第151話 流れを作るもの
朝、アルスが男子寮の自室で制服へ着替えていると、扉が二度叩かれた。
開けると、寮の職員から一枚の紙を渡される。研究区画から届いた連絡だった。
――授業終了後、研究室へ来い。
――五人とも来てもよい。
――面白いものが見えた。
署名はティア。
アルスは最後の一文をもう一度読んだ。
「面白いもの……」
ティアがそう書く時は、だいたい何かが動いた時だ。
廊下へ出るとレインとシリウスが待っていた。アルスが紙を見せると、シリウスがすぐ反応する。
「行く」
「まだ何か分からないよ」
「だから行くんだろ」
レインも笑った。
「授業が終わってからならいいんじゃない?」
共有談話室前でアイリスとリリアにも見せる。二人とも興味は同じだったが、アイリスは最初に時間を確認した。
「今日は最後まで授業がありますね」
「うん。だからその後」
「ちゃんと待てるようになりましたね」
「最近そればっかり言われる」
五人で教室へ向かった。
午前は魔法理論、午後は歴史と実習。特別なことは起きない。それでもアルスは、授業中に何度かティアの紙を思い出した。
面白いもの。
黒い鉱石か。
発光鉱物か。
あるいは別の何か。
答えを考えても分からないので、途中から考えるのをやめた。
放課後、五人はそのまま研究区画へ向かった。
研究室の扉を開けると、ティアは小さな実験台の前に座っていた。
「遅い」
シリウスが言う。
「授業あったから」
「知っとる」
「じゃあ言うなよ」
ティアは無視した。
実験台の上には、透明な保護容器が置かれている。その中に、発光を失った青白い鉱物片と、熱処理した黒い鉱石の小片が並べられていた。
その間には細い金属線のようなものが何本か伸びている。
アルスが近付く。
「何をしたんですか?」
「魔素を入れるのをやめた」
一瞬、意味が分からない。
アイリスが聞く。
「以前は魔石から魔素を与えていたのですよね?」
「そうじゃ。量を増やしても光らん。なら、入れること自体が違うのかもしれんと思ってな」
ティアは装置の端を指した。
そこには小さな魔石が一つある。
「今は魔素をここから向こうへ流しておる。鉱物へ溜めるんじゃない。通過させる」
ティアが装置を起動する。
最初は何も起きない。
数秒。
発光鉱物の内部に、ごく細い青白い線が現れた。
アルスたちは黙った。
明るく光るわけではない。中級ダンジョンの壁で見たものよりずっと弱い。
でも。
光っている。
シリウスが顔を近付ける。
「戻った」
「完全には戻っとらん」
ティアが言う。
魔素の流れを止める。
光も消える。
もう一度流す。
光る。
止める。
消える。
何度やっても同じだった。
アルスは中級ダンジョンで試した時を思い出す。
壁から外した鉱物は暗くなった。
元の場所へ戻し、向きを変えた時だけ一瞬反応した。
「向きが必要だったのは、魔素が通る方向があったから?」
「可能性は高くなった」
ティアは答える。
発光鉱物そのものが魔素を蓄えて光るのではない。
魔素が中を通過する時に反応している。
少なくとも、今の実験ではそう見える。
リリアが聞く。
「では、あの洞窟の壁の中ではずっと魔素が流れていたのですか?」
「それは現地を調べんと分からん。ただ、流れがあったこととは矛盾せんな」
ティアはそこで黒い鉱石を指した。
「面白いのはこっちじゃ」
熱処理した黒い鉱石。
以前の実験で、加熱すると魔素を保持する性質が弱まり、外へ動きやすくなることが分かっている。
ティアは黒い鉱石を発光鉱物の横へ移した。
再び魔素を流す。
青白い光。
今度は少し弱い。
黒い鉱石の位置を変える。
光が強くなる。
また変える。
弱くなる。
レインが気付いた。
「流れそのものが変わってる?」
「そう見える」
ティアが答える。
黒い鉱石は魔素を取り込みやすい。
置く場所によって、流れている魔素の一部を引き込む。
熱処理の程度によって、その後どれだけ外へ渡すかも変わる。
まだ小さな試験。
素材の量も少ない。
それでも。
二つの鉱物を組み合わせると、魔素の通り方を変えられる可能性が見えた。
アルスは中級ダンジョンの設備図を広げた。
「発光鉱物が流れを見るものだとしたら……」
アイリスが続きを言う。
「黒い鉱石で流れを変えていた可能性がありますね」
シリウスが聞く。
「見るために光らせてたの?」
「それだけとは限らない」
アルスは答える。
発光。
結果。
なのかもしれない。
魔素が通ることで光るだけで、目的は別。
熱。
動力。
制御。
何に使ったのかはまだ分からない。
ティアが満足そうに頷いた。
「そこじゃ。光るから照明だと思えば簡単じゃが、設備の奥に埋め込む理由が薄い」
中級ダンジョンで見た発光鉱物は、道を照らすだけの配置ではなかった。水中にもあった。古い加熱設備にも組み込まれていた。
アルスは地図を見る。
自然の壁。
地下水。
採掘区域。
古い設備。
同じ発光鉱物。
「天然にあるものを、そのまま利用した?」
レインが言った。
ティアが腕を組む。
「それも候補じゃな」
人工的に作った素材なら、自然の洞窟壁や水中へ広範囲に存在することの説明が難しい。
元々そこにある鉱物。
そして地中の魔素の流れ。
後から来た誰かが、それを利用して施設を作った。
その可能性。
少し高くなる。
シリウスが地図の採掘区域を指す。
「じゃあ黒い方を掘って、青い方は残して使ってた?」
アルスは少し考えた。
確かに、黒い鉱石には明確な採掘跡があった。
発光鉱物は壁や水中に残っている。
でも、それだけで意図的に残したとは言えない。
「そこも次に見たいね」
アイリスが言う。
「発光鉱物の周囲に採掘跡があるかどうか」
「うん」
新しい確認項目が増える。
ティアはさらに実験台へ別の黒い鉱石を置いた。
今度は未加熱。
魔素を流す。
発光鉱物の光が大きく弱くなる。
次に強く加熱したもの。
光が戻る。
中程度に加熱したもの。
その中間。
五人が結果を見る。
シリウスが言った。
「焼き方で流れ変えられるじゃん」
ティアがすぐ訂正する。
「この条件では、じゃ」
「分かってるって」
でも。
見えてきた。
採掘した黒い鉱石。
加熱区域。
加工。
集積。
もし熱処理によって魔素への性質を調整していたのなら、あの加熱設備には意味がある。
さらに、その材料を別の設備へ運んでいたのなら、大型搬出路にも繋がる。
アルスは紙へ書く。
――黒色鉱物:未処理では魔素保持が強い。
――加熱により保持・放出特性が変化する可能性。
――発光鉱物:魔素を蓄えるより、通過時に反応する可能性。
――両者を組み合わせると魔素流へ影響。
その下で手を止めた。
そこから先。
書ける。
古代魔素回路。
制御装置。
地脈利用設備。
いくらでも名前を付けられる。
でも。
今はまだ。
書かない。
ティアがアルスの紙を見る。
「今回は飛ばんのじゃな」
「飛んだら先生が止めるでしょ」
「当然じゃ」
レインが笑う。
「お互い分かってきたね」
実験はもう一度繰り返された。
結果はほぼ同じ。
ただし、三度目は発光が少し弱かった。
原因は分からない。
魔石側の出力か。
鉱物の状態か。
温度か。
装置か。
ティアはむしろ楽しそうだった。
「よし。安定せんな」
シリウスが聞く。
「失敗じゃないの?」
「毎回同じ結果しか出ん方が今は困る」
「なんで?」
「条件が何に効いとるか分からんまま完成した気になるからじゃ」
アルスはその意味が分かる。
不安定。
そこに。
まだ見ていない条件がある。
なら。
探せる。
外が暗くなり始めたところで、レインが時間を確認した。
「今日はここまでにしよう」
ティアは何も言わなかった。
珍しい。
と思ったら。
「明日は条件を変える」
やはり続けるらしい。
アルスが言う。
「僕たちは授業です」
「知っとる」
五人は研究室を出た。
共有談話室まで戻る途中、シリウスが言う。
「あの施設、昔の魔道具工場みたいな感じなのかな」
アルスは首を傾ける。
「まだ分からない。でも、少なくとも鉱石を掘って売るだけの場所じゃなかった気はする」
レインも言う。
「施設の中で素材を使っていた可能性が出てきたからね」
リリアが続ける。
「それでも外へ運んだものがある」
「うん」
アイリスが言う。
「結局、また分からないことが増えましたね」
五人で笑った。
女子寮へ戻る二人と別れ、アルスたちは男子寮へ入った。
自室へ戻ると、アルスは鞄から今日の記録を出して机へ置いた。
研究室では小さな鉱物片を見ていた。
でも。
その先には。
地下の大きな施設がある。
流れていた魔素。
掘られた鉱石。
熱を使う設備。
それを運んだ道。
一つずつは小さい。
まだ繋がったとは言えない。
ただ。
以前より。
繋げるために何を見ればいいかは分かるようになっていた。
アルスは記録を閉じ、明日の教科書を机の端へ置いた。
明日は学院の授業。
研究はティアが続ける。
自分がいない間にも、観測は止まらない。
それも今では、少し当たり前になっていた。




