第33話 光の消える場所
翌日の放課後。
研究室の机には、三種類の小さな発光器が並んでいた。
白。
赤。
青。
どれも魔道具としては単純なものだ。
一定の光を出す。
それだけ。
シリウスが一つ持ち上げそうになり、ティアに手を叩かれる。
「触るなと言っとるじゃろ」
「まだ触ってない」
「触ろうとした」
「そこまで分かる?」
「顔に出とる」
アルスが笑う。
「仲間だね」
「嬉しくない」
試作三号は、すでに耐熱台の上に置かれている。
昨日。
入口らしき揺らぎの中央を通した光だけ、わずかに弱くなった。
今日はそこを見る。
「色を変える意味は?」
レインが聞く。
アルスが答える。
「全部同じように減るのか見たい」
「色で差が出たら?」
アイリスが続ける。
「中央が光をただ遮ってるだけじゃない可能性が増える」
ティアがすぐ言う。
「増えるだけじゃ」
「はい」
アルスはもう慣れていた。
断定しない。
でも。
何も言わないわけでもない。
まず基準測定。
揺らぎを出さない状態で。
白。
赤。
青。
発光器から一定距離を置き、反対側の光量計で測る。
数字を記録。
次。
試作三号を起動。
いつものように外周が光る。
中央に揺らぎ。
円形。
安定。
「昨日と同じくらい」
リリアが言う。
「形もほぼ同じです」
「じゃあ白から」
白い光を中央へ通す。
光量計。
少し下がる。
昨日と似た値。
「再現した」
アルスが言う。
ティアがすぐ返す。
「一回じゃ」
「はい」
もう一度。
停止。
再起動。
同じ。
三回目。
やはり近い。
「白は再現性ありそうですね」
アイリスが言う。
「次、赤」
発光器を交換。
赤い光。
中央を通す。
光量計。
全員が数字を見る。
「白より落ちてない?」
シリウスが言った。
アルスが記録を見る。
「少ない」
レインも確認する。
「誤差より大きい?」
「もう一回」
二回目。
近い。
三回目。
また近い。
次。
青。
今度は。
白より大きく光量が下がった。
研究室が静かになる。
「違う」
リリアが言う。
アルスは三つの結果を並べる。
赤。
減少が小さい。
白。
その中間。
青。
減少が大きい。
シリウスが言う。
「色を選んで食べてる?」
アイリスが少し笑う。
「言い方は変ですけど、結果だけならそう見えます」
ティアは笑わなかった。
「角度を変えろ」
アルスが顔を上げる。
「角度?」
「正面からだけ見て決めるな」
発光器を少し横へ。
光が斜めに中央を通るようにする。
青。
測定。
減り方が変わった。
「少し戻った」
レインが言う。
さらに角度を変える。
今度は。
かなり元に近づく。
「正面が一番減る?」
アルスが呟く。
アイリスが言う。
「少なくとも青では」
赤も試す。
変化は小さい。
白も。
正面が最も下がる。
斜めになるほど差が減る。
アルスは中央を見る。
「これ、壁みたいに遮ってるんじゃない」
「なぜじゃ」
ティアが聞く。
「壁なら角度でこんな変わり方する?」
「物による」
「……そうか」
シリウスが笑う。
「先生強いな」
「まだ仮説を壊す段階じゃからな」
アルスは考える。
色で差。
角度で差。
ただの影ではなさそう。
じゃあ。
何が起きている?
リリアが中央を見ながら言った。
「光が全部こちらへ届いていないだけなら」
アルスが見る。
「うん」
「一部は別の方向へ行ってるんでしょうか」
全員が少し静かになる。
レインが言う。
「曲がってる?」
アイリスが続ける。
「それとも、向こうへ抜けてる?」
アルスの目が中央へ戻る。
向こうへ。
その言葉が引っ掛かる。
「測れるかも」
ティアが言った。
アルスが振り向く。
「どうやって?」
ティアは小さな反射板を取り出した。
「中央の後ろへ置く」
「昨日も後ろに光量計あったよね」
「今度は角度を変えて複数置く」
アルスが理解する。
正面へ来なかった光が。
別の方向へ出ているなら。
どこかで拾えるかもしれない。
「やろう」
「急ぐな」
「はい」
中央の後方。
正面。
右斜め。
左斜め。
上。
下。
小さな光量計を並べる。
シリウスが言う。
「急に囲まれたな」
「見る場所増えたから」
「俺どこ見る?」
「右」
「任せろ」
レインが左。
アイリスが上。
リリアが下。
アルスが正面。
ティアは全体。
青い光を使う。
正面から中央へ。
起動。
揺らぎ安定。
照射。
「正面、やっぱり減る」
アルス。
「右、少し反応」
シリウス。
「左も」
レイン。
「上もあります」
アイリス。
リリアも続く。
「下も少し」
アルスの手が止まる。
正面で減った分。
全部ではない。
でも。
周囲で少し拾っている。
「散ってる?」
シリウスが言う。
ティアが答える。
「可能性はある」
アルスは数字を見る。
「でも全部足しても足りない」
正面で減った量。
周囲で増えた量。
一致しない。
一部しか戻っていない。
「じゃあ残りは?」
レインが聞く。
誰も答えない。
ティアも。
アルスは中央を見る。
揺らぎの奥。
見た目には何もない。
「もう一つ試したい」
「何じゃ」
「中央のすぐ後ろじゃなくて、もっと離して置く」
ティアが頷く。
「よい」
距離を変える。
半歩。
一歩。
さらに遠く。
測る。
反応の分布が少し変わる。
ただ。
やはり。
全部は拾えない。
アイリスが言う。
「どこか別の方向へ広がっているだけかもしれません」
アルスが頷く。
「それもある」
リリアが小さく聞く。
「本当に向こう側へ抜けてる可能性も?」
「ある」
ティアが答えた。
全員がティアを見る。
「否定はせん」
「珍しい」
アルスが言う。
「調子に乗るな」
いつもの返し。
でも。
少し違った。
今までティアは。
入口らしき現象。
中央の揺らぎ。
そう呼んでいた。
今日は初めて。
向こう側へ抜けている可能性を、その場で否定しなかった。
アルスは記録する。
――光は中央通過時に減衰。
――減衰量は色によって異なる。
――青で大きく、赤で小さい。
――正面入射時に減衰が大きく、斜めでは小さくなる。
――周辺方向で一部の光を検出。
――ただし、正面で失われた量とは一致しない。
最後。
――一部の光が観測範囲外へ移動している可能性。
ペンが止まる。
「先生」
「なんじゃ」
「次は、光を向こう側から戻せないかな」
ティアの目が少し細くなる。
「どうやってじゃ」
「まだ分からない」
「なら先にそこを考えろ」
「はい」
シリウスが言う。
「向こう側に光置けばいいじゃん」
全員が見る。
「何?」
シリウスが不安そうになる。
「いや、向こうがあるなら、向こうから光らせたら見えるだろ?」
アルスは黙った。
その通り。
でも。
問題がある。
「どうやって向こうに置く?」
シリウスも止まった。
「……入れる?」
ティアが即答する。
「まだじゃ」
「やっぱり」
レインが笑う。
アイリスが中央を見る。
「物を入れずに向こう側へ光を出す方法」
リリアが言う。
「魔法なら?」
アルスが振り向く。
「光魔法?」
「入口の手前から、光だけ向こうへ作れませんか?」
アルスは考える。
光を飛ばす。
物ではない。
魔法。
ただし。
魔素を通すことになる。
今まで調べていたのは光だけ。
条件が変わる。
「面白い」
ティアが言った。
アルスが見る。
「やっていい?」
「今日はやらん」
「そこは変わらないんですね」
「当たり前じゃ」
シリウスが笑う。
五人で片付ける。
試作三号を停止。
魔石の温度確認。
金属板に異常なし。
測定器の記録保存。
研究室を出る頃。
シリウスが言った。
「なんか、まだ一個も物入れてないのに進んでる感じするな」
「うん」
アルスが答える。
「最初は、穴っぽいものが出ただけだった」
レインが言う。
「今は光の通り方が違う」
アイリス。
「色や角度でも変わる」
リリア。
「観測できる性質が増えましたね」
アルスは歩きながら考える。
収納する。
最初は。
物を入れて。
出す。
それだけだと思っていた。
でも。
その前に。
入口とは何か。
内部とは何か。
何が通るのか。
何が通らないのか。
知らなければならないことがいくらでもある。
アルスは記録へ最後の一行を足した。
――分からない場所にも、性質はある。
完全に見えなくても。
測れるものが増えれば。
少しずつ輪郭は出てくる。
扉の向こうは。
まだ見えない。
けれど。
何もない場所ではなさそうだった。




