第29話 流れを測る
翌日の放課後。
研究室へ入ると、ティアは机の上に細長い器具を並べていた。
昨日話していた測定器らしい。
アルスが近づく。
「これが魔素の流れを見る道具?」
「そうじゃ」
ティアは一本持ち上げる。
細い金属針。
その周囲に、小さな目盛り。
「魔素量そのものを見るというより、流れの変化を見る」
「場所ごとに?」
「そうじゃ」
アルスの顔が少し明るくなる。
シリウスが横から言う。
「また顔に出てる」
「今日は分かりやすいと思う」
「自覚あるんだな」
レインたちも机へ集まる。
昨日の試作二号。
十秒ほど安定したあと。
左側から崩れた。
線幅は揃えた。
それでも崩れた。
今日見るのは。
魔素が本当に四方向へ均等に流れているのか。
「これ、四つ付ける?」
アルスが聞く。
「八つじゃ」
「八つ?」
ティアが指す。
「四方向の入口側と、制御点を通った後」
アルスはすぐに理解する。
入る前。
出た後。
両方を見る。
「差を見るのか」
「そうじゃ」
リリアが器具を見る。
「これ自体が邪魔になったりしませんか?」
ティアが少し笑った。
「なる」
全員が止まる。
「なるんですか?」
「測定器を付ければ条件は変わる」
アルスがすぐ記録する。
「じゃあ測った結果も、そのまま本来の状態とは言えない」
「そうじゃ」
シリウスが嫌そうな顔をする。
「急に難しくなった」
アイリスが言う。
「でも、付けないと見えないんでしょう?」
「そう」
アルスが答える。
「だから影響がある前提で見る」
ティアが頷いた。
「それでよい」
試作二号に測定器を取り付ける。
四方向。
入力前。
制御後。
合計八か所。
アルスは一つずつ確認する。
「右、付いた」
「左も」
レインが手伝う。
アイリスは測定器の位置が魔法陣へ触れていないか確認する。
リリアは記録板を準備。
シリウスは少し離れて全体を見る。
「なんか、本当に研究っぽくなってきたな」
アルスが笑う。
「今まで何だと思ってたの?」
「遊んでるように見える時もあった」
「否定しにくい」
準備が終わる。
ティアが安全停止を確認する。
「昨日と同じ条件じゃ」
アルスが頷く。
「魔石も同じ規格」
「流量も同じ」
「板も同じ」
「変更は測定器だけ」
ティアが言う。
「始めろ」
最低出力。
外周が光る。
八本の測定器の針が動いた。
アルスの視線が中央へ向きかける。
「アル」
レインが言う。
「今日は中央じゃなくて数字見るんだろ」
「あ」
危なかった。
役割を決める。
アルスは右側。
レインは左。
アイリスは上。
リリアは下。
シリウスが全体と異常。
「開始値」
アルスが読む。
「右、入力側三・一。制御後二・八」
レイン。
「左、三・〇。二・九」
アイリス。
「上、三・一。二・八」
リリア。
「下、三・〇。二・八」
ほぼ同じ。
「今のところ均等」
アルスが言う。
少し流量を上げる。
中央に揺らぎが現れる。
今回は誰もそちらを見すぎない。
「右、四・六。四・〇」
「左、四・五。四・二」
「上、四・六。四・一」
「下、四・五。四・〇」
またほぼ同じ。
さらに上げる。
揺らぎが大きくなる。
アルスが数字を見る。
「右、六・二。五・一」
レイン。
「左、六・一……四・七」
全員の空気が少し変わる。
「左だけ落ちた?」
アイリスが言う。
「上、六・二。五・二」
リリア。
「下、六・一。五・一」
左だけ。
制御後の値が少し低い。
シリウスが言う。
「昨日崩れたの左だよな」
「うん」
アルスは数字から目を離さない。
「もう少し」
ティアがすぐ言う。
「慎重に」
「はい」
流量を少し上げる。
「右、七・一。五・八」
「左、七・〇……五・〇」
差が広がった。
レインが言う。
「左だけ通りにくくなってる?」
アルスが考える。
「制御点の後で落ちてる」
さらに一瞬。
左の針が揺れた。
「左、不安定!」
レイン。
同時に中央の揺らぎが左へ引かれる。
シリウスが叫ぶ。
「左崩れる!」
アルスが出力を下げる。
今回は早い。
揺らぎが縮む。
消える。
安全停止は動かない。
誰もすぐには喋らなかった。
アルスは記録を見る。
「出た」
アイリスが言う。
「昨日と同じ場所ですね」
「しかも崩れる前に数字が変わった」
リリアが続ける。
ティアが測定器を確認する。
「測定器そのものの影響も考えろ」
「はい」
アルスはすぐ記録する。
――左制御点の後方のみ、流量上昇に伴い通過量が低下。
――崩壊前に値の揺れを確認。
――ただし測定器装着による影響は未確認。
シリウスが言う。
「じゃあ左が悪いってことでいい?」
アルスは少し考える。
「左側に何かある、までは言えそう」
「何か?」
「制御点そのものなのか、線なのか、素材なのか、加工なのかはまだ分からない」
「慎重だなあ」
「最近ずっと先生に言われてるから」
ティアが笑う。
「少しは学習したようじゃな」
レインが左側の魔法陣を見る。
「見た目は同じなのにね」
アイリスも顔を近づける。
「線幅も測ったんですよね」
「うん」
リリアが言う。
「長さは?」
アルスが止まる。
全員が図を見る。
四方向。
形は同じ。
線幅も同じ。
でも。
中心から制御点までの距離。
「測ってない」
アルスが言った。
シリウスが笑う。
「見た感じ同じじゃない?」
ティアがすぐ言う。
「見た感じ、じゃな」
「先生それ好きですね」
「お主らが何度も同じことを言うからじゃ」
測る。
右。
左。
上。
下。
アルスの手が止まる。
「左だけ少し長い」
「どのくらい?」
レインが聞く。
「ほんの少し」
再測定。
やはり。
左だけ。
わずかに長い。
アイリスが言う。
「それでこんなに変わるんですか?」
ティアが答える。
「分からん」
アルスも頷く。
「でも次に試せる」
試作三号。
線幅だけではない。
四方向の線の長さも揃える。
シリウスが言う。
「細かいな」
「空間の入口だからじゃない?」
アルスが答える。
「少しの差で形が崩れるなら、かなり繊細なのかもしれない」
レインが昨日の記録を見る。
「でも一号より二号の方が良かった」
「うん」
「なら少なくとも、加工精度を上げる方向は間違ってないかもしれない」
アルスが笑う。
「それ、かなり大きい」
「そう?」
「もし古代術式が再現できなかった理由の一つが、形を写しただけで精度まで再現してなかったからなら」
アルスは古代魔法陣を見る。
複雑な線。
何度も繰り返される構造。
ほんの小さな差。
「昔の人は、これをかなり正確に作ってた可能性がある」
ティアが静かに頷いた。
「あり得る」
アルスはもう一度古代術式を見る。
今までは。
古代の技術が特別な力で動いていた可能性ばかり考えていた。
でも。
もしかすると。
特別だったのは魔法ではなく。
作る精度。
素材。
加工。
測定。
そういう地味な部分だったのかもしれない。
「先生」
「なんじゃ」
「古代の加工技術について資料あります?」
ティアが笑った。
「ある」
アルスの顔が明るくなる。
「今日は見せんぞ」
「言うと思った」
全員が笑った。
研究室を出る前。
アルスは今日の記録を一行にまとめた。
――形が同じに見えることと、同じように作られていることは別。
少し考えて。
もう一行。
――魔法陣だけでなく、作る技術も調べる。
収納魔道具への道は。
また少し横へ広がった。
けれど。
アルスには。
それが遠回りには見えなかった。




