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第25話 読めない魔法陣

翌日の放課後。


アルスが研究室へ入ると、ティアはすでに一枚の大きな紙を広げていた。


昨日見た古い論文。


その中に載っていた魔法陣が、かなり大きく写されている。


「今日はこれですか?」


「そうじゃ」


アルスは机へ近づく。


円。


何重にも重なった線。


今まで授業で見たものより明らかに複雑だった。


「……多い」


「何がじゃ」


「線」


「見れば分かる」


「記号も」


「それも見れば分かる」


ティアが笑う。


アルスは椅子へ座った。


「どこから読むんです?」


「それを考える」


「先生も?」


「もちろんじゃ」


アルスが少し驚く。


「完全には読めない?」


「読める部分と読めん部分がある」


ティアは魔法陣の外周を指した。


「ここは今でも使われる基本形に近い」


アルスも見る。


確かに。


入力。


流量調整。


安定。


授業で習ったものと似ている。


「じゃあここは分かる」


「そうじゃ」


次にティアが内側を指す。


「問題はこっちじゃ」


線が急に複雑になる。


いくつもの円。


交差。


途中で途切れているように見える線。


アルスは顔を近づける。


「これ、切れてません?」


「そう見える」


「失敗?」


「分からん」


「また分からない」


「嫌なら帰れ」


「嫌じゃないです」


即答だった。


ティアが笑う。


「なら見ろ」


アルスはじっと魔法陣を見る。


今まで習った魔法陣では、線が繋がっていることが基本だった。


魔素が流れる。


その流れを制御する。


なら。


途中で切れていたら、普通はそこで止まる。


「先生」


「なんじゃ」


「これ、本当に線ですか?」


ティアの手が止まった。


「どういう意味じゃ」


「魔素を流すための線じゃない可能性」


ティアがアルスを見る。


「続けろ」


アルスは指で触れないようにしながら、線の途切れた部分を追う。


「例えば、ここからここまでが一つの処理で」


少し離れた別の線を指す。


「こっちは別の場所の処理」


「ほう」


「繋がってないんじゃなくて、繋ぐ必要がない?」


ティアはすぐには答えない。


「あり得る」


「本当に?」


「あり得ると言っただけじゃ」


「はい」


アルスは記録する。


――古代魔法陣の線は、すべてが魔素の通路とは限らない。


書いたところで止まる。


「でも、それなら何なんだろう」


「それを調べる」


「測れる?」


ティアが少し笑った。


「まだ動かす気か」


「動かさないです」


「顔が動かしたそうじゃ」


アルスは否定しなかった。


少しして。


研究室の扉が開く。


「今日は何見てる?」


シリウスだった。


後ろからレイン、アイリス、リリアも入ってくる。


「昨日の続き」


アルスが答える。


四人が机を囲む。


シリウスが魔法陣を見て顔をしかめる。


「何これ」


「空間魔法陣」


「これ全部必要なの?」


「それを見てる」


アイリスは少し長く見る。


「同じ記号が何回もありますね」


アルスが見る。


「どれ?」


「これと、これ」


アイリスが二か所を指す。


確かに同じように見える。


さらに探す。


三つ目。


四つ目。


「繰り返してる」


アルスが呟く。


レインも見る。


「何かを何回も同じように処理してる?」


「かもしれない」


リリアが別の場所を見る。


「でも、少しずつ向きが違います」


アルスがそちらを見る。


同じ記号。


ただし配置角度が違う。


「方向?」


シリウスが言う。


「部屋みたいに四方向?」


アルスが止まる。


「四方向」


魔法陣を見る。


四つの似た構造。


北。


南。


東。


西。


そういう単純な話かは分からない。


でも。


「空間の境界を四方から固定してる?」


アルスが言った。


ティアがすぐに返す。


「仮説じゃな」


「はい」


最近はすぐ断定しなくなった。


ティアもそれ以上は言わない。


レインが聞く。


「空間って、壁みたいに囲むんですか?」


アルスが答えようとして止まる。


「分からない」


ティアが代わりに言う。


「昔の研究では、そう考えた者もおる」


「今は?」


アイリスが聞く。


「一つではない」


ティアは魔法陣を見る。


「空間を箱のように扱う理論もある。点と点の関係として扱う理論もある。境界そのものを変える考え方もある」


シリウスが黙る。


しばらくして。


「難しい」


「素直でよろしい」


アルスも同じだった。


難しい。


でも。


一つ気付く。


「先生」


「なんじゃ」


「僕、昨日まで収納魔道具って大きい袋みたいなものだと思ってた」


「ほう」


「でも違うかもしれない」


レインが聞く。


「どう違う?」


「入れ物を大きくするんじゃなくて」


アルスは魔法陣を見る。


「入れ物と別の場所を繋ぐのかもしれない」


四人が静かになる。


ティアだけが少し笑った。


「ようやく入口らしいことを言ったのう」


アルスが見る。


「合ってる?」


「知らん」


「またそれ」


「古代の遺物がどう動いとったか、完全には分かっとらん」


ティアは魔法陣の中央を指す。


「じゃが少なくとも、普通の容器を広げただけではない」


アルスは中央を見る。


そこには今まで習ったことのない記号がある。


複数の線が中央を避けるように回っている。


「ここが重要?」


「そう考えられとる」


「何をするところ?」


「分からん」


アルスは笑ってしまった。


「分からないばっかりだ」


「だから研究しとる」


ティアも笑う。


アイリスが中央を見る。


「この部分、魔石の接続場所ではないんですか?」


ティアが答える。


「違う」


「どうして分かるんです?」


「魔石を置いた記録がない。それに魔素供給の線は外周にある」


アルスがもう一度見る。


確かに。


入力は外。


中央は別の何か。


リリアが言う。


「空間そのものを作る場所?」


アルスの目が動く。


ティアはすぐに言う。


「それも仮説じゃ」


「はい」


リリアが少し笑う。


アルスは中央を見続ける。


もし。


ここが空間そのものを扱う部分なら。


外周はその空間を安定させる。


中間は境界を維持する。


中央は内部を成立させる。


そんな構造かもしれない。


「先生」


「なんじゃ」


「これ、分解して考えた方がいい?」


ティアが頷く。


「その方がよい」


「全部一度に理解しようとしない」


「昨日、自分で言っとったじゃろ」


「欲しいものを分ける」


「同じじゃ」


アルスは少し笑った。


やることが見えた。


魔法陣全体を読むのではなく。


外周。


中間。


中央。


さらに繰り返している構造。


分ける。


比べる。


今の魔法陣と対応する部分を探す。


「先生」


「今度は何じゃ」


「写していいですか?」


「全部は駄目じゃ」


「一部分ずつ」


ティアが少し考える。


「研究室から持ち出さん条件ならよい」


「はい」


シリウスが横から言う。


「俺、これずっと見るの無理」


「無理しなくていいよ」


「じゃあ訓練行く」


レインも頷く。


「僕も行こうかな」


アイリスが少し迷う。


「私も後で行きます」


リリアはアルスを見る。


「私はもう少しここにいます」


「いいの?」


「同じ記号を探すくらいなら手伝えます」


アルスは少し嬉しくなる。


「お願い」


シリウスが扉へ向かいながら振り返る。


「夕方になったら迎え来るからな」


「忘れてたらお願い」


「絶対忘れるじゃん」


レインが笑う。


三人が研究室を出る。


残ったアルスとリリアは、古い魔法陣の前に座った。


ティアは自分の作業へ戻る。


「ここ、また同じです」


リリアが言う。


アルスが見る。


「本当だ」


一つ。


また一つ。


同じ形。


違う位置。


違う向き。


完全には読めない。


でも。


読めないものの中にも、繰り返しがある。


繰り返しがあるなら。


何か役割がある。


アルスは記録板へ書いた。


――読めないからといって、何も分からないわけではない。


その横に。


――同じものを探す。違うところを探す。分けて見る。


リリアが画面を見る。


「それ、今までと同じですね」


「うん」


アルスも気付いた。


冷却箱も。


訓練も。


人も。


魔法陣も。


結局やっていることはあまり変わらない。


見る。


比べる。


分ける。


分からないところを残す。


その繰り返しだった。


古い魔法陣は、まだほとんど読めない。


けれど。


昨日まで一枚の複雑な図にしか見えなかったものが。


今日は少しだけ。


いくつかの部分に分かれて見え始めていた。

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