第144話 熱を加えたあと
放課後、アルスたちは五人で研究区画へ向かった。
朝からティアのところへ行く必要はない。授業を受け、昼食を取り、午後の訓練まで終えてからでも研究はできる。アルス自身、その順番が少しずつ普通になってきていた。
研究室の扉を開けると、ティアは昨日とほとんど同じ場所にいた。ただし机の上は変わっている。
黒い鉱石が三つ。
見た目はほとんど同じだが、一つには小さな札が付いていた。
シリウスが覗き込む。
「何したの?」
「焼いた」
ティアは簡単に答えた。
「昨日の鉱石?」
「同じ欠片を割って条件を変えた。こっちはそのまま。こっちは低温。最後はもっと強く熱を入れた」
アルスは三つを見比べる。
色は少し違う。強く加熱したものだけ、黒の中にわずかな灰色が混じっていた。
「魔素の保持は?」
「変わった」
ティアが測定結果を机へ出した。
五人が集まる。
未処理の黒鉱石は、周囲から取り込んだ魔素をかなり長く保持する。しかし放出は遅い。低温で加熱したものは大きな変化がない。
問題は、三つ目だった。
「強く熱を入れると、保持力が落ちる?」
アイリスが先に気付く。
「そうじゃ。ただし、単純に性能が悪くなったわけではない」
ティアが指で数値を示した。
取り込む力は残っている。
でも、入った魔素が以前より外へ動きやすくなっている。
アルスは昨日の授業を思い出した。
吸収。
保持。
放出。
同じ「魔素を持つ」という状態でも、中身は違う。
「熱処理で性質を変えられる可能性がある?」
「今のところはな。一回の試験で決めるなよ」
「はい」
ティアが先に言ったので、シリウスが笑った。
レインは中級ダンジョンの地図の写しを見る。
「あの施設には加熱区域がありましたよね」
全員の視線が地図へ向く。
採掘区域。
黒い鉱石。
運搬。
集積。
加熱・加工区域。
そして、その先の大規模集積区域。
アルスはゆっくり言った。
「採った鉱石を、ただ溶かして金属にしていたとは限らない」
リリアが続ける。
「魔素に対する性質を変えるために、熱を加えていた可能性もありますわね」
「ある」
ティアは答えた。
「じゃが、まだ可能性じゃ」
そこは全員分かっている。
加熱区域には金属残渣もあった。黒い鉱石だけを加工していた証拠はない。発光鉱物を組み込んだ設備も存在していた。
複数の素材を扱っていた可能性も高い。
シリウスが地図を指す。
「でもさ、もし黒いやつを焼いて性質変えてたなら、その後に外へ運んでたのもこれかもしれない?」
アルスは大集積区域と旧搬出路を見る。
確かに繋がる。
採掘する。
加熱する。
性質を変える。
分類する。
外へ運ぶ。
工程としては自然だ。
レインが聞く。
「加工後の黒い鉱石らしいものは、あの集積区域に残ってなかった?」
五人とも考える。
石台。
金属片。
黒い粉。
棒状や板状に整えられたもの。
アルスが顔を上げた。
「黒い粉はあった」
アイリスも思い出す。
「石台の周辺にありましたね」
「でも、同じ鉱石だったかは調べてない」
見た時は、ただの残留物として記録した。
今になって意味が変わる。
ティアがアルスを見る。
「採ってきたか?」
アルスは首を振る。
「黒い鉱石の試料はあります。でも集積区域の粉は採ってません」
「なら比較できんな」
残念。
でも、それでいい。
次に見る理由が一つ増えただけだ。
シリウスが言う。
「次行った時に取ればいいな」
ティアがすぐ反応した。
「ワシも行く」
レインが苦笑する。
「そこはまだ決まってません」
「決めればいい」
「ギルドの許可も必要です」
「ボルドに言えばよかろう」
アルスは笑った。
本当に来る気らしい。
ただ、今回はまだ行かない。中級ダンジョンで持ち帰ったものを調べ始めたばかりだ。
アルスは発光鉱物の試料を見る。
「こっちは進みました?」
ティアの顔が少し変わった。
「こっちは厄介じゃ」
壁から外した発光鉱物は、現在ほとんど光っていない。魔素もかなり弱い。
ティアはいくつかの方法で魔素を与えたらしい。
魔石から。
魔法から。
周囲の魔素を集めて。
それでも、中級ダンジョンで見たような発光には戻らなかった。
「魔素が足りない?」
アルスが聞く。
「量だけなら十分与えとる」
「じゃあ、流れ?」
「その可能性を見とる」
単に魔素を入れるのではない。
どこから入り。
どこへ抜け。
どの向きで流れるか。
中級ダンジョンで、壁へ戻した時に特定の向きだけ反応したこととも合う。
アイリスが言った。
「電池のように単独で動くものではないんですね」
アルスも同じように考える。
一個の部品だけでは機能しない。
周囲の構造まで含めて、一つの仕組み。
もしかすると、だからこそ今の魔道具とは違う。
今の魔道具は持ち運ぶため、魔石を内部へ持つ。
古い設備は固定され、地中や周囲の魔素流そのものを利用していた可能性がある。
「持ち運べない代わりに、外から供給し続ける?」
アルスが言うと、ティアは少し考えた。
「考え方としてはあり得る。じゃが、それが本当にあの設備だったかは現物を見んと分からん」
また。
現地。
必要。
シリウスが嬉しそうに言う。
「先生が来る理由増えた」
「最初から行くと言っとる」
「許可取れてないけどね」
ティアが嫌そうな顔をした。
五人は笑った。
その後は、黒い鉱石へさらに熱を加える試験を見学した。
危険があるため、ティアが装置を操作する。アルスたちは少し離れた位置から測定値を見る。
温度を少しずつ上げる。
魔素保持。
少し落ちる。
さらに上げる。
変化。
大きくなる。
ただし、一定のところを越えると石そのものに細かな亀裂が入った。
ティアがすぐ加熱を止める。
「ここから先は壊れるな」
アルスが記録する。
「熱を入れれば入れるほどいいわけじゃない」
「当たり前じゃ」
最適な範囲。
あるかもしれない。
加工。
とは。
形を変えるだけではない。
性質を狙ったところへ動かす。
前世なら普通に知っていた考え方。
でも、この世界の素材では条件が違う。
知識は答えではない。
また。
同じ。
レインが時計を見る。
「そろそろ戻ろう」
ティアが不満そうに言う。
「まだ早い」
シリウスが答える。
「俺ら明日も授業あるから」
「学生は面倒じゃな」
アイリスが笑った。
「先生が言うことではないと思います」
研究室を出ると、外はもう夕方だった。
五人は共有談話室まで一緒に戻り、そこで女子寮へ戻るアイリスとリリアと別れた。
男子寮へ向かう途中、シリウスが言う。
「あのダンジョン、最初はただの洞窟だと思ってたのにな」
レインも頷く。
「今は一つ見つけるたびに、別のものへ繋がるね」
アルスは少し考える。
洞窟。
魔物。
生活する小型二足の存在。
古い採掘施設。
黒い鉱石。
発光鉱物。
古い設備。
同じ場所。
でも。
全部が同じ時代にできたとは限らない。
「たぶん、まだ混ぜて考えすぎてるんだと思う」
レインが聞く。
「何を?」
「ダンジョンだから、全部一つのものだって」
自然洞窟は自然洞窟。
古い施設は古い施設。
今住んでいる魔物は今の生態。
帰還用の結晶も、同じ時代のものとは限らない。
一つの場所にある。
それだけで。
一つの答えにまとめる必要はない。
シリウスが笑う。
「また分からないもの増やしたな」
「うん」
今度はアルスも普通に笑った。
男子寮へ戻り、自室の机に今日の記録を置く。
黒い鉱石。
熱で魔素特性が変化する可能性。
ただし、一度の試験。
結論にはしない。
アルスはそれだけを書いて紙を閉じた。
次に中級ダンジョンへ行く時、見る場所は増えた。
でも今夜は行かない。
明日の朝も、目を覚ますのは洞窟ではなく、この寮室だ。
アルスは明日の教科書を机へ置き、灯りを消した。
地下で見つけたものは、少しずつ外の世界で意味を増やしている。
それでも答えを急がない。
今は、それでよかった。




