第150話 人に説明して見えること
翌朝、アルスは男子寮の自室で昨日の紙を読み返していた。
役割ではなく必要な仕事を見る。
一人にしかできない仕事を減らす。
その下には、五人それぞれが普段やっていることが書かれている。
前方確認。
広域警戒。
指揮。
射線。
回復。
撤退判断。
味方の状態確認。
紙にしてみると、それほど特別なことには見えない。
でも、実際に全部を同時にやろうとすると難しい。
アルスは紙を鞄へ入れて部屋を出た。
廊下ではレインとシリウスが待っている。
シリウスが聞いた。
「今日も持ってきた?」
「昨日の紙?」
「それ」
「あるよ」
レインが笑う。
「もう教材みたいになってきたね」
「まだ僕たち用だよ」
三人で男子寮を出る。
共有談話室前でアイリスとリリアと合流し、そのまま教室へ向かった。
午前の戦術基礎。
教師が授業の途中で言った。
「昨日の実習記録を見た。いくつかの班は、一人抜けた瞬間に機能が大きく落ちている」
教室が少し静かになる。
アルスたちにも覚えがある。
教師は続けた。
「今日は戦わない。班同士で、自分たちの動きを説明し合え」
シリウスが小さく言う。
「昨日の続きだな」
五人の班には、別の五人組が付いた。
同じ学年。
同じSクラス。
何度も一緒に授業を受けている生徒たちだが、戦闘時の動きを詳しく話したことはない。
向こうの班の一人が聞いた。
「最初に何から決める?」
レインが答える。
「僕たちは役割より先に、誰が何を見るかを決めることが多い」
相手が少し首を傾げる。
「前衛とかじゃなくて?」
「前衛も決めるよ。でも、それだけだと足りない」
アルスは昨日の紙を机へ置いた。
前方地形。
主にシリウス。
広い範囲と魔素。
主にアルス。
全体。
レイン。
後方。
アイリスとリリア。
仲間の状態。
リリアを中心に全員。
相手の班が紙を見る。
「こんなに細かく決めてるの?」
シリウスがすぐ言う。
「いや、普段はほとんど決めてない」
「え?」
「やってたことを書いたらこうなった」
説明した側なのに、少し混乱させている。
アイリスが補足する。
「最初から全部決めたのではありません。何度も一緒に動くうちに自然に分かれたんです」
リリアも続ける。
「その後で、誰かがいない時に困ることが分かって、言葉にするようになりましたわ」
相手の班の一人が自分たちの紙を見る。
前衛。
前衛。
魔法。
回復。
斥候。
それだけ。
「じゃあ、うちは前衛二人が同じところ見てるかもしれない」
アルスが聞く。
「後ろは誰が見てる?」
五人。
止まる。
少し考える。
「……誰だ?」
一人が言った。
別の一人。
「魔法担当じゃない?」
「俺、敵しか見てない」
「じゃあ回復?」
「みんなの怪我見てる」
後方。
誰も明確には見ていなかった。
シリウスが言う。
「俺らも最初そんな感じだったぞ」
相手が少し安心する。
それから今度は、向こうの班がアルスたちへ質問した。
「戦闘中、誰の指示を聞く?」
レインを見る。
全員の視線が集まる。
レインが答える。
「基本は僕。でも、全部僕が決めるわけじゃない」
「どういうこと?」
シリウスが言う。
「前の地形なら俺の情報が先」
アイリス。
「射線ならわたしが言います」
リリア。
「怪我ならわたくしですわ」
アルスも言う。
「分からないものを見つけた時は、その時一番情報を持っている人」
相手の班がまた止まる。
「リーダーが全部決めるんじゃないのか」
レインは首を振った。
「全部見られないから」
アルスもそこが大きいと思った。
レイン。
リーダー。
でも。
万能ではない。
シリウスしか見ていない足跡。
アイリスしか分からない射線。
リリアしか気付かない小さな疲労。
アルスが感じた魔素の変化。
それを全部レイン自身が確認してから判断していたら遅い。
情報。
渡す。
信じる。
判断。
それで動く。
相手の班の一人が言った。
「でも間違ってたら?」
シリウスが答える。
「間違うことあるぞ」
即答。
アイリスが少し笑う。
レインが続ける。
「だから、違うと思ったら言う」
「リーダーの判断でも?」
「もちろん」
今度は相手側が少し驚いた。
アルスも最初から意識していたわけではない。
でも五人では普通だった。
レインが決める。
でも。
アルスが別の可能性を言う。
シリウスが危険を見つける。
アイリスが撃てないと言う。
リリアが続行は危険だと言う。
そうなれば。
判断。
変わる。
「指示に従うことと、黙ってることは別だと思う」
アルスが言った。
教師が近くを通り、少しだけこちらを見る。
でも口は挟まない。
班同士の話は続く。
今度はアルスたちが相手の班へ聞いた。
「そっちはどうやって敵を決めてる?」
「一番近いやつ」
シリウスが聞く。
「毎回?」
「だいたい」
それを聞いて、アルスたちは顔を見合わせた。
自分たちは違う。
近い敵。
だけ。
ではない。
後衛へ行きそうな敵。
動きが速い敵。
仲間から離れている敵。
一体だけ引き離せる敵。
状況。
見る。
レインが言う。
「僕たちは倒しやすい一体を先に作ることが多い」
相手が聞く。
「作る?」
アルスが紙へ簡単な図を描く。
三体。
横並び。
そのまま戦えば三対五。
でも。
一体。
誘う。
位置。
ずらす。
一対五。
残り。
後。
「敵の数を変えられなくても、同時に戦う数は減らせる」
相手がしばらく図を見る。
「これ、誰が考えた?」
五人。
また。
少し止まる。
誰。
だろう。
アルスだけではない。
レインだけでもない。
初心者ダンジョン。
実習。
中級ダンジョン。
何度も。
失敗。
調整。
いつの間にか。
そうなっていた。
レインが笑った。
「五人でやってるうちに」
その答えが一番近かった。
授業の最後。
教師が全員を集める。
「他の班へ説明して、初めて気付いたことはあるか」
いくつか手が上がる。
自分たちが誰も後ろを見ていなかった。
指揮役が全部決めすぎていた。
同じ敵を複数人で見ていた。
回復役へ負担が集中していた。
さまざま。
教師が言う。
「他人に説明できないものは、自分でも理解していない場合がある」
アルスは昨日の紙を思い出す。
自分たちも。
そうだった。
自然にできる。
だから。
分かっている。
と思っていた。
違う。
自然にできることと。
説明できること。
別。
昼休み。
五人は中庭のいつもの場所へ座った。
シリウスが言う。
「人に説明する方が疲れた」
アイリスが笑う。
「戦闘よりですか?」
「戦闘は動けばいいからな」
アルスは少し分かる気がする。
自分の感覚を、相手が分かる形へ変える。
それ。
難しい。
リリアが言った。
「でも、向こうの班の話も参考になりましたわ」
相手の班では、回復役が後ろに固定されていなかった。
状況によって中央近くまで動く。
五人ではリリアを後方に置くことが多い。
でも。
狭い場所。
距離。
届かない。
そんな時。
位置。
変える。
あり得る。
「僕たちのやり方が正解ってわけじゃないね」
アルスが言う。
レインも頷いた。
「班ごとに違っていいと思う」
そこ。
大事。
五人の形。
優れている。
部分。
ある。
でも。
剣士。
魔法使い。
人数。
能力。
違えば。
形。
変わる。
同じものを。
そのまま。
渡す。
ではない。
考え方。
使う。
シリウスが言った。
「じゃあ昨日の紙、他の班用には使えない?」
「そのままは使えない」
アルスは答える。
「でも、『誰が何を見るか確認する』は使えると思う」
「役割じゃなく仕事を見る、も?」
「うん」
アイリスが続ける。
「一人しかできないことを減らす、も使えそうですね」
レイン。
「一番情報を持ってる人の意見を聞く」
リリア。
「全員が帰れることを優先する」
言葉。
少しずつ。
増える。
特定の五人。
ではなく。
別の班。
でも。
使えそうなもの。
アルスは紙へ書く。
ただし。
まだ。
まとめない。
今日は。
見つけただけ。
午後の授業が終わり、五人は共有談話室へ寄った。
シリウスが机に紙を置く。
「これ、増えてきたな」
「うん」
「名前付ける?」
アルスが顔を上げる。
「何に?」
「俺たちのやり方」
レインが少し考える。
アイリスも。
リリアも。
でも。
アルスは首を振った。
「まだいいんじゃない?」
シリウスが笑う。
「アルが名前付けるの待つって珍しいな」
「まだ形が変わってるから」
今日。
他の班と話しただけで。
もう。
増えた。
変わった。
なら。
固定。
早い。
レインが頷く。
「しばらくこのままでいいね」
その夜。
アルスは男子寮の自室へ戻った。
机の上へ紙を置く。
昨日まで。
五人を説明する紙。
今日から。
少し。
違う。
五人以外でも使えるかもしれない考え。
混ざり始めた。
アルスは一番下に一行だけ追加する。
――形を渡すのではなく、考え方を渡す。
書いてから。
少し見る。
これ。
研究。
似ている。
収納魔道具。
古い設備。
戦い方。
全部。
完成品。
そのまま。
ではなく。
仕組み。
見る。
アルスは紙を閉じた。
廊下の向こうからシリウスの声が聞こえる。
その少し後。
レインの返事。
いつもの寮。
いつもの五人。
でも。
五人の中だけで育っていたものが。
少しずつ。
外へ出始めていた。




