第142話 似ている記号
その夜、アルスが共有談話室へ行くと、レインとシリウスはすでにいた。
シリウスは長椅子へ深く座り、持ってきた焼き菓子を食べている。レインはその向かいで本を読んでいたが、アルスを見ると閉じた。
「本当に来た」
「行くって言ったでしょ」
「図書館に捕まると思ってた」
アルスは空いている椅子へ座る。
「図書館は明日」
シリウスが感心したように頷いた。
「ちゃんと明日に回せるようになったな」
「それ、みんな言いすぎ」
三人で笑っていると、女子寮側の扉が開いた。アイリスとリリアも入ってくる。
「やっぱりいましたね」
アイリスが言い、リリアも微笑む。
「男子寮へ戻る前に、少し寄ると思っていましたわ」
五人が同じ机を囲む。
でも、地図は広げない。
中級ダンジョンの話もしばらく出なかった。授業で何を言われたとか、シリウスが休暇中に食べすぎたとか、アイリスが持ち帰った荷物が思ったより多かったとか、そんな話が続く。
アルスはそれが少し面白かった。
数日前まで五人は洞窟の中で、魔物の位置や帰路について話していた。今は同じ顔で、明日の授業や寮の食事について話している。
どちらも同じ五人だった。
しばらくして、レインがアルスへ聞いた。
「明日、図書館行くんだよね?」
「うん。今日の歴史で出た採掘施設の図録を見たい」
シリウスが焼き菓子を止める。
「例の記号?」
「似たものが残ってるかもしれないから」
アイリスが言った。
「わたしも見たいです」
リリアも頷く。
「授業が終わってからなら行けますわ」
結局、五人で行くことになった。
翌日。
午前の授業を終え、午後の授業まで少し時間が空いたところで、五人は学院の図書館へ向かった。
王立学院の図書館は広い。魔法、歴史、地理、魔物、技術。分野ごとに棚が分かれ、古い資料は一般の本とは別に保管されている。
アルスたちは受付で目的を伝え、採掘技術史と古い鉱山施設に関する図録を何冊か出してもらった。
机へ運ぶ。
シリウスが一冊持ち上げる。
「重っ」
「古い図録だからね」
「読む前から疲れる」
アイリスが言った。
「昨日まで洞窟を歩いていた人の言葉とは思えません」
「本は別」
五人で手分けして見ることにした。
アルスは作業記号。
レインは施設構造。
シリウスは採掘と運搬設備。
アイリスは古い魔道具。
リリアは鉱山での生活や安全管理。
完全な役割分担ではない。
気になるものがあれば互いに見せる。
しばらく。
紙をめくる音だけが続く。
最初に声を上げたのはシリウスだった。
「アル、これ」
本を回す。
古い鉱山の運搬路。
壁。
そこに。
丸。
横線。
形は違う。
でも。
配置。
似ている。
アルスが自分たちの記号の写しを出す。
丸と二本線。
中級ダンジョンでは、荷役・運搬設備の近くに繰り返し現れたもの。
図録。
丸に一本線。
説明。
――運搬路標識。
五人が少し黙った。
シリウスが言う。
「近くない?」
「近い」
アルスも認める。
ただし。
同じではない。
線。
一本。
二本。
形。
少し違う。
年代。
場所。
違う。
レインが図録の説明を見る。
「この鉱山、今から何年前?」
アルスが確認する。
かなり古い。
でも。
中級ダンジョンの施設が何年前なのかは分からない。
「これだけでは同じ文化とは言えないね」
アイリスが頷く。
「でも、運搬に似た記号を使う例があったことは分かります」
それで十分。
次。
リリアが別の本を開く。
「こちらにも記号がありますわ」
鉱山の安全管理。
通気路。
空気。
有害な煙。
火。
そして。
壁面。
縦線。
その周りを囲む形。
アルスたちが見つけたものと。
かなり。
似ている。
シリウスが言った。
「これはもっと近い」
説明を見る。
――換気坑を示す標識。
アルスは紙を並べる。
中級ダンジョン。
縦線を囲む形。
通気構造付近。
三例。
古い鉱山図録。
似た記号。
換気坑。
一致。
ただし。
完全。
ではない。
「換気関連はかなり強くなった」
アルスが言う。
レインも頷く。
「もう偶然だけでは説明しにくいね」
アイリスが次の疑問を口にする。
「では、あの施設を作った人たちは王国の人たちだったのでしょうか?」
全員。
少し止まる。
それ。
自然。
でも。
アルスは首を振った。
「まだ分からない」
図録。
王国。
古い鉱山。
でも。
記号。
似ている。
だけ。
他国。
別時代。
共通技術。
昔の文化から広がった。
いろいろ。
可能性。
ある。
シリウスが笑う。
「アルならそう言うと思った」
「でも、王国の古い採掘技術と何か繋がってる可能性は上がった」
そこまでは言える。
さらに調べる。
三角と一本線。
採掘。
似た記号。
ある。
ただし。
三角ではない。
尖った山形。
説明。
採掘面。
作業区域。
近い。
四角と点。
保管。
これは見つからない。
横三本と小丸。
閉鎖。
これもない。
大四角と横線。
大型運搬路。
似たもの。
一例。
でも。
意味。
倉庫。
違う。
つまり。
全部。
同じ体系ではない。
レインが言う。
「混ざってる?」
アルスが見る。
「何が?」
「記号の体系。元になる考え方は似てても、時代や場所で変わったとか」
アルスは少し考える。
前世でも。
道路標識。
工場記号。
地図記号。
国。
時代。
変わる。
でも。
目的。
同じ。
だから似る。
「ありそう」
アルスは答えた。
その時。
アイリスが古い魔道具史の本から顔を上げた。
「こちらも見てください」
図。
古い採掘用加熱器。
大きな石組み。
金属枠。
その一部に。
魔素を通す鉱物。
ただし。
中級ダンジョンで見た発光鉱物とは違う。
説明には。
周囲の魔素を集め。
熱へ変換。
補助燃料と併用。
そうある。
アルス。
一気に。
見る。
「周囲の魔素を使う?」
アイリスが頷く。
「今の魔石を交換する方式とは違います」
ティアが言っていたこと。
思い出す。
魔石を動力源にする今の魔道具とは少し違う。
中級ダンジョン。
発光鉱物。
壁の魔素流。
接続。
設備。
もしかすると。
昔。
こういう技術。
もっと。
一般的。
だった?
でも。
まだ。
一冊。
一例。
アルスは自分を止める。
「これ、先生に見せよう」
シリウスが言う。
「ティア先生ならもう知ってるんじゃない?」
「知ってるかもしれない。でも中級ダンジョンの設備と比較してないかもしれない」
レインが時計を見る。
「そろそろ授業だ」
アルスも確認する。
まだ。
読みたい。
図録。
山。
ある。
でも。
閉じる。
シリウスがアルスを見る。
「閉じた」
「授業あるからね」
「本当に成長した」
「だからそれやめて」
五人で資料を元の場所へ返し、必要な書名と該当箇所だけを記録した。
図書館を出る。
廊下。
午後の授業へ向かう生徒。
いつもの学院。
でも。
今日。
一つ。
繋がった。
中級ダンジョンで見た記号。
完全に未知。
ではなかった。
少なくとも。
王国の古い採掘技術にも。
似た考え方。
あった。
それが。
同じ起源なのか。
ただ似ただけなのか。
まだ。
分からない。
でも。
次に調べる場所。
見えた。
授業が終わった夕方。
五人は共有談話室で今日の記録を簡単にまとめた。
アルス一人。
ではない。
レインが年代を書く。
アイリスが魔道具史の本を書き留める。
リリアが安全管理の記号を整理する。
シリウスは運搬路の図を写す。
シリウスが言う。
「これ、ダンジョンの時と同じだな」
アルスが聞く。
「何が?」
「五人で違うところ見て、最後に合わせる」
確かに。
場所。
洞窟。
図書館。
違う。
でも。
やっていること。
同じ。
レインが笑った。
「僕たち、もうこのやり方が普通になってるね」
その夜。
アルスは男子寮の自室へ戻り、机に今日の紙を置いた。
開く。
少し見る。
そして。
閉じる。
明日。
ティアへ持っていく。
今夜。
これ以上。
進めない。
ベッドへ入る。
廊下から。
シリウスの声。
誰かと話している。
少し離れた部屋から。
笑い声。
学院。
寮。
いつもの夜。
アルスは思う。
中級ダンジョンで見つけた過去。
それを調べる場所は。
洞窟の奥だけではない。
図書館。
授業。
研究室。
人。
外へ戻ったからこそ。
見えるものもある。
探索は。
ダンジョンを出たところで。
全部終わるわけではなかった。




