第28話 右側だけが崩れる
翌日の放課後。
アルスたち五人は、昨日使った金属板を囲んでいた。
魔法陣はまだ消していない。
右側だけ。
ほんのわずかに線が太い。
「これが原因?」
シリウスが聞く。
アルスは首を振った。
「候補」
「昨日より慎重だな」
「先生に何回も言われたから」
ティアが少し離れた場所から答える。
「まだ足りん」
「聞こえてたんですか」
「同じ部屋じゃ」
アルスは昨日の記録を表示する。
流量を上げた直後。
右側の制御点だけ光量が上昇。
その後、円形の揺らぎが崩れた。
「線が太いなら、そこだけ魔素が多く流れた?」
アイリスが言う。
「ありそう」
レインも見る。
「でも最初は安定してた」
「そうなんだよね」
アルスはそこが気になっていた。
最初から線幅が違う。
それなのに。
低出力では崩れていない。
流量を上げてから崩れた。
「一定以上になると差が大きく出る?」
リリアが言う。
アルスが振り向く。
「それかも」
シリウスが首を傾げる。
「細いところと太いところで、少ない時は平気。でも多く流すと差が出るってこと?」
「たぶん」
「じゃあ直せばいいじゃん」
全員がシリウスを見る。
「何?」
アルスが笑う。
「今日はそれを試す」
新しい金属板を用意する。
昨日と同じ構造。
違うのは一つだけ。
四つの制御点へ向かう線幅をできるだけ揃える。
ティアが途中で言った。
「測れ」
アルスの手が止まる。
「目で合わせるだけじゃ駄目?」
「昨日それで失敗した可能性があるんじゃろ」
「確かに」
細い測定具を使う。
一本目。
二本目。
三本目。
四本目。
何度も確認する。
シリウスが途中で暇そうに言った。
「まだ?」
「まだ」
「さっきから同じところ見てるぞ」
「同じにするため」
「俺ならもう描き終わってる」
アイリスが即座に返す。
「だからシリウスには任せられないんです」
「そこまで言う?」
レインが笑う。
ようやく完成。
昨日と同じ魔石。
同じ金属。
同じ配置。
変更は線幅だけ。
アルスは記録へ書く。
――試作二号。
変更点:右側を含む四方向の線幅を統一。
その他条件は一号と同一。
ティアが覗き込む。
「よし」
アルスが少し驚く。
「今回はいい?」
「比較するなら一つだけ変えろ」
「分かりました」
観測役も昨日と同じにする。
レインは全体。
アイリスは魔素の流れ。
リリアは魔法陣の発光。
シリウスは異音や物理変化。
アルスは中央の揺らぎ。
「始めます」
最低出力。
外周が光る。
「入力正常」
アイリス。
「線、均一です」
リリア。
「音なし」
シリウス。
中央。
空気がわずかに揺れる。
昨日と同じ。
「少し上げます」
ティアが言う。
「ゆっくり」
「はい」
流量を上げる。
円形の揺らぎが広がる。
昨日より大きい。
まだ崩れない。
アルスの心臓が少し速くなる。
「右どう?」
「均一です」
リリア。
アイリスも続ける。
「魔素も偏ってません」
さらに少し。
円が広がる。
手のひらより大きい。
シリウスが小さな声で言う。
「昨日より長い」
レインが返す。
「集中」
「はい」
アルスは中央だけを見る。
揺らぎ。
円形。
外側に淡い光。
中央は光らない。
その状態が続く。
一秒。
二秒。
三秒。
四秒。
五秒。
「安定してる?」
アルスが聞く。
ティアは答えない。
観測している。
六秒。
七秒。
八秒。
九秒。
十秒。
その瞬間。
左側が揺れた。
「左!」
シリウス。
アルスがすぐ出力を下げる。
今度は間に合った。
揺らぎが小さくなり。
消える。
安全停止は作動していない。
研究室が静かになる。
シリウスが最初に言った。
「右じゃなくなった」
アルスもそれを考えていた。
一号は右。
二号は左。
線幅を揃えた。
右側の異常は消えた。
でも。
別の場所で崩れた。
「線幅だけが原因じゃなかった」
アルスが言う。
ティアが頷く。
「じゃが無関係とも言えん」
「一号より長く安定した」
レインが記録を見る。
「昨日は流量を上げた直後だった」
アイリスも言う。
「今回は十秒近く持っています」
リリアが発光記録を見る。
「崩れる直前まで四方向ほぼ同じでした」
アルスが左側を見る。
「じゃあ次の原因は?」
ティアが言う。
「今すぐ決めるな」
「はい」
最近、この返事が増えた。
五人で記録を並べる。
一号。
右側から崩壊。
二号。
十秒ほど安定。
左側から崩壊。
「同じ場所で崩れないなら、加工誤差以外もある?」
アイリスが言う。
アルスが頷く。
「魔石の出力変動とか」
レインが言う。
「設置する向きは?」
全員が見る。
「向き?」
「一号と二号、板の向き同じ?」
アルスが止まった。
昨日の記録を見る。
一号は魔石接続部が北側。
今日の二号。
同じ。
「同じだ」
「なら違うか」
レインが言う。
アルスは少し考える。
「でも、次は向きを変えて試せる」
ティアがすぐ言う。
「その前に他を見ろ」
「先生、候補多すぎません?」
「研究とはそういうものじゃ」
シリウスが笑う。
「便利な言葉だな、それ」
ティアが睨む。
「お主も覚えておけ」
「はい」
アルスは金属板を見る。
昨日は。
右側の線が太い。
そこを直せば安定すると思った。
実際。
良くなった。
でも。
完全には直らなかった。
「先生」
「なんじゃ」
「一個の原因だけじゃないことも普通?」
「普通じゃ」
「じゃあ、改善したのに失敗することも?」
「いくらでもある」
アルスは少し笑った。
「難しいな」
「今さらか」
「でも昨日よりは進んだ」
「それもそうじゃ」
ティアが二号の金属板を持ち上げる。
「これは残せ」
「失敗作として?」
「成功への途中としてじゃ」
アルスは少しだけその言い方が気に入った。
失敗作。
でも。
昨日より十秒長く持った。
完全ではない。
それでも、一号とは違う情報を残している。
リリアが言う。
「次は何を変えるんですか?」
アルスは記録を見る。
候補。
魔石の出力変動。
線の長さ。
制御点の配置。
金属板の材質。
入口サイズ。
入力速度。
「増えた」
シリウスがまた言う。
「増えたね」
アルスも笑う。
アイリスが記録を見る。
「一つずつですね」
「うん」
レインが言う。
「なら次に一番可能性が高いものから」
アルスが頷く。
「魔素の流れをもっと細かく見る」
「どうやって?」
リリアが聞く。
アルスはティアを見る。
「測る道具あります?」
ティアが笑った。
「ある」
「やっぱり」
「ただし」
アルスが先に言う。
「今日は終わり?」
「分かっとるではないか」
シリウスが大笑いする。
研究室を出る頃。
アルスは今日の記録をまとめた。
――線幅統一により安定時間は延びた。
――ただし崩壊そのものは残った。
少し考える。
最後に一行。
――直した場所が原因だったとしても、それが唯一の原因とは限らない。
記録を閉じる。
レインが横から言った。
「昨日より少し進んだね」
「うん」
「でも完成までは遠そう」
「うん」
アルスは笑った。
遠い。
かなり遠い。
だから。
まだしばらく遊べそうだった。




