第143話 似ているだけでは足りない
翌朝、アルスは男子寮の自室で昨日の資料を確認していた。
図書館で写した作業記号。古い採掘用加熱器の構造。換気坑を示す標識。そして、中級ダンジョンで五人が記録した設備の見取り図。
机の上へ並べると、似ている部分はいくつもある。
でも、それだけだった。
アルスは紙をまとめて鞄へ入れる。廊下へ出ると、ちょうどレインも部屋から出てきた。
「研究室?」
「うん。ティア先生に昨日の資料を見せる」
レインが笑う。
「今日は授業の後じゃなくて朝なんだ」
「一限まで時間あるから」
「間に合う?」
「間に合わせる」
そこへシリウスも出てくる。
「その言い方、ちょっと危ないな」
「大丈夫だって」
三人で寮を出る。途中、共有談話室の前でアイリスとリリアとも会った。
アイリスがアルスの鞄を見る。
「もう持っていくんですね」
「昨日のうちに整理したから」
リリアが微笑む。
「では、授業には遅れないようにしてくださいね」
味方がいない。
アルスは少し笑いながら研究区画へ向かった。
ティアの研究室では、朝から灯りがついていた。
扉を開けると、昨日まで調べていた黒い鉱石が机の中央に置かれている。その周囲には薄い金属板や魔石、測定器具が並んでいた。
ティアが顔を上げる。
「今日は何じゃ」
「昨日、図書館で似た資料を見つけました」
アルスが紙を広げる。
ティアは最初、面倒そうに見ていた。
一枚。
二枚。
三枚。
そして。
古い採掘用加熱器の図。
そこで手が止まった。
「これはどこから持ってきた」
「学院図書館の採掘技術史です」
ティアは中級ダンジョンの設備図を隣へ置く。
二つ。
比較。
石組み。
金属枠。
魔素を通す鉱物。
熱を作る設備。
似ている。
でも。
同じではない。
「構造は近いですね」
アルスが言う。
ティアはすぐ返した。
「近いだけじゃ」
「はい」
「こっちは魔素を集めて熱へ変える。お前たちが見た方は、魔素の通り道そのものへ繋いでいるように見える」
アルスもそこが気になっていた。
図書館の資料では、装置側が周囲の魔素を集める。
中級ダンジョンの設備では、壁の中にある流れへ発光鉱物が接続されていたように見えた。
同じ考え方。
でも。
一段違う。
「技術の前後関係は分かりますか?」
アルスが聞く。
ティアは首を振る。
「分からん」
即答。
「古いから原始的とは限らん。逆に、昔の方が優れた部分を持っていた可能性もある」
その言葉は、アルスにも自然だった。
前世でも、昔の技術が全部劣っているわけではなかった。
材料。
環境。
目的。
条件。
違う。
「年代を調べる必要がありますね」
「その前に材料じゃ」
ティアは黒い鉱石を指した。
「こっちは少し分かった」
アルスがすぐ近付く。
「何がです?」
「魔素を溜め込む」
「魔石みたいに?」
「違う」
ティアは測定結果を見せる。
魔石は、魔素を蓄え、取り出す。
黒い鉱石は。
取り込む。
でも。
放出。
しにくい。
「貯めるというより、捕まえる感じじゃな」
アルスは少し考える。
「吸収材?」
「言い方としては近い」
黒い鉱石。
魔素。
保持。
高い。
でも。
動力源として使うには効率が悪い。
逆に。
魔素を逃がしたくない場所。
遮断。
制御。
そういう用途。
考えられる。
アルスが設備図を見る。
採掘。
加熱。
運搬。
黒い鉱石を大量に掘っていた。
もし。
魔素を保持する性質。
目的。
だったなら。
ただの金属材料。
ではない。
「加工したら性質変わりますか?」
「今からそれを見る」
ティアが言う。
嫌な予感。
アルスが時計を見る。
一限。
近い。
ティアも気付く。
「行くのか」
「授業あります」
「一回くらい」
「駄目です」
今度は。
アルス。
即答。
ティアが少し不満そうな顔をする。
「昔のお前なら残った」
「昨日もそれ言われました」
「誰にじゃ」
「みんなに」
ティアが鼻で笑う。
アルスは資料を残す。
「これ、先生に預けていいですか?」
「当然じゃ」
「原本じゃなくて写しです」
「なおさらいい」
研究室を出る。
廊下。
少し早足。
でも。
走らない。
教室。
間に合う。
席へ着くと。
シリウスが横から聞く。
「どうだった?」
アルスが小声で答える。
「似てる。でも同じじゃない」
「それだけ?」
「黒い鉱石が魔素を捕まえやすいらしい」
シリウスの目が少し開く。
レインも聞いている。
アイリス。
リリア。
後で。
話す。
授業。
始まる。
今日は魔法理論。
魔素の移動。
蓄積。
放出。
教師が黒板へ三つの言葉を書く。
アルスは少し笑いそうになる。
朝。
ティアと話したばかり。
魔石。
蓄積。
放出。
黒い鉱石。
取り込む。
でも。
出しにくい。
授業の内容が。
また。
現実へ繋がる。
教師が言う。
「魔素を扱う物質は、蓄える量だけで評価してはいけない。入る速度、出る速度、保持性、安定性。それぞれ別だ」
アルスの手が止まる。
それ。
そのまま。
黒い鉱石。
ノートへ書く。
容量。
吸収速度。
放出速度。
保持性。
今まで。
魔素量。
一つ。
見ていた。
でも。
違う。
同じ量。
持てても。
性質。
違う。
授業が終わると、アルスはすぐ五人を集めた。
共有談話室。
昼休み。
五人。
机。
今日は資料。
少しだけ。
広げる。
アルスが朝の話を説明した。
シリウスが黒い鉱石について聞く。
「じゃあ、あれを壁に置いたら魔素を吸う?」
「可能性はある。でもどのくらいか分からない」
アイリスが言う。
「加熱設備に使われていた発光鉱物とは逆ですね」
「そうかもしれない」
発光鉱物。
魔素の流れ。
通す。
黒い鉱石。
魔素。
保持。
役割。
違う。
もし。
一つの設備。
両方。
使う。
なら。
流す。
止める。
制御。
できる。
レインが言った。
「採掘施設で掘っていたもの自体が、その施設の設備に使われていた可能性もある?」
アルスは少し止まる。
考えていなかった。
「あり得る」
採掘。
加工。
施設。
自分たちで。
必要な材料。
採る。
使う。
さらに。
掘る。
循環。
あり得る。
リリアが聞く。
「でも、それなら外へ運び出していたのは何ですの?」
また。
疑問。
生まれる。
全部。
施設内。
使う。
なら。
大型搬出路。
不要。
だから。
外。
運ぶもの。
別。
ある。
あるいは。
余剰。
アルスは笑う。
「分からないこと増えたね」
シリウスが言う。
「減らすために調べてるんじゃないの?」
「調べると増えることあるよ」
レインが頷く。
「ダンジョンでもそうだった」
一つ。
見る。
道。
三つ。
出る。
それ。
同じ。
午後。
授業。
訓練。
普通に。
進む。
夕方。
五人。
談話室。
少し話して。
解散。
アルスは男子寮へ戻る。
自室。
制服。
脱ぐ。
机。
座る。
朝。
研究。
昼。
授業。
午後。
訓練。
今。
寮。
全部。
一日。
繋がっている。
アルスはノートへ今日の気付きだけ書いた。
――物質の魔素特性は、量だけでは見られない。
――吸収、保持、放出を分けて測る。
それだけ。
設備の仮説。
今日は。
書かない。
まだ。
早い。
紙を閉じる。
廊下。
レインの部屋の扉が閉まる音。
少し先。
シリウス。
誰かと話している。
アルスはベッドへ横になる。
研究室で分からなかったこと。
授業で。
見る言葉。
増えた。
明日。
また。
ティア。
測定。
進む。
でも。
今夜。
自分が見るもの。
もう。
ない。
似ている。
だけでは。
答え。
足りない。
だから。
次に。
何が違うか。
見る。
それでよかった。




