第130話 閉じられている理由
翌朝、アルスたちは前日に見つけた新しい記号を紙の上で確認していた。
横線が三本。その下に小さな丸。
見つかったのは一例だけ。場所は古い運搬設備の広間で、石によって塞がれた開口部の近くだった。
「今日はこれを探す?」
シリウスが聞く。
「同じ記号があればね。わざわざ探し回るんじゃなくて、まだ見てない道を進みながら確認したい」
アルスが答えると、レインも頷いた。
「一例だけじゃ何も決められないからね」
五人は中級ダンジョンへ入り、採掘区域(仮)の下部まで進んだ。
昨日の運搬設備の広間にも立ち寄る。
閉じられた開口部。
変化はない。
石はそのまま積まれている。
周囲に新しい足跡もない。
シリウスが少し覗き込む。
「やっぱり開けたくなるな」
アイリスが言った。
「昨日も同じことを言っていましたね」
「だって何があるか気になるだろ」
アルスも気にはなる。
でも、気になることと開けることは別だった。
五人は昨日使わなかったもう一方の通路へ進んだ。
最初は広い。
壁には丸と二本線の記号が残っている。
運搬。
その可能性が高い印。
実際、床には長い擦れ跡があり、何か重い物を引いていたように見える。
シリウスが言う。
「ここはもう分かりやすくなってきたな」
「今のところはね」
アルスはそう返す。
分かったつもりになった時ほど、例外が出るかもしれない。
通路はやがて二つに分かれた。
右。
広い。
左。
狭い。
その間の壁。
記号。
横線三本。
下に小さな丸。
全員が止まった。
シリウスが紙を見る。
「あった」
二例目。
アルスはまず記号ではなく、その先を見る。
右側。
普通の通路。
左側。
十歩ほど先で大量の石に塞がれている。
レインも気付く。
「また閉じてある」
アイリスが言った。
「前回と同じですね」
アルスは記録する。
横三本+小丸。
二例目。
閉鎖通路付近。
一致。
でも、まだ意味は分からない。
閉鎖。
進入禁止。
危険。
使用停止。
単に使っていない。
いくつも考えられる。
シリウスが石の手前まで行き、足元を見る。
「これ、崩れたんじゃないな」
石。
積み方。
不規則ではある。
でも。
奥から落ちてきた形ではない。
通路の左右へ噛ませるように置かれている。
レインも見る。
「人が塞いだ?」
「可能性高いと思う」
アルスもそう見える。
前回の開口部と同じ。
誰かが。
意図して。
通れなくした。
その時、リリアが鼻を押さえた。
「少し変な匂いがしませんか?」
全員が止まる。
アルスも気付く。
弱い。
でも。
確かに。
金属でも。
土でも。
油でもない。
鼻の奥に残るような匂い。
アイリスが一歩下がる。
「石の隙間からでしょうか」
シリウスもすぐ戻った。
「近い方が強い」
レインは迷わなかった。
「離れよう」
五人は分岐まで下がる。
アルスは魔素を見る。
生き物の反応はない。
ただ。
塞がれた先。
空気。
少し違う。
魔素も。
周囲より乱れている。
原因。
分からない。
「開けなくて正解だったかも」
シリウスが言った。
アルスも頷く。
もし。
昨日。
同じ記号の場所を開けていたら。
その先にも。
何か。
危険な環境があった可能性。
ある。
もちろん。
昨日の場所も同じとは限らない。
でも。
記号と閉鎖。
二例。
そして今回は。
異臭。
理由。
ありそう。
アイリスが言う。
「この記号、危険を示している可能性がありますね」
アルスは少し考えてから答えた。
「危険そのものか、閉鎖を示してるか。そのどっちかに近そう」
レインが補足する。
「閉じてあるから入るな、という意味かもしれない」
リリアも頷いた。
「理由まで記号だけでは分かりませんものね」
それ。
大事。
「危険」。
便利。
でも。
広すぎる。
毒。
崩落。
魔物。
故障。
単なる使用停止。
全部。
含められる。
だから今は。
――閉鎖された場所に付く記号。
そこまで。
五人は左へは進まない。
右の通路へ入る。
こちらには新しい記号はない。
空気も普通。
床。
擦れ跡。
続いている。
少し進むと、通路が広がった。
そこには石でできた低い台が何列も並んでいる。
シリウスが見る。
「また何か置いてた場所?」
レインが床を見る。
「擦れ跡がここで終わってる」
運搬されてきた物。
ここ。
降ろした。
可能性。
高い。
アルスは台を見る。
高さ。
一定。
間隔。
一定。
上面。
削れている。
一部。
黒い粉。
残る。
昨日採った黒い鉱石と似ている。
「鉱石を置いてたのかも」
今度は。
かなり自然な仮説だった。
採掘。
運搬。
集積。
そして。
その先。
何をした。
さらに奥。
通路。
一本。
壁。
別の記号。
四角。
中。
点。
アルスが止まる。
「二例目」
以前、一度だけ見た記号。
その時は、何かを置いていたような床の構造が近くにあった。
今回。
石台。
複数。
積み上げる。
保管。
そんな場所。
シリウスが言う。
「倉庫?」
「可能性、上がった」
四角+点。
一例目。
設置場所。
二例目。
集積場所。
物を置く。
保管する。
それに関係する可能性。
レインが言う。
「一個ずつ意味が見えてくるね」
アルスは壁の記号を見る。
誰かの言葉。
読めない。
でも。
作業。
流れ。
見える。
採る。
運ぶ。
置く。
通す。
閉じる。
今まで別々だった空間が、作業の順番として少しずつ繋がっていく。
ただ。
今日。
一番大きいのは。
そこではなかった。
横三本+小丸。
二つ。
どちらも。
人為的に塞がれた場所。
そのうち一つは。
異常な匂い。
確認。
五人は奥へ進まず、今日はこの広間までを詳しく調べることにした。
石台。
数。
位置。
黒い粉。
壁面記号。
擦れ跡。
全部。
記録する。
帰路。
閉鎖通路の前。
もう一度。
遠くから確認。
匂い。
まだ。
ある。
変化。
なし。
誰も近付かない。
シリウスが言った。
「前だったら、とりあえず開けてたかもな」
レインが笑う。
「シリならね」
「俺だけ?」
アイリスが即答する。
「たぶん」
シリウスが不満そうな顔をして、リリアが笑った。
アルスも笑いながら、少し考える。
見つけたもの。
全部。
触る必要。
ない。
進める道。
全部。
進む必要。
ない。
観測。
それ自体が。
行動を減らすこともある。
野営地へ戻ると、アルスは記号表を書き直した。
三角+一本線。
採掘地点三例。
採掘関連の可能性、高。
丸+二本線。
荷役・運搬設備三例以上。
運搬関連の可能性、高。
縦線を囲む形。
通気構造二例。
換気関連の可能性。
四角+点。
物品設置・集積地点二例。
保管または集積関連の可能性。
横三本+小丸。
人為的に閉鎖された場所二例。
一例では異臭と魔素の乱れを確認。
閉鎖・進入制限を示す可能性。
シリウスが最後の項目を見る。
「危険、じゃないんだ」
「危険かもしれない。でも分かったのは、閉じられてる場所に付いてることだけだから」
レインが頷く。
「それで十分だね。次に見つけたら近付かずに済む」
それだった。
完全に読めなくても。
役に立つ。
アルスは探索記録の最後に書いた。
――横三本+小丸の記号を二例目で確認。
――両例とも人為的閉鎖地点に隣接。
――うち一例で異臭および魔素状態の乱れあり。
――以後、同記号を確認した場合は閉鎖地点として接近前に安全確認を行う。
そして、もう一行。
――意味が分かるとは、開けられるようになることだけではない。
――開けない方がいいと分かることもある。
昨日まで。
記号は。
先へ進むための手掛かりだった。
今日。
初めて。
止まるための手掛かりにもなった。




