第35話 戻せる条件
翌日の放課後。
研究室の机には、試作三号と、昨日使った光量計が並んでいた。
アルスは記録を開く。
――光魔法を中央部へ入れても、術者との接続は維持された。
――大きさと位置を変えられた。
――引き戻すこともできた。
昨日は。
入った。
戻った。
そこまで。
今日は。
どうすれば確実に戻せるのかを見る。
「昨日と同じことやるの?」
シリウスが聞く。
「同じじゃない」
アルスが答える。
「何が違う?」
「条件を変える」
ティアが横から言う。
「昨日は、入れてすぐ戻しただけじゃ」
「今日は長く入れる?」
レインが聞く。
アルスが頷く。
「それもやりたい」
アイリスが記録板を見る。
「他には?」
「大きさ。入れる深さ。維持時間」
リリアが言う。
「魔素量も?」
「うん」
ティアが少し笑った。
「ようやく条件表を先に作るようになったのう」
アルスも笑う。
最初の頃なら。
たぶん。
とりあえず試していた。
今は違う。
何を変えるのか。
何を変えないのか。
先に決める。
まずは。
昨日と同じ大きさの光球。
中央へ半分。
十秒。
戻す。
「異常なし」
アイリスが言う。
二十秒。
戻す。
異常なし。
三十秒。
戻す。
やはり。
光球は元の明るさへ戻る。
「長く入れてても平気そう」
シリウスが言う。
ティアがすぐ返す。
「三十秒ではな」
「はいはい」
「返事が軽い」
全員が少し笑う。
次。
一分。
アルスは光球を中央へ入れたまま維持する。
外から見える光は弱い。
でも。
魔法の感覚は残っている。
一分。
戻す。
問題なし。
「じゃあ二分?」
レインが聞く。
ティアが止める。
「一気に倍にするな」
アルスが頷く。
「一分半」
「それでよい」
少しずつ。
一分三十秒。
二分。
三分。
どれも戻る。
ただし。
アルスが少し眉を寄せる。
リリアが気付いた。
「疲れました?」
「少し」
「いつもより?」
「うん」
ティアが聞く。
「どの辺からじゃ」
アルスは記録を見る。
「二分を超えたあたり」
「魔素消費は?」
アイリスが測定結果を確認する。
「増えています」
「どのくらい?」
「通常維持より明らかに高いです」
アルスも頷く。
「中に入れてる時の方が重い」
シリウスが言う。
「中に置いとくのにお金かかるみたいな感じ?」
アルスが少し笑う。
「魔素だけど、近いかも」
レインが聞く。
「じゃあ収納魔道具にしたら、ずっと魔素を使い続ける?」
研究室が少し静かになる。
それは大きな問題だった。
アルスがティアを見る。
「古代の保管遺物は?」
「停止しとるものが多い。動いとった時にどう維持していたかは完全には分からん」
「常時消費だと実用性低い」
アイリスが言う。
「大きな魔石が必要になりますね」
リリアも続ける。
「保存するだけで魔素を使うなら、長期間は大変そうです」
アルスは記録する。
――内部維持中、術者側の消費増加。
ただし。
ここで結論は出せない。
今の試作は。
入口を術者が直接維持している。
完成した魔道具とは条件が違う。
「先生」
「なんじゃ」
「今の消費って、内部を維持してる消費なのか、入口を開き続けてる消費なのか分からない」
ティアが頷く。
「そうじゃ」
「入口を閉じても中が残るなら」
レインが言う。
アルスがすぐ反応する。
「消費が減るかもしれない」
シリウスが首を傾げる。
「入口閉じたら戻せないだろ」
「もう一回開けばいい」
「同じ場所に?」
その言葉で。
アルスの手が止まる。
同じ場所。
そこが保証されていない。
入口を閉じる。
もう一度開く。
その時。
同じ内部へ繋がるのか。
別の場所なのか。
それとも。
内部そのものが消えるのか。
「これ、かなり大事だ」
アルスが言う。
ティアが頷く。
「ようやく気付いたか」
「先生、分かってた?」
「考えとった」
「先に言ってくれても」
「自分で気付いた方が残る」
アルスは少し不満そうな顔をしてから。
結局笑った。
「じゃあ今日はそれを見る?」
ティアが首を振る。
「まだじゃ」
「また?」
「今日は戻せる条件を見とる途中じゃろ」
確かに。
また先へ行きかけた。
アルスは記録を戻す。
次。
入れる深さ。
光球を四分の一。
戻す。
問題なし。
半分。
問題なし。
ほぼ全部。
問題なし。
完全に中央へ重なる位置。
外からはほとんど見えない。
でも。
感覚はある。
「まだ繋がってる」
アルスが言う。
十秒。
戻す。
光球が現れる。
シリウスが言う。
「完全に見えなくなっても戻るんだ」
「今はね」
次。
完全に入れたまま三十秒。
戻る。
一分。
戻る。
ただ。
消費は増える。
「深く入れるほど重い?」
リリアが聞く。
アルスが首を傾げる。
「少しだけ」
アイリスが測定値を見る。
「確かに増えています」
レインが言う。
「入ってる量に比例してる?」
アルスが記録を見る。
完全には比例していない。
でも。
入れる割合が増えるほど。
消費も増える傾向。
「ありそう」
ティアが言う。
「次は大きさじゃ」
小さな光球。
通常。
少し大きい。
順番に入れる。
小さいものは。
比較的軽い。
大きくなると。
魔素消費が増える。
それ自体は普通の魔法でも同じ。
問題は。
中央へ入れた時の追加消費。
「大きいほど増え方も大きい」
アイリスが言う。
アルスが頷く。
「内部へ存在させてる量に関係してる?」
ティアは言う。
「仮説じゃ」
「はい」
シリウスが腕を組む。
「じゃあでかい物入れたら大変じゃん」
「今の方式ならね」
アルスが答える。
収納魔道具。
外より大きい容量。
たくさん入る。
最初はそこだけを見ていた。
でも。
入れられるだけでは駄目。
維持できるか。
戻せるか。
消費は現実的か。
また条件が増えた。
レインが言う。
「でも、今はアルが魔法をずっと維持してるんだよね」
「うん」
「魔道具にしたら変わるかもしれない」
「そう思う」
ティアが口を挟む。
「変わるかもしれんし、変わらんかもしれん」
「先生、それ好きですね」
シリウスが言う。
「研究で一番便利な言葉じゃ」
「便利って言っちゃった」
研究室に笑いが起きる。
休憩を挟む。
アルスは水を飲みながら記録を見る。
その横へリリアが座る。
「疲れてませんか?」
「ちょっと」
「今日はもうかなり魔素を使ってます」
「分かる?」
「顔」
「また顔か」
「それと、さっきから肩が少し下がってます」
アルスは自分の肩を見る。
分からない。
リリアが笑う。
「本人は分かりにくいんですよ」
「じゃあ先生と同じ?」
「何がです?」
「僕の顔を見て分かるところ」
「少しだけ」
アルスも笑う。
リリアは記録を見る。
「収納魔道具ができても、使う人が疲れたら困りますね」
「うん」
「冒険者が使うなら、戦うための魔素も残さないと」
アルスの目が止まる。
それは大きい。
収納に魔素を使い切れば。
便利でも。
危険。
「それ、書いとく」
――使用者の戦闘・生活用魔素を圧迫しないこと。
リリアが少し笑う。
「増えましたね」
「また増えた」
休憩後。
最後の試験。
アルスは小さな光球を中央へ完全に入れる。
一分。
戻す。
正常。
二分。
正常。
そこから。
魔素供給を少しずつ弱める。
光球の存在感が薄くなる。
「まだある?」
レインが聞く。
「ある」
さらに弱める。
ぎりぎり。
「今、かなり軽い」
アイリスが測定値を見る。
「消費もかなり下がってます」
光球を戻す。
出てきた。
ただ。
かなり暗い。
シリウスが言う。
「弱くなった」
アルスが頷く。
「中に置くための最低量があるかもしれない」
「ゼロにはできない?」
リリアが聞く。
「まだ分からない」
ティアが言う。
「今日はそこまでじゃ」
アルスも今回は素直に頷いた。
疲れている。
それも実験条件になる。
試作三号を停止。
片付け。
記録整理。
最後に結果をまとめる。
――光魔法は中央部へ完全に入った状態からでも回収可能。
――維持時間三分まで回収を確認。
――挿入量・光球規模の増加に伴い、術者側の魔素消費も増加傾向。
――供給魔素を低下させても一定範囲では存在維持および回収可能。
――維持に必要な最低魔素量は未確認。
アルスは最後に。
今日一番気になったことを書く。
――入口を閉じた後も内部が残るかは未確認。
それが分かれば。
収納というものの形が大きく変わる。
入口を開き続ける必要があるのか。
必要な時だけ開けばいいのか。
ティアが記録を見る。
「次にやりたいことが顔に出とるぞ」
アルスが笑う。
「入口を閉じたい」
シリウスが言う。
「言い方だけ聞くと普通なのにな」
アイリスも笑う。
五人で研究室を出る。
レインが歩きながら言う。
「もし閉じても中が残るなら」
「うん」
「道具としてかなり使いやすくなるね」
「そう」
リリアが続ける。
「ずっと魔石を使わなくていい可能性もあります」
アルスは頷く。
でも。
それ以上は言わない。
次に確かめる。
それでいい。
研究室の扉が閉まる。
その向こうに。
試作三号が残る。
まだ何も収納できない。
けれど。
アルスたちはようやく。
入れる方法だけではなく。
出す方法。
維持する方法。
そして。
閉じた後のことまで考え始めていた。




