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第30話 作る技術

翌日の放課後。


アルスが研究室へ入ると、机の上には魔法陣ではなく、金属片が並べられていた。


同じ大きさ。

同じ形。


少なくとも、遠目にはそう見える。


「今日はこれ?」


アルスが聞く。


ティアが頷いた。


「昨日、お主が古代の加工技術を見たいと言ったじゃろ」


「はい」


「ならまず今の技術を見ろ」


また同じだった。


古いものを見る前に。


今あるものを見る。


アルスは金属片を一つ持ち上げる。


「全部同じに見える」


「見えるだけじゃ」


ティアが測定具を渡した。


アルスは一枚ずつ測る。


長さ。


幅。


厚さ。


一枚目。


二枚目。


三枚目。


少しずつ違う。


「結構ずれてる」


「手作業じゃからの」


「昨日の魔法陣より大きい差?」


「物による」


アルスは昨日の試作を思い出す。


ほんの小さな線の長さの違い。


それだけで魔素の流れが変わった可能性がある。


「じゃあ空間魔法陣って、普通の加工精度じゃ足りない?」


「その可能性を見とるところじゃ」


「古代はもっと正確だった?」


「まずこれを見ろ」


ティアが別の箱を開けた。


中には古びた金属板が一枚入っている。


魔法陣ではない。


何かの部品らしい。


「古代品?」


「そうじゃ」


アルスは触らずに見る。


表面は傷んでいる。


端も少し欠けている。


それでも。


直線が妙に綺麗だった。


「測っていい?」


「よい」


長さ。


幅。


厚み。


アルスが何度か場所を変えて測る。


「……ほとんど同じ」


「そうじゃ」


「今の手作業より?」


「精度は高い」


アルスはもう一度測る。


偶然ではない。


複数箇所。


ほぼ同じ。


「どうやって作ったんだろう」


「分からん」


「道具は残ってない?」


「一部はある。じゃが完全な製造設備は残っとらん」


「設備」


その言葉が少し引っ掛かる。


魔法陣ばかり見ていた。


でも。


同じものを何度も作るなら。


描く人間の技量だけに頼らない方がいい。


「先生」


「なんじゃ」


「魔法陣を人が毎回手で描く必要あります?」


ティアがアルスを見る。


「続けろ」


「型にできない?」


「型?」


「同じ線を同じ位置に作りたいなら」


アルスは金属板を見る。


「最初から形を決めた道具で刻む」


ティアは少し黙る。


「今でも一部ではやっとる」


「あるんだ」


「簡単な量産魔道具ならな」


「じゃあ空間魔法陣も」


「簡単に言うな」


即答された。


アルスが笑う。


「やっぱり?」


「線が多い。細かい。重なりもある。しかも、どこまで精度が必要かも分かっとらん」


「型を作る方が難しい?」


「最初はな」


そこへ扉が開いた。


「今日は何作ってる?」


シリウスが入ってくる。


後ろからレイン、アイリス、リリア。


「今日は作ってない」


アルスが答える。


「測ってる」


シリウスが机を見る。


「また地味だな」


「大事らしいよ」


「らしい?」


「今分かってきたところ」


レインが古代の金属片を見る。


「これ何?」


「古代の部品」


「触っていい?」


ティアがすぐ答える。


「駄目じゃ」


「ですよね」


アイリスが現代の金属片と見比べる。


「見た目はあまり変わりませんね」


「測ると違う」


アルスが数字を見せる。


リリアも見る。


「本当ですね」


シリウスが言う。


「でも、このくらいの違いで困る?」


アルスが昨日の記録を表示する。


「たぶん困る」


「昨日の?」


「左だけ流れが変わった」


レインが頷く。


「じゃあ、魔法が悪いんじゃなくて作り方が悪い可能性もある」


「うん」


アイリスが少し考える。


「魔法陣の研究だけしても駄目なんですね」


アルスが笑う。


「それ、今ちょうど思ってた」


「素材も必要ですよね」


リリアが言う。


「同じ形でも素材が違えば、魔素の通り方も変わるんでしょう?」


ティアが頷く。


「変わる」


また増える。


加工精度。


素材。


魔素伝導。


耐久性。


製造方法。


アルスは少し笑ってしまった。


シリウスが気付く。


「なんで笑ってる?」


「また増えたから」


「普通は嫌になるところじゃない?」


「少しなるよ」


「少しだけ?」


「でも一個ずつ見ればいいから」


ティアが別の棚から数本の金属棒を持ってくる。


色が少しずつ違う。


「なら次じゃ」


アルスが見る。


「素材?」


「そうじゃ」


鉄。

銀を混ぜた合金。

魔素伝導を高めた加工材。

安価な量産素材。


ティアが一本ずつ机へ置く。


「同じ魔法陣を刻んでも、全部同じようには動かん」


アイリスが聞く。


「魔素を通しやすい素材が一番いいんですか?」


「そうとも限らん」


「どうして?」


「通りすぎても困る」


アルスが反応する。


「制御しにくい?」


「そうじゃ」


昨日まで。


魔素が多く通る方がいいと思いかけていた。


でも。


必要なのは多さではない。


安定。


必要な量。


必要な場所。


「これも同じだ」


アルスが言う。


レインが聞く。


「何と?」


「魔法の授業」


強ければいいわけじゃない。


速ければいいわけでもない。


素材も。


魔素をたくさん通せばいいわけではない。


ティアが笑う。


「やっと繋がってきたか」


アルスは四種類の素材を見る。


「じゃあ試作三号は、素材も変える?」


「待て」


ティアが止める。


「昨日の目的を忘れたか」


アルスが少し考える。


試作二号。


左の線がわずかに長かった。


次は線の長さを揃える。


「一度に一つ」


「そうじゃ」


「素材はその後」


「そうせい」


シリウスが感心したように言う。


「先生いなかったら、アル全部変えそう」


「たぶん」


「否定しないんだ」


アルスも分かっていた。


気になるものが増えると。


全部試したくなる。


でも。


全部変えたら。


何が効いたのか分からなくなる。


「じゃあ順番を作ろう」


アルスが記録板を開く。


一。


四方向の線長を揃える。


二。


同じ条件で再試験。


三。


安定した場合は再現性確認。


四。


その後に素材比較。


五。


必要なら加工方法を変える。


レインが見る。


「随分まとまったね」


「先生に止められたから」


ティアが鼻を鳴らす。


「最初からそうせい」


リリアが記録を見る。


「でも、完成品を作るというより、条件を一つずつ探している感じですね」


アルスが頷く。


「今はそっちが先かも」


アイリスが言う。


「何が必要か分からないまま作れませんからね」


シリウスが机の古代品を見る。


「昔の人は全部分かってたのかな」


誰もすぐには答えなかった。


ティアが言う。


「全部は分かっとらんかったかもしれん」


アルスが見る。


「でも作れた?」


「技術は、全部を理屈で説明できなくても進むことがある」


「経験で?」


「経験。職人の勘。積み重ね。偶然」


ティアは古代の部品を指す。


「じゃが、それだけでは途切れた時に戻せん」


アルスは静かに聞く。


「だから今、読めない?」


「それも理由の一つじゃろうな」


作り方が失われる。


人がいなくなる。


設備がなくなる。


言葉だけ残る。


形だけ残る。


でも。


なぜその形なのか分からない。


アルスは古代魔法陣を思い出す。


コピーしても動かない。


それは魔法が失われたからだけではないのかもしれない。


「先生」


「なんじゃ」


「今回もし動いたら」


「うむ」


「作り方まで残そう」


ティアがアルスを見る。


アルスは続ける。


「魔法陣だけじゃなくて。線の幅。長さ。素材。加工方法。測り方。失敗した条件も」


少し間があった。


ティアが笑う。


「そうせい」


短い返事だった。


でも。


いつものからかうような笑いではなかった。


放課後の終わり。


五人で訓練場へ向かう途中。


シリウスが言う。


「アル」


「何?」


「収納のやつ完成したら、俺でも作れる?」


アルスは少し考える。


「作れるようにしたい」


「先生じゃなくても?」


「うん」


「アルじゃなくても?」


アルスが止まる。


そして頷いた。


「その方がいい」


レインが笑う。


「それなら広がるね」


アイリスも言う。


「作れる人が一人だけなら、その人がいなくなったら終わりますから」


リリアが続ける。


「使える人も限られない方がいいですね」


アルスは四人を見る。


昨日まで。


収納魔道具を動かすことばかり考えていた。


でも。


動くだけでは足りない。


もう一度作れる。


別の人でも作れる。


別の人でも使える。


そして。


なぜそう作るのかが残っている。


そこまであって初めて。


技術になるのかもしれない。


アルスはその考えを記録に残した。


――一個作ることと、作れる技術を残すことは違う。


まだ収納できる物は一つもない。


それでも。


目指しているものの形だけは。


昨日より少し広くなっていた。

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