↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/227

第24話 欲しいものを分ける

翌日の放課後。


アルスが研究室へ入ると、ティアは作業台の上にいくつかの物を並べていた。


木箱。

革袋。

金属製の容器。

水筒。

小さな保温器。


「今日は何ですか?」


「質問じゃ」


「質問?」


ティアは木箱を指した。


「これをもっと便利にしたいとする」


「便利に?」


「そうじゃ」


「何を入れるかによります」


ティアの口元が少し上がった。


「ほう」


アルスは木箱を見る。


「食べ物なら温度とか、湿気とか」


「それから?」


「壊れやすい物なら衝撃」


「それから?」


「持ち運ぶなら重さ」


「それから?」


アルスが止まる。


「まだある?」


「いくらでもある」


ティアは腕を組んだ。


「昨日、お主は古い保管技術に食いついたじゃろ」


「はい」


「では聞く」


ティアが木箱を軽く叩く。


「お主が欲しい保管道具とは何じゃ」


アルスはすぐに答えようとした。


物を入れられる。


たくさん。


軽く。


できれば時間も止まる。


そこまで考えて、口を閉じる。


「どうした」


「欲しいものを全部言ったら、条件が多すぎる気がして」


「ようやく少し賢くなったのう」


「少し?」


「十二歳なら十分じゃ」


アルスは椅子へ座った。


ティアが記録板を一枚渡す。


「書け」


「何を?」


「欲しいものではない」


ティアが木箱を指す。


「何をできるようにしたいのかじゃ」


アルスは記録板を見る。


少し考えて書く。


――持ち運べる。


ティアが読む。


「曖昧」


「じゃあ……一人で持てる重さ」


「まだ曖昧」


「何キロまで?」


「そういうことじゃ」


アルスは書き直す。


具体的な数字は今決めない。


ただし。


――一人で長時間運搬できる重量。


ティアが頷く。


「次」


――通常の袋より多く入る。


「通常とは?」


「また曖昧か」


「比較するなら基準を決めろ」


アルスは少し笑った。


「先生、面倒ですね」


「研究は面倒なものじゃ」


「知ってきました」


もう一度書く。


――外形より大きい容量を持つ。


ティアの目が少し変わる。


「そこじゃ」


「そこ?」


「今、一番大きな条件を言った」


アルスも気付く。


外より中が大きい。


それだけで普通の容器ではない。


「空間を変える必要がある?」


「可能性はある」


「可能性?」


「最初から答えを決めるな」


「はい」


アルスは続ける。


――中身が傷まない。


ティアがすぐに言う。


「傷まないとは?」


アルスが天井を見る。


「腐らない」


「それだけか?」


「乾燥しない。凍らない。熱くならない」


「全部同じ条件か?」


アルスが止まる。


違う。


腐敗。


温度。


湿度。


時間。


もしかすると別々だ。


「分ける必要がある」


「そうじゃ」


記録を分ける。


――温度変化を抑える。

――水分変化を抑える。

――腐敗を抑える。

――内部時間の影響を抑える。


最後の一行を書いたところで、アルスの手が止まった。


「内部時間」


ティアが読む。


「なぜそれを書いた」


「もし時間そのものが進まなければ、腐敗も温度変化も減るんじゃないかと思って」


「全部解決すると思うか?」


「分からない」


「なら残せ」


アルスはそのままにする。


そこへ研究室の扉が開いた。


「やっぱりここ」


レインだった。


後ろからシリウス、アイリス、リリアも入ってくる。


「今日も難しい顔してる」


シリウスが言う。


「箱について考えてる」


「箱?」


「保管道具」


アイリスが記録板を見る。


「ずいぶん条件がありますね」


「増えた」


リリアが読む。


「温度、水分、腐敗、時間……」


「全部必要なの?」


シリウスが聞く。


アルスは少し考える。


「分からない」


「じゃあ減らせば?」


「どれを?」


シリウスが即答する。


「腐らなきゃいい」


アルスが止まる。


「食べ物なら?」


「うん」


「武器なら?」


「腐らない」


「薬なら?」


「……温度?」


「服なら?」


「知らん」


シリウスが笑った。


「用途で違うじゃん」


アルスも笑う。


「今それに気付いた」


アイリスが言う。


「何でも入れられるものを最初から作ろうとするから条件が増えるんじゃないですか?」


アルスが見る。


「用途を絞る?」


「例えば食料だけ」


リリアも頷く。


「薬だけでもいいですね」


レインは木箱を見ながら言う。


「冒険者なら、水と食料を多く持てるだけでもかなり違うんじゃない?」


アルスの手が止まる。


ティアは何も言わない。


アルスはレインを見る。


「どのくらい違う?」


「長く遠征できる」


「荷物が減る?」


「同じ日数なら減るね」


シリウスが言う。


「武器も増やせる」


アイリスが続ける。


「着替えや薬も」


リリアが言う。


「怪我人のための物も持てます」


アルスは記録板へ書き足していく。


食料。

水。

薬。

装備。

素材。


持ち運べる量が増える。


それだけで行動範囲が変わる。


「先生」


「なんじゃ」


「昔の保管道具って、どのくらい入るんですか?」


ティアは少し考えた。


「物による」


「動かないやつでも?」


「設計上の容量は推定できるものもある」


「どのくらい?」


「小さい物なら、見た目の数倍程度と考えられとる」


アルスの目が少し大きくなる。


「数倍でも十分大きい」


レインが頷く。


「鞄が三つ分入るなら便利だね」


シリウスが言う。


「俺なら食べ物入れる」


「やっぱりそこなんですね」


アイリスが笑う。


ティアが机を叩いた。


「話を戻すぞ」


五人が見る。


「お主らはすぐ『何を入れるか』へ行った」


アルスが頷く。


「でもその前に?」


「道具そのものの条件がある」


ティアは記録板を取る。


新しい欄を作った。


素材。

魔石。

魔法陣。

重量。

耐久性。

製造難度。

消費魔素。

安全性。


「これ全部?」


シリウスが嫌そうな顔をする。


「最低でもな」


アルスは記録を見る。


欲しい機能だけ考えていた。


でも作るには。


何で作るか。


どう動かすか。


どれだけ魔素を使うか。


壊れたらどうなるか。


誰が作れるのか。


「作れても、一個しか作れなかったら?」


アルスが聞く。


ティアが笑う。


「ようやくそこまで来たか」


「量産?」


「そうじゃ」


アイリスが言う。


「高すぎても広まりませんね」


レインも続ける。


「壊れやすかったら冒険では使えない」


リリアが言う。


「薬を入れて壊れたら困ります」


シリウスも何か言おうとして止まる。


全員が見る。


「……口が小さすぎたらパンが入らない」


一瞬静かになる。


アルスが笑った。


「それ大事」


シリウスが驚く。


「本当に?」


「入れられない物は収納できないから」


ティアも頷く。


「馬鹿にできん条件じゃ」


シリウスが少し嬉しそうになる。


「俺も研究できるじゃん」


アイリスが笑う。


「今ので研究者を名乗らないでください」


「まだ名乗ってない!」


アルスは記録板を見る。


最初は一行だった。


――物をたくさん入れたい。


それが今は。


容量。

重量。

入口。

内部環境。

時間。

素材。

魔石。

消費。

耐久。

安全。

製造。

価格。


いくつもの条件へ分かれている。


「一個の『欲しい』の中に、こんなに入ってるんだ」


アルスが言う。


ティアが頷く。


「だから分ける」


「分けたら作れる?」


「いいや」


「まだ?」


「分けて、ようやく何が分からんか見える」


アルスは少し笑った。


本当に終わらない。


でも。


以前より少しだけ違う。


最初は「収納できる魔道具が欲しい」という一つの塊だった。


今はどこから調べればいいのかが見え始めている。


「先生」


「なんじゃ」


「最初に見るならどれ?」


ティアは記録板を見た。


そして一つを指す。


――外形より大きい容量。


「これじゃ」


アルスも見る。


「空間」


「ここが成立せん限り、普通の箱と変わらん」


「古い論文?」


「そうじゃ」


ティアが昨日の資料室を見る。


「まずは、昔の奴らが何をやったか理解せい」


アルスが頷く。


「その後なら遺物を見せてくれる?」


ティアは笑う。


「少しはな」


「少し?」


「全部一度に見ても分からん」


シリウスがアルスの肩を叩く。


「よかったな」


「何が?」


「近づいたじゃん」


アルスは記録板を見る。


確かに。


まだ作ってすらいない。


魔法陣もない。


素材も決まっていない。


それでも昨日よりは近い。


作る前に。


何を作ろうとしているのか。


それを分けただけ。


研究室を出る頃。


アルスは記録の一番上を書き直した。


――収納魔道具を作る。


一度消す。


そして。


――外より大きい内部空間を、安定して使える容器を調べる。


少し具体的になった。


それだけで。


次に見る場所が、少しだけ分かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。