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第26話 入口を安定させる

数日後。


アルスは研究室の机いっぱいに、古い魔法陣の写しを広げていた。


外周。

中間。

中央。


さらに、同じ形を繰り返している部分。


以前は一枚の複雑な図にしか見えなかったものが、少しずつ役割ごとに分かれて見えるようになってきている。


ただし。


見えるようになったからといって、分かったわけではない。


「先生」


「なんじゃ」


「これ、入口ってどこですか?」


ティアの手が止まった。


「急に何を言い出した」


「もし別の場所と繋ぐなら、物が通るところが必要ですよね」


ティアは少し考える。


「そう考えるならな」


「でも、この魔法陣のどこが入口を作ってるのか分からない」


「当たり前じゃ」


「当たり前ですか」


「お主、まだ古代空間術式の一部しか見とらんぞ」


アルスは少し笑った。


「それもそうか」


そこへリリアがやってくる。


最近、研究室へ来る回数が増えていた。


毎日ではない。


回復魔法の実習がない日だけ。


「今日は何を見ているんですか?」


「入口」


「入口?」


アルスは古い魔法陣を指す。


「物を入れる場所」


リリアが図を見る。


しばらくして首を傾げる。


「普通の箱なら口がありますけど」


「うん」


「空間魔法だと、その口自体を作るんですか?」


アルスが止まる。


「たぶん」


ティアがすぐ言う。


「たぶん、じゃ」


最近は毎回訂正される前に言うようになってきた。


リリアが少し笑う。


アルスは図を見る。


外より大きい内部空間。


それを作れたとしても。


そこへ物を出し入れできなければ意味がない。


「入口って、内部空間より重要かも」


「なぜじゃ」


ティアが聞く。


「空間があっても、入れられなかったら使えない」


「それから?」


「入ったけど出せないのも困る」


「それから?」


「途中で閉じたらもっと困る」


ティアの顔が少し真面目になる。


「そこじゃ」


アルスも気付く。


入口は開けばいいわけではない。


開いている間。


物が通っている間。


安定していなければならない。


「先生」


「なんじゃ」


「古代の保管遺物って、入口が不安定なんですか?」


ティアは少し黙った。


「動かんものが多い」


「完全に?」


「ほとんどはな」


「少し動くものも?」


「ある」


アルスの表情が変わる。


ティアがすぐに手を上げた。


「まだ見せんぞ」


「何も言ってません」


「顔が言っとる」


リリアが笑う。


「本当に分かりやすいですね」


アルスは諦める。


「じゃあ聞くだけ」


「何じゃ」


「少し動くって、どこまで?」


ティアは椅子へ座った。


「入口らしき反応が出るものがある」


アルスは黙る。


「開く?」


「開いたように見える」


「ように?」


「中へ魔素反応が抜ける。じゃが物を入れようとすると崩れる」


アルスの目が細くなる。


「物が通ると崩れる」


「そうじゃ」


「空の状態では維持できる?」


「短時間ならな」


「じゃあ」


アルスは記録板を取る。


空間そのものではなく。


入口の安定。


そこが問題かもしれない。


「何を書くんですか?」


リリアが聞く。


「仮説」


アルスは書く。


――空間の成立と、入口の維持は別の条件かもしれない。


ティアが後ろから見る。


「悪くない」


アルスが振り向く。


「珍しくすぐ褒めた」


「調子に乗るな」


そこへ研究室の扉が開く。


「また難しいことやってる?」


シリウス。


その後ろにレインとアイリスもいる。


「今日は入口だって」


リリアが説明する。


シリウスが図を見る。


「どこ?」


「分からない」


「分からないのに入口?」


「だから探してる」


「相変わらずだな」


レインはアルスの記録を見る。


「物を通すと崩れるの?」


「古い遺物の一部はそうらしい」


レインが少し考える。


「剣を振る時と似てるかも」


アルスが見る。


「どういうところ?」


「構えてるだけなら安定する。でも、実際に振ると崩れる人はいる」


アイリスも頷く。


「魔法も同じです。発動前の形は作れても、放った瞬間に乱れることがあります」


アルスは二人を見る。


「負荷が変わる?」


レインが答える。


「たぶん」


ティアが口を挟む。


「そこは面白い見方じゃな」


アルスはさらに考える。


入口だけ存在している時。


物を通す時。


条件が違う。


質量。


大きさ。


速度。


材質。


そして魔素を持つ物かどうか。


「増えた」


シリウスが言う。


「何が?」


「アルの顔。考えること増えた顔してる」


アイリスが笑う。


「確かに」


アルスは記録する。


――入口の安定性を崩す条件候補。


物体の大きさ。

重量。

通過速度。

材質。

魔素量。


リリアが言う。


「生き物だともっと違うんでしょうか」


全員が少し止まった。


アルスが見る。


「生き物」


「魔素もありますし、動きますし」


ティアの表情が少し変わる。


「それは後回しじゃ」


アルスが聞く。


「危ない?」


「危ない」


即答だった。


「まず物だけにせい」


「はい」


誰も反対しなかった。


ここは実験だからこそ。


危険なものから始める理由はない。


「じゃあ、小さい物から?」


アイリスが言う。


アルスが頷く。


「軽くて、壊れても困らない物」


シリウスが周囲を見る。


「石?」


レインが言う。


「魔素の影響を見るなら、魔石じゃない方がよさそう」


リリアが机の上を見る。


そこに小さな木片があった。


「これなら?」


アルスが取る。


軽い。


単純。


壊れても困らない。


「いいかも」


ティアが腕を組む。


「まだ実験はさせんぞ」


アルスが止まる。


「まだ?」


「古代術式へ直接魔素を流す気か」


「……少し」


「少しではない」


「じゃあどうするんです?」


ティアが古い魔法陣の写しから、一部分だけを指した。


「入口と思われる構造だけ抜く」


アルスが目を見開く。


「分解する?」


「そうじゃ」


「動く?」


「知らん」


「そこから?」


「研究とはそういうものじゃ」


ティアは新しい金属板を机へ置く。


「いきなり古代遺物を動かそうとするな」


アルスは板を見る。


「一部分だけ現代の魔法陣で再現する?」


「まずはな」


「でも古代の線、そのままでは動かないかもしれない」


「だから今の魔法陣へ書き直す」


アルスが黙る。


今まで。


読む。


分ける。


比べる。


そこまでだった。


初めて。


古代の魔法陣を、今使える形へ変える。


「先生」


「なんじゃ」


「それ、かなり難しい?」


「難しい」


「時間かかる?」


「かかる」


「失敗する?」


「する」


アルスは少し笑った。


「やりたい」


ティアも笑った。


「そう言うと思ったわ」


レインが机の板を見る。


「僕たちも手伝えることある?」


ティアが五人を見る。


「今は少ない」


「今は?」


アイリスが聞く。


「実際に動き始めたら増える」


「例えば?」


「観測」


ティアは答えた。


「一人で全部見るより、五人で別々のところを見た方がましじゃろ」


五人が一瞬黙る。


シリウスが最初に笑った。


「それ、俺たち最近ずっとやってるやつじゃん」


アルスも気付く。


前を見る。


後ろを見る。


遠くを見る。


全体を見る。


違う場所を見る。


訓練でやってきたこと。


それは戦闘だけの話ではない。


研究でも使える。


「じゃあ、その時はお願い」


アルスが言う。


レインが頷く。


「もちろん」


アイリスも。


「分かる範囲なら」


リリアが笑う。


「私は見るの得意になってきましたから」


シリウスが言う。


「俺は?」


アルスが少し考える。


「変な動きしたら一番早く言って」


「それ得意そう」


全員が笑う。


ティアは新しい金属板をアルスの前へ置いた。


「まずは写すな」


「え?」


「読め」


ティアが古代魔法陣の一部分を指す。


「何をしていると思うのか、自分の言葉で書け」


アルスは記録板を持つ。


古い線を見る。


途切れ。


繰り返し。


中央へ向かわない構造。


境界。


入口。


完全には分からない。


それでも。


昨日よりは少し見える。


アルスは最初の一行を書いた。


――入口そのものを作っているのではなく、入口の縁を保っている可能性。


ティアが読む。


「可能性、か」


「まだ分からないので」


「それでよい」


そこから。


収納魔道具の研究は。


古代の完成品を真似る作業ではなく。


一つずつ意味を読み直し、今の技術へ置き換える作業へ変わり始めた。

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