリアが聞く。
「じゃあ、いよいよ閉じるんですか?」
全員がティアを見る。
ティアは少し考えた。
「やる」
シリウスの顔が明るくなる。
「ついに」
「ただし」
「はい」
「完全に閉じる前に、段階的に縮める」
アルスが頷く。
発光魔道具。
内部。
紐。
入口を通って外へ。
まず。
中央の揺らぎを少し小さくする。
紐の周囲だけ。
円が狭くなる。
「紐に触れてる?」
レインが聞く。
「まだ」
さらに。
小さく。
円の縁が。
紐へ近づく。
その瞬間。
紐がわずかに震えた。
「動いた」
シリウス。
アルスが止める。
「引っ張られた?」
「少し」
さらに観察。
紐そのものに傷はない。
魔素反応。
弱い。
「もう少し閉じる?」
ティアが聞く。
アルスが頷く。
ゆっくり。
円を狭める。
縁が紐へ重なる。
その瞬間。
紐が。
まっすぐではなくなった。
中央のところだけ。
少しぼやける。
「止めろ」
ティアが言う。
アルスが維持。
誰も動かない。
「切れてる?」
アイリスが聞く。
アルスが少しだけ引く。
抵抗。
ある。
「繋がってる」
リリアが言う。
「でも真ん中が見えにくい」
「光と同じだ」
アルスが呟く。
境界に重なった部分だけ。
存在が薄く見える。
ティアが言う。
「もう一段」
アルスが入口をさらに狭める。
ほとんど紐の太さ。
揺らぎは。
紐の周囲だけ。
小さく残っている。
「閉じない」
レインが言う。
アルスも気付く。
入口が。
紐を避けるように。
残っている。
「紐があると完全に閉じられない?」
アイリスが聞く。
ティアが答える。
「そう見える」
アルスは少し流量を下げる。
入口。
さらに小さく。
でも。
紐が通っている一点だけ。
消えない。
シリウスが言う。
「引っかかってるみたい」
「扉に物を挟んだ感じ?」
レインが言う。
アルスも同じように思った。
完全に閉じようとする。
それでも。
紐がある場所だけ。
細い揺らぎが残る。
「これ以上やる?」
アルスが聞く。
ティアは少し考えて。
首を振った。
「止める」
アルスが入口を再び広げる。
揺らぎが戻る。
紐もはっきり見える。
引く。
発光魔道具が戻る。
異常なし。
紐も。
切れていない。
熱もない。
ただ。
境界へ触れていた部分だけ。
少し毛羽立っている。
「傷ついてる」
リリアが言う。
アルスが見る。
ほんの少し。
表面。
摩擦で擦れたような変化。
「入口に挟まれたせい?」
「可能性はある」
ティアが答える。
アイリスが記録する。
「少なくとも、完全に無影響ではないですね」
シリウスが聞く。
「じゃあ紐付きは駄目?」
アルスは首を振る。
「実験には使える」
「でも収納には?」
「ずっと紐出てたら邪魔」
レインが笑う。
「確かに」
問題。
中の位置を知るには繋がりが便利。
でも。
繋がったままでは入口を完全に閉じられない。
入口を閉じるなら。
繋がりを切らないといけない。
すると。
位置が分からなくなる。
「先生」
アルスが言う。
「物を入れた後、内部で位置を固定できないかな」
ティアが少し目を細める。
「なぜそう思った」
「入れた場所から動かなければ」
アルスは発光魔道具を見る。
「紐がなくても、開けた時に同じところにある」
レインが頷く。
「探さなくていい」
アイリスも言う。
「複数入れた時も場所を決められますね」
リリアが続ける。
「食べ物と薬を分けたり」
シリウスが言う。
「俺の食べ物の場所も決められる」
アイリスが見る。
「まだ食べ物は入れません」
「分かってるって」
ティアが古代術式の写しを見る。
「位置固定か」
アルスも見る。
古代術式。
今まで。
入口。
内部。
そこばかり見ていた。
でも。
もし収納道具として使うなら。
中に入った物を。
どこへ置くのか。
それも必要になる。
「古代の保管遺物って」
アルスが聞く。
「中で物が動いた記録ある?」
ティアが少し考える。
「少なくとも、取り出す時に毎回探したという記録はない」
アルスの目が変わる。
「じゃあ何かある」
「可能性は高い」
「中央部分?」
「それも含めて調べる」
また。
古代術式へ戻る。
最初は。
複雑すぎて読めなかった図。
でも。
実験をするたび。
必要な機能が見える。
入口。
内部。
位置。
それぞれが。
古い魔法陣のどこかに残っているかもしれない。
アルスは今日の記録をまとめる。
――紐付き物体の挿入および回収に成功。
――紐を介した内部物体の位置操作が可能。
――入口縮小時、紐の通過箇所のみ境界が残存。
――紐が存在する状態では完全閉鎖できない可能性。
――境界接触部分に軽微な損傷。
最後に。
――内部物体の位置固定機構が必要。
ティアが読む。
「次が見えたな」
「うん」
シリウスが横から見る。
「じゃあ次は位置固定?」
アルスが答える。
「たぶん」
ティアが言う。
「まず古い記録じゃ」
「ですよね」
全員が笑う。
研究室を出る。
その途中。
レインがアルスに聞いた。
「完成したら、中って棚みたいになるのかな」
アルスは少し考える。
「分からない」
「また?」
「でも」
少しだけ続ける。
「棚みたいに使える形にはしたいかも」
リリアが言う。
「整理できる方が便利ですものね」
アイリスも頷く。
シリウスだけは。
「俺は全部入ればいい」
と言った。
アルスは笑った。
「シリウスは絶対あとで探せなくなる」
「その時はアルに聞く」
「自分で探して」
五人の声が廊下に響く。
収納魔道具は。
ようやく。
入るかどうかだけの研究から。
中をどう使うか。
そこへ進み始めていた。




