第36話 閉じても残るのか
翌日の放課後。
研究室へ入ったアルスは、机の上に置かれた試作三号を見た。
昨日までと同じ金属板。
同じ魔法陣。
けれど。
今日見るものは違う。
「入口を閉じる」
アルスが言う。
シリウスがすぐに答える。
「昨日からそれしか言ってないな」
「気になるから」
「分かるけど」
レインも机へ近づく。
「今日は本当にやるんだよね」
「うん」
アイリスが記録板を開く。
「条件は?」
アルスは順番に答える。
「光球は小さくする」
「はい」
「完全に中央へ入れる」
「はい」
「その状態で入口だけ閉じる」
リリアが聞く。
「光魔法そのものは維持するんですか?」
アルスが止まる。
「最初は維持したまま」
ティアが頷く。
「それがよい」
シリウスが首を傾げる。
「入口閉じても、魔法繋がるの?」
アルスが答える。
「それも見る」
昨日まで。
光球を中央へ入れても。
術者と魔法の繋がりは残っていた。
では。
入口そのものを消したら?
繋がりも切れるのか。
内部に残るのか。
それとも。
光球そのものが消えるのか。
分からない。
「失敗したら?」
シリウスが聞く。
「光が一個なくなるだけ」
「ならまあいいか」
アイリスが言う。
「だから最初に光なんですね」
アルスが頷く。
「戻らなくても困らないものから」
ティアが少し笑う。
「ようやく研究らしくなったのう」
「前から研究です」
「最初は遊び半分じゃった」
「今も半分くらい楽しいです」
「それは悪くない」
準備を始める。
試作三号を起動。
外周が光る。
中央に揺らぎ。
いつもの円。
安定。
アルスは指先に小さな光球を作る。
昨日より小さい。
豆粒ほど。
「入れます」
ゆっくり中央へ。
半分。
ほぼ全部。
完全に重なる。
見える光はほとんど消えた。
でも。
アルスには分かる。
まだある。
「繋がってる」
アイリスが魔素流量を見る。
「供給も継続」
リリアが中央を見る。
「外からはほとんど見えません」
レインが全体を確認。
「異常なし」
シリウス。
「音なし。焦げなし」
ティアが言う。
「では閉じろ」
アルスが少し息を吐く。
試作三号への魔素供給をゆっくり下げる。
揺らぎが小さくなる。
円が縮む。
そして。
消えた。
研究室が静かになる。
中央には何もない。
普通の空気。
普通の机。
「どう?」
レインが聞く。
アルスは自分の感覚を見る。
光球。
「……ある」
全員が止まる。
「ある?」
シリウスが聞き返す。
「まだ繋がってる感じがする」
アイリスが流量計を見る。
「アルスからの魔素供給、続いてます」
「入口ないのに?」
シリウスが驚く。
リリアも中央を見る。
「どこへ流れているんでしょう」
誰も答えられない。
アルスは光球へ送る魔素を少し変える。
明るさを上げる。
見えない。
でも。
感覚は変わった。
「操作できる」
ティアが言う。
「小さくしてみろ」
アルスが光球を縮める。
できる。
「大きく」
できる。
「止めろ」
アルスが光球への魔素供給を止める。
感覚が消える。
完全に。
「消えた」
「ならもう一度作れるか?」
アルスが止まる。
「中で?」
「そうじゃ」
入口は閉じている。
向こう側があるなら。
そこへ直接。
光魔法を作る。
アルスは集中する。
いつものように。
光を作る。
ただし。
場所を。
さっき光球があったと思われるところへ。
何も起きない。
「駄目」
ティアが言う。
「もう一度」
試す。
駄目。
三回目。
やはり。
「入口なしでは、新しく作れない?」
アルスが言う。
「少なくとも今はな」
アイリスが記録する。
「でも、先に入れておけば入口を閉じても維持できる」
「そう見える」
レインが言う。
「じゃあ次は、入口をもう一度開いて戻せるか」
全員が試作三号を見る。
そこが今日の本題だった。
同じ内部へ。
もう一度繋がるのか。
アルスは少し緊張する。
「最初から光球を消さない方がよかった?」
シリウスが言う。
アルスも少し思った。
ティアが答える。
「だから段階を分ける」
「まだもう一回ある?」
「ある」
新しい光球。
もう一度。
入口を開く。
中央へ入れる。
維持。
入口を閉じる。
光球は残っている。
ここまでは同じ。
今回は。
消さない。
アルスは光球との繋がりを確認したまま。
もう一度。
試作三号を起動する。
外周。
光。
中央。
揺らぎ。
円が開く。
その瞬間。
アルスの顔が変わった。
「近い」
レインが聞く。
「何が?」
「光球」
中央の奥。
見えない。
でも。
さっきより。
感覚がはっきりする。
「同じ場所?」
ティアが聞く。
「たぶん」
「たぶんでは足りん」
「じゃあ戻す」
アルスが光球を引く。
感覚。
動く。
中央へ近づく。
そして。
揺らぎの中から。
小さな光が現れた。
シリウスが声を上げる。
「出た!」
光球。
豆粒ほど。
入れる前と同じくらい。
アルスの手元へ戻る。
研究室が少し騒がしくなる。
アイリスがすぐ記録を見る。
「魔素量も大きな変化なし」
リリアも言う。
「消えていません」
レインが笑う。
「閉じても残ってた」
ティアは静かに言う。
「一回目じゃ」
全員が少し笑う。
アルスも。
「分かってます」
でも。
大きい。
かなり大きい。
入口を閉じた。
それでも。
中に入れた光球は残った。
もう一度入口を開いた。
戻せた。
「先生」
「なんじゃ」
「同じ内部に繋がった可能性、高い?」
ティアは少し考えた。
「少なくとも、さっき入れた光を回収できた」
「それ以上は?」
「まだ言えん」
「ですよね」
次。
二回目。
光球。
入れる。
閉じる。
十秒。
再び開く。
戻す。
成功。
三回目。
三十秒。
成功。
四回目。
一分。
成功。
シリウスが言う。
「もう同じ場所でいいんじゃない?」
ティアが即答する。
「まだ早い」
「絶対言うと思った」
次。
入口を閉じたまま二分。
再開。
戻る。
三分。
戻る。
アルスが記録する。
――入口閉鎖後も光魔法の維持を確認。
――再開口後、同一光球の回収に成功。
――三分まで再現。
アイリスが言う。
「入口を開けている時より消費が少なくないですか?」
全員が見る。
測定値。
アルスも確認する。
確かに。
入口を開いている時。
高い。
閉じた後。
光球維持分だけ。
かなり下がっている。
「入口の維持に魔素を使ってた?」
アルスが言う。
ティアが頷く。
「可能性は高いな」
レインが聞く。
「内部そのものには?」
「分からん」
アイリスが値を見る。
「少なくとも術者側からは、大きな維持消費は見えません」
リリアが言う。
「それなら収納に向いてますね」
アルスもそう思う。
入れて。
閉じる。
必要な時だけ開く。
もし。
中のものを維持するのにほとんど魔素がいらないなら。
実用品として一気に近づく。
シリウスが言う。
「じゃあもう物入れよう」
「まだ」
アルスが答えた。
シリウスが驚く。
「またアルが言った」
「まだ調べたい」
「何を?」
アルスは少し考える。
「入口を閉じた後」
記録を見る。
「どのくらい長く残るのか」
レインが頷く。
「三分しか見てない」
「うん」
アイリスも言う。
「一時間」
リリアが続ける。
「一日」
シリウスが言う。
「一週間」
アルスが笑う。
「そこまでいくと毎日確認できるね」
ティアが言う。
「ようやく短時間実験から離れられるかもしれんな」
アルスが見る。
「長期試験?」
「そうじゃ」
「光球を入れたまま?」
「まずはな」
アルスは少し考える。
光魔法を維持するなら。
術者との接続が必要。
それでは長期試験に向かない。
「先生」
「なんじゃ」
「術者から切り離した光を入れられない?」
ティアの目が少し変わる。
「そこに気付いたか」
アルスも分かった。
今まで入れていた光球は。
全部。
アルスの魔法。
アルスが維持している。
だから。
内部が自力で保存しているのか。
アルスが外から支えているのか。
完全には分からない。
「独立した魔法を作る?」
アイリスが聞く。
「それか」
アルスは試作三号を見る。
「魔石で動く小さい発光魔道具」
全員が少し止まる。
物体。
初めて。
物を入れる話になった。
シリウスの顔が明るくなる。
「ついに?」
ティアがすぐ言う。
「まだ入れん」
「なんで!」
「安全確認してからじゃ」
アルスが笑う。
でも。
自分も同じ気持ちだった。
次に必要なのは。
術者から切り離せるもの。
中に置いても。
それ自体で状態を保てるもの。
小さく。
壊れても危険が少ない。
そして。
戻った時に変化を確認できるもの。
「小型の発光魔道具」
アルスが言う。
ティアが頷く。
「候補にはなる」
「次はそれ?」
「まず設計を見直す」
「はい」
シリウスが肩を落とす。
「まだ設計か」
レインが笑う。
「でもかなり近いよ」
研究室を片付ける。
試作三号。
異常なし。
魔石。
許容範囲。
光球。
すべて消去。
アルスは今日の記録を最後まで書く。
――入口を閉じても、内部に置いた光魔法は維持された。
――再開口後、同一光球を回収可能。
――入口閉鎖中の術者側消費は大幅に低下。
そして。
最後。
――次段階:術者から独立した物体を内部へ置けるか。
アルスはその一行を少し長く見た。
物体。
ようやく。
そこまで来た。
まだ。
何も収納していない。
でも。
今度は本当に。
その一歩手前まで来ていた。




