第133話 外へ向かっていた道
翌朝、アルスたちは大集積区域へ向かった。
細い足場を渡り、採掘区域を抜け、加熱・加工区域を通る。何度も歩いた経路ではあるが、五人はいつも通り状態を確認しながら進んだ。崩落を確認した通路には入らず、閉鎖を示す可能性が高い記号のある場所にも近付かない。
大集積区域へ着くと、昨日の状態から大きな変化はなかった。
壁際に並ぶ石台。床を走る複数の溝。鎖や金属輪の残骸。そして、反対側に大きく開いた通路。
シリウスがそちらを見る。
「今日はあそこだな」
レインが頷いた。
「風がどこへ続いているのか確認しよう。ただし、距離は決めておこう」
アルスは時間を確認する。
「一時間進んでも何もなければ戻る。途中で分岐が多くなったら、もっと早く切り上げよう」
全員が同意した。
大型開口部の横には、昨日見つけた大四角と横線の記号が残っている。意味はまだ分からない。アルスはもう一度形を記録してから、五人で通路へ入った。
今までのどの道より広かった。
五人が横に並んでも余裕がある。天井も高く、床には深い擦れ跡が何本も平行に続いていた。小さな荷物ではなく、大きく重いものを繰り返し運んでいたように見える。
「人が歩くためだけの道じゃないな」
シリウスが言う。
レインも床を見る。
「鉱石か、加工した材料を大量に運んでいたのかもしれないね」
通路は緩やかに上っていた。
これは今までと逆だった。採掘区域へ向かうほど地下へ下り、加工区域でも大きな高低差はなかった。それがここからは、はっきりと上へ向かっている。
アルスは地図へ傾斜を書き加える。
「搬出路だったなら、上へ向かうのは自然かも」
「外に出る?」
シリウスが聞く。
「可能性はある。でもまだ分からない」
数十分進んでも、道の形はほとんど変わらなかった。分岐もない。広い一本の通路が、ただ緩やかに上へ続いている。
途中の壁には丸と二本線の記号が何度か現れた。すでに運搬に関係する可能性が高いと考えている記号だ。
そして、大四角と横線。
同じ記号も、二度目に現れた。
全員が止まる。
アルスは周囲を見る。
広い通路。
深い擦れ跡。
上り。
大規模な運搬に使われたと思われる場所。
一例目と条件が似ている。
シリウスが言った。
「これ、大きな荷物が通る道の印じゃない?」
「可能性はかなり上がったね」
アルスは記録する。
大四角+横線。
二例目。
大型運搬路。
大型開口部付近。
意味はまだ確定しない。
ただ、少なくとも閉鎖や採掘を示す記号ではなさそうだった。
さらに進むと、空気が少し変わった。
リリアが最初に気付く。
「匂いが違いますわ」
湿った岩と金属の匂いが弱くなっている。
代わりに、土の匂い。
アルスも感じた。
シリウスが前を見る。
「本当に外に近い?」
風も少し強くなっている。
人工的な換気孔から来る細い風ではない。通路全体をゆっくり流れる、大きな空気の動きだった。
レインが言う。
「慎重に進もう」
五人は速度を落とした。
しばらくして、床に変化が現れた。
土。
岩だけだった地面に、乾いた土が混ざり始めている。
さらに先。
細いもの。
シリウスがしゃがむ。
「根っこ?」
植物の根。
一本。
壁の亀裂から伸びている。
アイリスも見る。
「生きていますね」
完全に枯れてはいない。
細い根の先にはわずかな水分が残り、亀裂の向こうへ続いている。
外。
あるいは。
地表に近い場所。
その可能性が一気に高くなる。
アルスは少し興奮した。
今いる場所が地上からどれくらい深いのか、正確には分からない。それでも、生きた植物の根がここまで届いている。
「かなり上まで来てると思う」
レインも頷く。
「少なくとも採掘区域よりはずっと地表に近いね」
さらに進む。
そして、通路の先で五人は止まった。
道が終わっていた。
巨大な岩。
土。
崩れた石。
通路全体を塞いでいる。
シリウスが言った。
「崩落か」
アルスは近付かずに見る。
天井。
大きく崩れている。
ただし、完全に空気が遮断されているわけではない。岩と土の隙間から、わずかに風が入ってくる。
そして。
光。
本当に弱い。
でも。
ある。
人工的な青白い光ではない。
白い。
自然光に近い。
アイリスが小さく言った。
「外……でしょうか」
アルスは断定しなかった。
「地表に繋がる隙間がある可能性は高い」
シリウスが石へ近付きかける。
レインがすぐ止めた。
「触らない」
「分かってる」
崩れている。
その状態で安定しているだけかもしれない。石を一つ動かせば、さらに崩れる可能性がある。
誰も掘ろうとはしなかった。
アルスは周囲を見る。
床の擦れ跡は、この崩落地点まで続いている。
壁には大四角と横線。
三例目。
そして、その少し手前には広い空間が作られていた。
荷物を一時的に置けそうな場所。
壁際には太い金属輪。
いくつも。
大型の何かを固定するためだった可能性がある。
シリウスが言う。
「ここから外に出してたんじゃない?」
今度はアルスもかなり強くそう思った。
採掘。
加工。
集積。
大型運搬路。
上り。
地表に近い環境。
そして、崩落した先から入る風と光。
「外部への搬出口だった可能性は高いと思う」
レインが周囲を見る。
「じゃあ、この施設は昔は別の入口を持っていた?」
「たぶん。でも今のダンジョン入口と同じ時代のものかも分からない」
そこは重要だった。
今、アルスたちが使っている中級ダンジョンの入口。
帰還用ポータル。
この採掘施設。
全部が同時に作られたとは限らない。
自然の洞窟。
古い採掘施設。
後から作られた何か。
複数の時代が重なっている可能性もある。
リリアが言った。
「同じ場所にあるからといって、同じ人たちが作ったとは限りませんものね」
「うん」
アルスはそのまま記録した。
誰が。
いつ。
どの順番で。
不明。
でも、今まで一つに見えていたダンジョンが、少し違って見え始める。
全部が一つの目的で作られた場所ではないかもしれない。
自然にできた洞窟を誰かが利用し、加工し、別の誰かがさらに何かを足した。
そんな可能性もある。
シリウスが崩落地点を見る。
「ここ、いつか掘る?」
レインがアルスを見る。
アルスは少し考えてから首を振った。
「僕たちだけではやらない方がいい」
崩落。
構造。
地表との位置。
専門的な判断が必要。
無理に開ける理由もない。
「王都に戻ったら報告する。それからだね」
全員が頷いた。
今日はここまで。
帰路は長い。
大型運搬路を下り、大集積区域を抜ける。加熱・加工区域、採掘区域、細い足場。
何度も通った道。
それでも、今日見たもののせいで意味が変わっていた。
この道を。
昔。
誰かが逆方向へ進んでいた。
地下で採ったものを運び。
加工し。
集め。
この広い道を上って。
どこか外へ運び出していた。
その流れを。
今。
アルスたちは反対から辿った。
野営地へ戻ると、アルスは地図の大型運搬路を大きく伸ばした。
その先。
崩落。
風。
自然光。
植物根。
地表接続可能性。
そして、大四角と横線の記号。
三例。
シリウスが紙を見る。
「これもかなり意味見えてきたな」
アルスは頷いた。
「大型の搬出路か、主要運搬路に関係する印だと思う」
確定ではない。
でも。
予測に使える程度には。
強くなっている。
レインが地図を見る。
「採掘区域から外まで、一本の流れになったね」
アルスも見る。
地下。
深い場所。
鉱脈。
作業場。
加熱。
集積。
運搬。
そして。
地表へ向かう道。
過去。
動いていたものが。
地図の上で。
初めて。
端から端まで繋がった。
アルスは探索記録の最後に書いた。
――大型運搬路を上方へ探索。
――地表由来と思われる植物根、土、空気流および自然光らしき光を確認。
――通路末端は大規模崩落により閉塞。
――旧施設が地表側に別の搬出口を持っていた可能性、高。
そして、その下にもう一行。
――現在の入口が、この場所の最初の入口だったとは限らない。
中級ダンジョンは。
ただ奥へ続く洞窟ではなかった。
時間まで。
重なっているのかもしれなかった。




