第149話 役割を並べてみる
翌朝。
アルスが男子寮の食堂へ入ると、レインとシリウスはもう朝食を取っていた。
「今日は遅いな」
シリウスが言う。
「いつも通りだよ」
アルスは隣へ座る。
机の端には、昨日書いた紙が入った薄い冊子を持ってきていた。
レインが気付く。
「もう持ってきたの?」
「昨日のこと、少しだけ整理した」
シリウスが笑う。
「やっぱり始めてるじゃん」
「まだ整理だけ」
朝食を終え、三人で共有談話室前へ向かう。
アイリスとリリアもすぐに来た。
五人が揃うと、アルスは歩きながら昨日の紙を見せた。
レイン。
指揮。
前衛。
全体確認。
アルス。
前衛。
索敵。
分析。
シリウス。
遊撃。
斥候。
罠。
先行確認。
アイリス。
後衛。
攻撃魔法。
精密攻撃。
リリア。
後衛。
回復。
補助。
シリウスが言う。
「今まで通りじゃない?」
「そう。でも昨日、これだけだと足りないと思った」
アイリスが紙を見る。
「何が足りないのですか?」
「重なってるところ」
例えば索敵。
アルスもする。
シリウスもする。
レインも周囲を見る。
でも同じ見方ではない。
シリウスは地面や先行確認が強い。
アルスは広い範囲や魔素の変化を見る。
レインは戦闘中に全体を見ながら判断する。
全部まとめて「索敵」。
それでは外から見た時に分かりにくい。
リリアが言う。
「役割の名前だけでは、その中で何をしているか分からないのですね」
「うん」
そこまで話したところで教室に着いた。
午前の授業は戦術基礎。
偶然なのか、教師が最初に黒板へ書いた言葉は。
――役割。
だった。
シリウスがアルスを見る。
アルスも少し笑う。
教師が言う。
「班を作る時、前衛、後衛、斥候などの役割を決めることがある。だが役割名だけ決めても、実戦ではほとんど意味がない」
五人。
一気に集中する。
教師が続ける。
「前衛は何をする?」
何人かの生徒が答える。
敵を止める。
攻撃する。
後衛を守る。
「全部正しい。では斥候は?」
索敵。
罠確認。
先行。
「これも正しい。問題は、誰が何を見るかを班の中で共有していない場合だ」
アルスはノートを開く。
昨日と同じ話。
教師は簡単な例を出した。
前衛二人。
斥候一人。
後衛二人。
形だけ見れば、アルスたちと同じ。
しかし。
斥候が前方だけを見る。
前衛も前しか見ない。
後衛は敵だけを見る。
すると。
側面。
誰も見ない。
「役割を置いただけで安心するな。必要なのは仕事の分担だ」
アルスはそこへ線を引いた。
役割。
仕事。
違う。
昼休み。
五人は中庭のいつもの場所へ集まった。
シリウスがパンを食べながら言う。
「先生、昨日俺らの話聞いてた?」
アイリスが答える。
「そんなわけないでしょう」
レインがアルスの紙を見る。
「じゃあ、役割じゃなくて仕事を書いてみる?」
「やってみよう」
紙を一枚出す。
レイン。
前衛。
指揮。
ではなく。
味方の位置確認。
戦闘開始と撤退判断。
敵の正面を受ける。
全体の速度を調整。
誰かの判断が割れた時にまとめる。
シリウスが言う。
「俺そんなにレイン見てると思ってなかった」
レインが笑う。
「僕も全部意識してるわけじゃないよ」
次。
シリウス。
前方地形。
足跡。
罠。
狭い場所の確認。
敵の位置。
逃げ道。
戦闘中の側面移動。
敵を分ける。
「多いな」
本人が言う。
アイリスが返す。
「動き回っていますからね」
アルス。
広域警戒。
魔素反応。
地形と戦術の比較。
戦闘位置の提案。
前衛補助。
記録。
仮説。
シリウスが笑う。
「最後二つ戦闘じゃないだろ」
「でもやってる」
「確かに」
アイリス。
敵の弱点確認。
射線確保。
遠距離攻撃。
前衛が止めた敵への追撃。
複数敵への牽制。
後方警戒。
リリア。
負傷確認。
回復。
身体補助。
疲労確認。
後衛位置の維持。
全員の状態確認。
書いてみる。
多い。
しかも。
重なる。
アルスが言う。
「重なってるのは悪くないと思う」
レインも頷く。
「一人ができなくなった時、他が見られるからね」
そこ。
昨日の授業。
繋がる。
完全分担。
危険。
一人。
欠ける。
全部。
消える。
だから。
主担当。
副担当。
そんな感じ。
アイリスが言う。
「では、誰が主に見るかを決めればよいのでは?」
アルスが紙へ書く。
前方地形。
主:シリウス。
副:アルス。
広域警戒。
主:アルス。
副:レイン。
全体指揮。
主:レイン。
副:アルス。
後方。
主:アイリス。
副:リリア。
状態確認。
主:リリア。
副:レイン。
戦闘位置調整。
主:レインとアルス。
射線。
主:アイリス。
確認:全員。
シリウスが言う。
「なんか班っぽくなってきたな」
アルスは少し笑う。
今まで。
感覚。
だった。
それ。
紙。
すると。
見える。
午後の実習では、教師から別の課題が出た。
五人一組。
模擬戦。
ただし。
一人だけ。
開始直前に「行動不能」の指定が入る。
誰が抜けるか分からない。
シリウスが言う。
「朝の話そのまんまじゃん」
指定。
出る。
――レイン。
五人が一瞬止まる。
レインは訓練区域の外へ出る。
残り四人。
指揮。
いない。
以前なら。
アルスが自然に前へ出たかもしれない。
今日は。
一度。
確認する。
「全体は僕が見る。シリウスは前。アイリスとリリアはいつも通り。撤退判断は僕がする」
三人。
頷く。
始まる。
敵役。
三体。
シリウスが先に発見。
「前二、左奥一」
アルスが見る。
地形。
右。
広い。
左。
狭い。
「右へ誘う」
アイリス。
「射線取れます」
リリア。
「補助いつでも」
動く。
レイン。
いない。
でも。
崩れない。
少し遅い。
アルス。
全体を見る時間。
増える。
戦闘。
自分の前衛動作。
少し減る。
でも。
その分。
シリウスが前へ。
入る。
一体を引く。
アイリス。
撃つ。
リリア。
補助。
四人。
動く。
三体。
処理。
終了。
教師が言う。
「成立している。ただしアルス、自分が前へ出る時間が減ったな」
「はい」
「指揮を持てばそうなる。役割を増やせば何かが減る。当たり前だが忘れるな」
アルスは頷く。
全部。
できる。
ではない。
一人。
同時。
限界。
ある。
次。
アイリスが外れる。
今度。
攻撃力。
下がる。
前衛。
三人。
でも。
遠距離。
弱い。
だから。
敵を引き寄せる。
戦い方。
変える。
次。
リリア。
外れる。
全員。
慎重。
被弾。
避ける。
回復。
ない。
それだけで。
判断。
変わる。
シリウスが外れる。
索敵。
アルス。
前。
見る。
速度。
落ちる。
アルスが外れる。
レイン。
シリウス。
二人で。
索敵。
分担。
アイリス。
リリア。
後衛。
成立。
五人全員が一度ずつ外れた。
最後。
全員。
戻る。
教師が言う。
「一人抜けるだけで、同じ班でも別の班になる。それを覚えておけ」
実習後。
五人はかなり納得していた。
共有談話室。
机。
朝の紙。
広げる。
シリウスが言う。
「副担当、いるな」
アイリスも。
「必要ですね」
レインが少し考える。
「でも全部に副を決める必要はないと思う」
アルスも同意する。
細かく。
決めすぎる。
動き。
固くなる。
だから。
最低限。
誰か。
抜けた時。
何を埋める。
それ。
分かればいい。
リリアが言う。
「普段から全員が少しずつ知っていればよいのですわね」
「うん」
アルスは紙の一番上に書く。
――役割ではなく、必要な仕事を見る。
その下。
――一人にしかできない仕事を減らす。
レインがそれを見る。
「これ、大事だね」
アルスもそう思う。
五人。
強い。
でも。
五人揃っている時だけ。
強い。
では。
足りない。
誰か。
疲れる。
怪我。
別行動。
そんな時。
残り。
動ける。
それ。
必要。
夜。
男子寮。
アルスは自室で今日の紙をもう一度見た。
まだ。
名前。
ない。
理論。
でもない。
ただ。
五人が自然にやっていることを。
少しずつ。
言葉にしている。
それだけ。
でも。
その紙。
以前より。
他人が読める。
ようになっている。
アルスは紙を閉じる。
廊下から。
シリウスの声。
少しして。
レインの返事。
明日。
また。
五人。
揃う。
でも。
今日。
分かった。
五人でいること。
強さ。
それだけではない。
一人がいなくても。
残った者が。
どう動くか。
そこまで含めて。
班。
なのかもしれなかった。




