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第18話 声を合わせる

訓練場に入ると、いつもより広い区画が開放されていた。


床には白い線が引かれ、その中にいくつかの障害物が置かれている。


低い壁。

柱。

木箱。

細い通路。


シリウスが見回す。


「今日は走るやつ?」


レインも周囲を見る。


「たぶん連携だね」


ティアが教壇代わりの台へ飛び乗った。


「今日は五人で動け」


シリウスが笑う。


「また五人?」


「嫌なら一人でやってもよいぞ」


「五人でお願いします」


即答だった。


ティアは訓練場の奥を指した。


そこには四つの標的がある。


ただし、今回は全部が見えているわけではない。


壁の後ろ。

柱の陰。

箱の向こう。


「制限時間内に全部処理せい」


アルスが手を上げる。


「処理って、壊す?」


「触れてもよい。魔法でも剣でもよい。条件は一つ」


ティアが指を立てる。


「一人でも区域外へ出たら失格じゃ」


レインが床の線を見る。


「つまり、全員の位置も見ないといけない」


「そうじゃ」


アイリスが標的を見る。


「敵役はいないんですか?」


「最初から全部詰め込むな。今日は移動と声掛けじゃ」


アルスはその言葉を記録する。


移動。

声掛け。


戦う前の部分。


「相談時間、一分」


ティアが言った。


シリウスがすぐにレインを見る。


「指示お願い」


「僕?」


「一番向いてるだろ」


レインは少しだけ考えて、頷いた。


「じゃあ僕が全体を見る」


アルスが聞く。


「僕は?」


「アルは後ろも見てほしい」


「後ろ?」


「前ばかり見ると誰かが遅れるかもしれないから」


「分かった」


アイリスが杖を持つ。


「私は見える標的を遠距離から」


リリアも続く。


「私は中央にいます。誰かが遅れたら声をかけます」


シリウスが胸を張る。


「俺は?」


レインが即答した。


「先に行きすぎない」


「役割じゃない!」


全員が笑う。


「冗談。前を確認して。近い標的があれば任せる」


「それなら得意」


一分が終わる。


開始音。


シリウスが最初に動いた。


速い。


だが、今日は数歩進んだところで自分から止まった。


後ろを見る。


「まだ大丈夫?」


レインが頷く。


「行ける」


アルスは少し笑う。


ちゃんと覚えている。


五人で最初の壁まで進む。


一つ目の標的。


シリウスが触れる。


「一つ!」


その声が思ったより大きい。


アイリスが笑う。


「聞こえています」


「確認!」


そのまま右へ。


レインが先を見る。


「アイリス、柱の向こう!」


「見えてます」


アイリスが短い火球を放つ。


標的へ命中。


「二つ目です」


リリアが後ろを振り返る。


「アルス、少し離れてます」


「ごめん」


アルスは観察に意識を向けすぎていた。


急いで距離を詰める。


レインが言う。


「アル、今は見る範囲を狭くして」


「範囲?」


「全部見ようとして遅れてる」


図星だった。


「分かった」


三つ目は箱の裏。


見えない。


シリウスが先へ出ようとする。


「待って」


レインが止める。


「何?」


「通路狭い」


五人が一度止まる。


アルスは周囲を見る。


一列なら通れる。


だが、全員が同じ方向から行く必要はない。


左に細い迂回路がある。


「二手に分かれる?」


アルスが言った。


レインがすぐ首を振る。


「今日はやめよう」


「なんで?」


「声が届きにくくなる」


アルスは少し考えて頷いた。


今日は連携の練習。


最短距離が目的ではない。


「一列で行く。シリウス先頭、僕が次。リリア、アイリス、アル」


「了解」


今度は全員が声を返した。


細い通路へ入る。


前が見えにくい。


シリウスが曲がり角で止まった。


「標的ある!」


「距離は?」


レインが聞く。


「近い!」


「任せる」


シリウスが一歩出て、標的へ触れる。


「三つ!」


残り一つ。


ここまでは順調だった。


だが最後の標的が見つからない。


時間だけが減る。


「どこ?」


アイリスが周囲を見る。


アルスも探す。


前。

右。

左。


ない。


「上」


リリアが言った。


全員が上を見る。


低い壁の向こう側。


少し高い位置に標的が浮かんでいる。


「見えた!」


シリウスが走り出す。


「待って!」


レインの声。


シリウスが止まる。


その足のすぐ前に白線があった。


あと一歩で区域外。


「危なっ」


「だから待てって言っただろ」


「見えたからつい」


レインは怒ってはいない。


ただ声が少し強い。


シリウスもすぐ頷いた。


「ごめん」


アイリスが標的を見る。


「ここから届きます」


「任せる」


レインが言う。


アイリスが杖を構える。


火球。


標的が消える。


終了音。


五人ともその場で息を吐いた。


ティアが近づいてくる。


「遅い」


シリウスが肩を落とす。


「成功じゃないんですか?」


「成功は成功じゃ」


「じゃあ褒めてくださいよ」


「褒めるほどでもない」


「厳しいなあ」


ティアは記録板を見る。


「じゃが、前よりはましじゃ」


レインが聞く。


「何が良かったですか?」


「声を出した」


ティアは簡単に答える。


「それだけ?」


シリウスが言う。


「それができん奴が多い」


ティアは五人を見る。


「見えていることを、自分だけ知っていても意味がない」


アルスは少し考える。


研究では、自分の中で考える時間が多い。


戦闘は違う。


気付いた瞬間に伝えないと遅い。


ティアが続ける。


「逆に、全部喋ればよいわけでもない」


「全部?」


リリアが聞く。


「必要な情報を、短く、早くじゃ」


レインが頷く。


「標的ある、距離近い、みたいに?」


「そうじゃ」


シリウスが笑う。


「俺、結構できてた?」


「声が大きすぎる」


「駄目だった」


アイリスが少し笑った。


「でも聞き取りやすかったです」


「ほら!」


ティアが手を叩く。


「もう一回」


全員の顔が変わる。


二回目。


今度は最初から声を短くする。


「右、標的」


「見えた」


「前、狭い」


「止まる」


「後ろ遅れなし」


「上!」


一回目より速い。


誰か一人だけが先行することもない。


アルスも全体を見ようとしすぎず、自分の担当範囲を決めた。


後方。

左右。

遅れている人。


情報を見つけたらすぐ伝える。


最後の標的。


今度はアイリスが先に見つけた。


「上、右!」


レインが見る。


「アイリス任せる!」


一発。


終了。


一回目よりかなり早い。


シリウスが喜ぶ。


「速い!」


レインも笑う。


「今のはよかったね」


リリアが息を整えながら言う。


「話すだけでこんなに変わるんですね」


アルスも同じことを考えていた。


一人一人の能力は何も変わっていない。


魔法も速さも同じ。


変わったのは、情報の流れ。


誰が何を見ているか。


誰が何をするか。


それを共有しただけ。


「面白い」


アルスが言う。


シリウスが笑う。


「また始まった」


「だって、何も強くなってないのに速くなった」


レインが頷く。


「連携ってそういうことじゃない?」


「たぶん」


アイリスが言う。


「一人で全部やろうとしない方がいいんですね」


リリアも笑う。


「この前と同じですね」


違うことは使い方次第で強さになる。


そのためには。


違いを知るだけでは足りない。


つなぐ必要がある。


アルスは今日の記録に一行加えた。


――連携は、能力を増やすことではない。


少し考える。


――持っているものを、互いに使えるようにすること。


帰り道。


シリウスが前を歩きながら振り返った。


「明日もやろうぜ」


レインが笑う。


「自主練?」


「今日の面白かった」


「珍しいね」


「失礼だな」


アイリスが言う。


「でも次は先に走らないでくださいね」


「一回だけだろ」


「一回で失格になるところでした」


「覚えてるって」


リリアが笑う。


アルスも笑った。


五人で動くことが、少しずつ特別ではなくなっていく。


まだパーティーと呼ぶほどではない。


けれど。


誰かが前へ出たら、誰かが後ろを見る。


誰かが見つけたら、声を出す。


誰かが迷えば、別の誰かが決める。


そんな形が。


少しずつ出来始めていた。

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