第20話 役割を入れ替える
数日後。
訓練場へ入った五人は、床に置かれた札を見て止まった。
そこには五つの役割が書かれている。
前衛。
遠距離。
後方確認。
全体確認。
支援。
シリウスが笑った。
「俺、前衛」
「まだ決まってないよ」
アルスが言う。
「でも最近ずっとそうだろ」
アイリスも遠距離の札を見る。
「私はこれですね」
リリアは支援。
レインは全体確認。
アルスは残った後方確認。
自然に手が伸びかけたところで。
「触るな」
ティアの声が飛んできた。
五人の手が止まる。
ティアは教壇の上に立ち、腕を組んでいた。
「今日は逆じゃ」
シリウスが嫌そうな顔をする。
「逆?」
「いつもと違う役割をやれ」
全員が黙る。
「先生」
レインが聞く。
「それ、わざと苦手なことを?」
「そうじゃ」
「理由は?」
「一人欠けたらどうする」
その一言で空気が少し変わった。
ティアは続ける。
「実戦で、いつも同じ五人が同じ位置に立てるとは限らん」
アルスは頷く。
怪我。
地形。
分断。
魔力切れ。
理由はいくらでもある。
「今日は自分の得意な役を取るな」
ティアが札を指した。
「相談して決めろ」
シリウスが前衛の札から手を離す。
「じゃあ何やればいいんだ」
アイリスが言う。
「後方確認は?」
「地味だな」
「だからやるんでしょう」
「なるほど」
レインが考える。
「僕は支援をやってみようかな」
シリウスが驚く。
「レインが?」
「普段ほとんどやらないから」
「じゃあ私は前衛?」
アイリスが少し困った顔をする。
アルスが笑う。
「剣の練習してたし」
「まだ全然です」
「だから今日やるんじゃない?」
アイリスは少しだけレインを見る。
レインも頷いた。
「大丈夫。無理に剣だけ使わなくていいと思う」
「……分かりました」
残った役割を見る。
遠距離。
全体確認。
リリアが少し迷う。
「私が全体確認をやります」
アルスが聞く。
「大丈夫?」
「普段後ろにいるので、周りを見ること自体は慣れています」
「じゃあ僕が遠距離か」
シリウスが笑う。
「アル、遠距離得意?」
「普通」
「普通って便利だな」
役割が決まる。
前衛、アイリス。
遠距離、アルス。
後方確認、シリウス。
全体確認、リリア。
支援、レイン。
ティアが満足そうに頷いた。
「始めろ」
訓練場の障害物が動く。
今回は標的ではなく、魔法で作られた小型の模擬魔物が現れた。
四体。
速くはない。
ただし、こちらへ近づいてくる。
アイリスが前へ出た。
杖を構える。
「来ます!」
一体目。
アイリスは反射的に火球を作る。
そこで止まった。
「前衛なんだから、後ろから撃つのと同じじゃ駄目か」
「別に魔法使うなとは言われてないよ」
レインが後ろから言う。
「近づかれた時に止められればいい」
アイリスが頷く。
短い火の壁を前に出す。
模擬魔物が少し止まる。
「止まりました!」
アルスが後方から光弾を放つ。
命中。
一体消える。
「一つ」
いつもならレインが全体へ指示を出す。
だが今日は違う。
リリアが全体を見ている。
「右から二体来ます」
声は少し小さい。
シリウスが後ろから言う。
「もっと大きく!」
「右から二体!」
今度は聞こえた。
アルスが右を見る。
一体はアイリスへ。
もう一体は回り込もうとしている。
「右奥、僕がやる」
光弾。
外れる。
「外した!」
シリウスが笑う。
「珍しい!」
「今言う?」
もう一発。
今度は命中。
その間に、アイリスが近づいた模擬魔物を杖で受ける。
「重い!」
「足!」
レインが叫ぶ。
「踏ん張って!」
アイリスが足を引く。
杖で押し返すのではなく、横へ流す。
以前レインから習った動き。
模擬魔物が横へずれる。
「今!」
アルスが撃つ。
消える。
残り一体。
シリウスが後方から叫ぶ。
「後ろ!」
全員が振り向く。
いつの間にか、一体が大きく回り込んでいた。
普段ならシリウス自身が前に出て止める。
今日は後方確認。
「来てる!」
「位置!」
リリアが聞く。
「左後ろ!」
レインが支援魔法を使う。
シリウスの身体へ軽い強化。
「え、俺?」
「一番近い!」
「後方確認なのに!」
「今は関係ない!」
レインの声が強くなる。
シリウスが笑った。
「それもそうか!」
振り向きざまに蹴る。
模擬魔物の動きが止まる。
アイリスが後ろから火球。
命中。
終了音。
五人とも少し息を切らしていた。
シリウスが言う。
「ぐちゃぐちゃだったな」
「うん」
アルスも笑う。
アイリスは杖を見ている。
「前に立つと全然違いますね」
レインが聞く。
「怖かった?」
「少し」
正直な答えだった。
「魔法を撃つ時、いつも誰かが前にいる理由が分かりました」
レインが頷く。
「前にいる側も、後ろから来る魔法を信じないと動けない」
アイリスは少し考えてから言う。
「今、アルスが撃つと思って横へ流しました」
アルスが驚く。
「僕?」
「はい」
「外してたけど」
「二発目は当てると思いました」
シリウスが笑う。
「信頼が雑」
「結果は当たったでしょう」
「まあな」
ティアが近づいてくる。
「どうじゃ」
レインが答える。
「難しかったです」
「何が一番?」
「普段やらないことをしながら、全体を見る余裕がなくなるところ」
ティアが頷く。
「それが今日の目的じゃ」
リリアが言う。
「全体を見るのも難しかったです」
「なぜじゃ」
「見えているのに、声にするのが遅れました」
アルスが見る。
確かに。
リリアは周囲を見るのが上手い。
でも、普段は自分が指示を出す立場ではない。
「見えることと、伝えることは別なんだ」
アルスが言う。
ティアが頷く。
「そうじゃ」
シリウスが手を上げる。
「俺は後ろ見るの退屈でした」
アイリスが呆れる。
「それが感想ですか?」
「でも途中で後ろから来た時、見てなかったら危なかった」
少しだけ真面目になる。
「必要なんだなとは思った」
ティアが笑う。
「それで十分じゃ」
アルスは自分のことを考える。
遠距離。
いつもと大きく違うわけではない。
ただ、全体を見る役を外れたことで少し楽だった。
その代わり。
リリアが見ているものを信じて撃つ必要があった。
「先生」
「なんじゃ」
「役割って、決めた方がいいんですか。決めない方がいいんですか」
ティアはすぐに答えなかった。
「両方じゃ」
「両方?」
「得意な役割は持て」
ティアは五人を見る。
「じゃが、それしかできん奴になるな」
アルスはその言葉を聞く。
「崩れた時に代われるように?」
「そうじゃ」
レインが頷く。
「一人いなくなっただけで全部止まるのは弱い」
「その通りじゃ」
ティアは床の札を足で寄せた。
「役割は檻ではない」
五枚の札が重なる。
「今、一番うまく回る場所を決めるためのものじゃ」
アルスは記録する。
――役割は固定するものではなく、戻る場所。
少し考えて書き直す。
――得意な役割は持つ。でも、それだけしかできない形にはしない。
リリアが横から見る。
「今日は長いですね」
「大事そうだったから」
「それは分かります」
休憩。
今度は役割をもう一度入れ替えることになった。
シリウスが言う。
「次、俺支援やる」
レインが笑う。
「できる?」
「やってみないと分からないだろ」
アルスが少し驚く。
昨日までなら、シリウスは前衛を選んでいたはずだ。
アイリスも言う。
「私は全体確認をやってみます」
リリアが笑う。
「では私は遠距離を」
レインがアルスを見る。
「僕たちどうする?」
「残りでいいんじゃない?」
「適当だな」
「今日はそれを試す日だから」
二回目。
やっぱりうまくいかなかった。
シリウスの支援は遅れる。
アイリスは全体を見るより、一つの相手へ集中しすぎる。
リリアの攻撃は正確だが弱い。
レインは前へ出ると安定する。
アルスは後方確認をしながら、また周囲を見すぎる。
それでも。
一回目より笑い声が多かった。
失敗しても、誰かが次を埋める。
「シリウス、強化遅い!」
「今やってる!」
「レイン、右!」
「見えてる!」
「アルス、後ろ!」
「見てる!」
「リリア、無理に撃たなくていい!」
「でも一回くらい当てたいです!」
「そこ! 今!」
光が飛ぶ。
命中。
リリアが嬉しそうに笑った。
「当たりました!」
全員も笑った。
訓練が終わる頃には、五人とも疲れていた。
けれど。
得意なことだけをやった日より。
互いの役割が少しだけ分かった気がした。
前に立つ怖さ。
後ろを見る退屈さと大切さ。
全体を見ながら声を出す難しさ。
誰かを支援するタイミング。
遠くから仲間越しに狙う緊張。
自分の場所を離れてみて、初めて分かることがある。
帰り道。
シリウスが言った。
「明日は普通に戻そうぜ」
全員が笑った。
レインが答える。
「僕もそう思う」
アイリスも頷く。
「前衛はしばらくいいです」
「でもまたやる?」
レインが聞く。
アイリスは少しだけ考えた。
「……たまになら」
リリアが笑う。
アルスも笑った。
たぶん。
それでいい。
得意な場所へ戻る。
でも、隣の場所が何をしているかも少し知っている。
五人の形は。
少しずつ、強さだけではないところから作られていた。




