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第21話 何を上手いと呼ぶのか

その日の授業は、少し変わっていた。


訓練場の中央に三つの表示板が並んでいる。


再現性。

安全性。

速度。


シリウスが最初に声を上げた。


「今日は何これ?」


ティアが教壇の上から答える。


「評価じゃ」


「点数?」


「違う」


即答だった。


アイリスが表示を見る。


「評価なのに点数ではないんですか?」


「一つの数字へまとめる必要がないからの」


アルスの目が止まる。


ティアは続ける。


「同じ魔法でも、何を目的にするかで良し悪しは変わる」


レインが頷く。


「速く使うことが大事な時もあれば、正確に使う方が大事な時もある」


「そうじゃ」


ティアが指を一本立てる。


「再現性。何度やっても同じ結果になるか」


二本目。


「安全性。自分や周囲へ余計な危険を出さんか」


三本目。


「速度。必要な時に間に合うか」


シリウスが言う。


「全部高ければ最強?」


ティアが笑う。


「そう簡単なら研究者は苦労せん」


アルスも少し笑った。


全部を上げようとすれば、どこかで無理が出る。


最近の訓練で何度も見たことだった。


ティアは五人を含む生徒たちへ同じ課題を出した。


小さな光球を十回作る。


ただし。


大きさをできるだけ揃える。

一定時間維持する。

周囲へ漏れる魔素を抑える。


「地味」


シリウスが言った。


「地味なことができん奴ほど派手なことをしたがる」


「先生、俺に言ってます?」


「思い当たるならそうじゃろ」


教室に笑いが起きる。


一回目。


アルスは光球を作る。


小さい。


二回目。


少し大きい。


三回目。


一回目と同じくらい。


観測体が結果を記録していく。


十回終える。


表示された差を見る。


「結構ばらつくな」


アルスが呟く。


レインの方を見る。


レインの光球はかなり大きさが揃っている。


「やっぱり安定してるね」


「でも遅い」


レインが答える。


一回ごとに丁寧に整えている。


シリウスは逆だった。


速い。


十回終わるのも一番早い。


ただし大きさはかなり違う。


「俺の、でかいのと小さいの混ざってる」


「見れば分かります」


アイリスが言う。


アイリスは出力が強い。


指定より少し大きめになりやすい。


それでも形は綺麗だった。


リリアはレインと同じく安定している。


速度は遅い。


アルスは自分の記録を見る。


極端に悪くはない。


ただ、途中で微調整を入れすぎて時間が伸びている。


ティアが順番に見て回る。


シリウスのところで止まる。


「速い」


「はい」


「雑」


「はい」


最近は反論しなくなった。


次にアイリス。


「強い」


「はい」


「強すぎる」


「……はい」


レイン。


「安定」


「はい」


「遅い」


「はい」


リリア。


「丁寧」


「はい」


「慎重すぎる」


「はい」


最後にアルス。


少し長く見る。


「お主は」


アルスが待つ。


「いじりすぎじゃ」


「いじりすぎ?」


「途中で何度も直しとる」


「揃えようと思って」


「そのせいで遅い」


アルスは記録を見る。


確かに。


最初に出した形を信用せず、毎回途中で調整している。


「最初から合わせた方がいい?」


「それを練習するんじゃ」


アルスは頷いた。


二回目。


今度は調整を減らす。


最初に出した形を、そのまま維持する。


一回目。


少し小さい。


でも直さない。


二回目。


少し大きい。


直さない。


三回目。


近い。


十回。


終わる。


「速くなった」


シリウスが言う。


「うん」


「でもちょっとばらついたね」


リリアが記録を見る。


「そうだね」


一つ良くすると、別のところが少し落ちる。


アイリスも自分の出力を下げる練習をしていた。


小さく作ろうとすると、今度は維持が不安定になる。


レインは速度を上げる。


すると最後の数回にばらつきが出た。


リリアも同じだった。


シリウスは逆にゆっくり作る。


明らかに形が揃う。


「できるじゃん」


アルスが言う。


「時間かかるけどな」


「でも調整できるって分かった」


「それはそう」


ティアが全員を見渡す。


「今日覚えるのは一つじゃ」


表示板を指す。


「自分が何を得意として、何を犠牲にしとるか知れ」


アルスはその言葉を聞く。


強い。


速い。


正確。


安全。


安定。


どれも良い言葉に見える。


でも、全部を同時に最大にはできない。


少なくとも今は。


「先生」


アルスが手を上げる。


「なんじゃ」


「学園では何を一番重視するんですか?」


ティアは少し考えた。


「基礎段階なら再現性と安全性じゃ」


「速度は?」


「後じゃ」


シリウスが嫌そうな顔をする。


「俺に不利」


「実戦では速さも必要じゃ。じゃが、速いだけで毎回結果が違う奴を誰が信用する」


シリウスが黙る。


レインが言う。


「仲間と動くなら特にそうですね」


「そうじゃ」


アイリスも表示を見る。


「威力が高くても、毎回同じ場所へ撃てないなら困ります」


リリアが続ける。


「回復も同じです。強く使えばいいわけではないですから」


アルスは記録を残す。


学園の評価。


再現性。

安全性。

速度。


ただし、目的によって優先順位が変わる。


書きながら、少し違和感があった。


評価されるために学ぶわけではない。


でも。


評価軸を知っておくことは、自分が何を練習しているのか知ることでもある。


授業後。


五人で中庭へ向かう。


シリウスが言う。


「俺、速いのは得意なんだよな」


「うん」


アルスが答える。


「雑だけど」


「そこ付け足す?」


アイリスが笑う。


「でも速さが必要な場面ならシリウスが一番でしょうね」


シリウスが少し嬉しそうになる。


「だろ?」


レインも言う。


「だから直すのは、速さを捨てることじゃないと思う」


「どういうこと?」


「速いまま、雑なところを減らせばいい」


「なるほど」


アイリスが自分の手を見る。


「私は強さを捨てる必要はない」


リリアが頷く。


「必要な時に弱くも使えるようになればいいんですね」


「そうですね」


アルスは四人を見る。


「得意を消すんじゃなくて、困るところを減らす」


レインが笑った。


「それ、分かりやすいね」


アルスも少し笑う。


自分なら。


考えることをやめる必要はない。


考えすぎて動けなくなるところだけ減らす。


それならできそうだった。


中庭へ着く。


いつもの場所に座る。


シリウスが昼に買って残していた焼き菓子を取り出した。


「いる?」


「まだ持ってたの?」


「非常食」


「ただのお菓子でしょう」


アイリスが言う。


「腹に入れば同じ」


結局みんなで分けた。


アルスは食べながら今日の記録を見返す。


同じ課題。


違う結果。


誰か一人が一番という話ではない。


何を見れば、一番に見えるかが変わる。


速さだけならシリウス。


安定ならレインやリリア。


出力ならアイリス。


そして自分は。


まだよく分からない。


それも今は悪くなかった。


十二歳。


学園生活は始まったばかりだ。


三年ある。


今決める必要はない。


何が得意なのかも。


何を伸ばすのかも。


見ながら決めればいい。


アルスは最後に一行だけ残した。


――評価は答えではなく、見る角度の一つ。


記録を閉じる。


その横では、シリウスとアイリスが最後の焼き菓子をどちらが食べるかで揉めていた。


アルスは少し笑った。


今日は、それで十分だった。

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