↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
134/227

第134話 持ち帰るもの

翌朝、アルスたちはいつものように地図を広げた。


最初に中級ダンジョンへ入った日の地図は、入口から数本の線が伸びているだけだった。それが今では何枚にも分かれ、上下の位置関係まで書き込まれている。地下水路、二足魔物たちの広間、大型四足魔物のいた場所、採掘区域、加熱・加工区域、大集積区域。そして昨日確認した、地表へ続いていた可能性の高い旧搬出路。


シリウスが地図を眺めて言った。

「まだ見てない道、いっぱいあるな」

「あるね」

アルスは答えた。

「でも、全部見る必要はないと思う」


レインも同じことを考えていたらしい。

「僕も今日はそう思ってた。ここから先は、僕たちだけで見続けるより、一度持ち帰った方がいい」


アイリスが記録の束を見る。

「崩落した通路もありますし、閉鎖された区画もあります。古い設備についても、わたしたちだけでは判断できませんね」

リリアも頷いた。

「採取した鉱物や金属片も、王都なら調べてもらえますわ」


シリウスは少しだけ残念そうに地図を見る。

「終わり?」

「今回の探索はね」

アルスが答えると、シリウスはすぐ笑った。

「ならいいか。また来ればいい」


その言葉で、アルスも自然に頷いた。


ここを攻略し切るために来たわけではない。そもそも、どこまで行けば攻略なのかも分からない。ボスがいるのか、最深部があるのか、階層という概念があるのかさえ、まだ確かではない。


ならば、今回分かったところまでを持ち帰る。


それも探索だった。


五人は最後に一度だけ中級ダンジョンへ入った。新しい道へ進むためではない。自分たちが作った地図を使い、主要な地点を確認しながら入口へ戻れることを確かめるためだ。


最初の広間から分岐を進み、地下水の地点へ向かう。水量は以前と大きく変わっていない。そこから穴の広場へ回り、細い足場の状態も確認する。


シリウスが足場の手前で笑った。

「最初はここ渡るだけでも結構緊張したよな」

アイリスが答える。

「今でも落ちたくはありませんよ」

「それはそう」


渡らない。


今日はその先へ行く必要がない。


代わりにアルスは地図へ、足場の状態に変化なしと記録した。


採掘区域へも入らない。ただ、そこへ続く道の入口を確認する。閉鎖を示す可能性のある記号。運搬を示す可能性が高い記号。採掘地点に繰り返し現れた記号。


最初は何の意味もなかった形が、今ではある程度の予測に使える。


シリウスが壁の丸と二本線を見る。

「これ見たら、もう荷物運んでた場所って思うな」

アルスが言う。

「そう思ってから、違う例がないかを見る」

「はいはい、確定しない」

「大事だからね」

「分かってるって」


五人は笑った。


さらに戻り、三叉路まで来たところでレインが左の通路を見る。


その先には、小型の二足魔物たちが生活しているらしい広間がある。


今回、もう一度見に行くことはしなかった。


こちらの存在はすでに知られている。向こうは警戒したが、襲ってこなかった。そして五人も攻撃しなかった。


それで終わらせる。


少なくとも今回は。


リリアが通路を見ながら言った。

「次に来た時も、同じ場所にいるでしょうか」

アルスは首を振る。

「分からない。でも、いなくなってても記録は残る」

「いたことは消えませんものね」

「うん」


大型四足魔物と小さな二体のことも同じだった。次に来た時、まだあの広場にいる保証はない。


ダンジョンそのものは残っても、中で生きるものは動く。


だから地図と探索記録を分けた。


今なら、その理由がはっきり分かる。


入口へ戻ったのは昼前だった。


外へ出ると、久しぶりに広い空が見える。


シリウスが大きく伸びをした。

「明るい!」


アイリスが笑う。

「毎日外には出ていましたよ」

「でも探索の後の外は違うだろ」


野営地へ戻り、五人は荷物をまとめ始めた。


最初にここへ着いた時より、荷物そのものは減っている。食料は消費した。薬も少し使った。その代わりに、鉱物片、金属片、魔石、素材、そして何枚もの記録が増えている。


アルスは収納魔道具を確認した。


容量の問題も、今回かなりはっきりした。


戦闘用品。

水。

薬。

修理用品。

食料。

素材。


五枠では、長期探索になるほど選択が必要になる。


それ自体も持ち帰るべき情報だった。


レインが聞く。

「忘れ物ない?」

シリウスが即答する。

「ない」

アイリスが見る。

「確認してから答えてください」

「確認した」

「今?」

「昨日から」

「そういう意味ではありません」


いつもの会話に戻っていた。


五人で野営跡を確認し、火を完全に消す。残した物はない。


そして、ダンジョン入口の奥にある帰還用の結晶へ向かった。


初日に登録した結晶。


ここまで戻れば王都へ帰れる。


六日かけて歩いてきた道を、帰りもすべて歩く必要はない。


シリウスが結晶を見る。

「これ、やっぱりすごいよな」

アルスもそう思う。

「入口を見つけるまでが一番大変なんだと思う」


ダンジョン内で何日探索しても、最後にここへ戻れば王都へ帰れる。


だからこそ、入口までの道が重要だった。


そして、入口そのものを見つけられなければ使えない。


レインが言った。

「帰ろう」


一人ずつ結晶へ触れる。


アルスが魔素を流すと、周囲の光景が一瞬で変わった。


岩。


空。


風。


消える。


次の瞬間。


石造りの部屋。


壁。


灯り。


人の気配。


王都の冒険者ギルド。


アルスは一歩動いて、足元を確かめた。


間違いなく戻っている。


続いてレイン、シリウス、アイリス、リリア。


五人。


全員。


揃った。


「本当に一瞬だな」


シリウスが言う。


六日かけて進んだ距離。


一瞬。


アルスは不思議な感覚になる。


移動技術だけ見れば、この世界は前世よりはるかに進んでいる部分がある。


でも、その結晶へ辿り着くまでには、自分の足で六日歩いた。


便利なものが存在することと、すべてが便利になることは違う。


部屋を出ると、見覚えのある猫獣人の受付責任者がこちらへ気付いた。


ミーニャだった。


五人を見る。


人数を数えるように目を動かす。


アルス。

レイン。

シリウス。

アイリス。

リリア。


全員いる。


それを確認してから、ミーニャは笑った。


「おかえりにゃ」


シリウスが真っ先に返す。

「ただいま!」


レインも笑う。

「戻りました」


ミーニャは五人の装備を見る。それから、アルスが抱えている地図と記録の束へ視線を移した。


「ずいぶん増えたにゃ」


アルスが答える。

「たぶん、報告することがかなりあります」


「たぶん?」


ミーニャが地図の枚数を見る。


「それはもう『かなり』でいいにゃ」


五人が少し笑った。


アルスも記録を見る。


魔物。

地形。

水路。

人工区域。

採掘。

加工設備。

記号。

崩落。

旧搬出口の可能性。


出発した時には、どれ一つ知らなかった。


倒した魔物の数は多くない。


深さも、どこまで進んだのか正確には分からない。


それでも。


持ち帰ったものは多かった。


アルスはようやく理解する。


冒険者が持ち帰るものは、魔石や素材だけではない。


地図。


記録。


失敗。


危険だった場所。


進まなかった道。


戦わなかった相手。


分からなかったこと。


それも全部。


次にそこへ行く誰かが使える。


五人はミーニャの後について、報告用の部屋へ向かった。


中級ダンジョンへの最初の探索。


それは。


奥へ到達したことで終わったのではなく。


見たものを。


外の世界へ持ち帰ったところで。


ようやく一つの区切りを迎えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。