第13話 失敗作の山
それから二日後。
放課後になると、アルスたち五人はティアの研究室へ向かった。
「本当に全員来るんだな」
シリウスが廊下を歩きながら言う。
「来るって言ったでしょう」
アイリスが返す。
「いや、リリアまで来ると思ってなかった」
「私も魔道具には興味ありますよ」
「回復魔法じゃなくて?」
「魔道具でも人を助けられるでしょう?」
シリウスが少し考えてから頷いた。
「それはそうか」
レインは先頭を歩くアルスを見る。
「アルはさっきから速いね」
「そう?」
「速い」
「気のせいじゃない?」
「歩幅がいつもより大きい」
「よく見てるね」
「アルほどじゃないよ」
研究棟は授業棟より静かだった。
人の出入りは少ないが、時々大きな箱を運ぶ職員や、記録板を見ながら歩く研究者とすれ違う。
廊下の壁には研究室の名前が並んでいる。
魔石。
魔法陣。
素材。
治療。
結界。
空間理論。
アルスはその文字を追いながら歩いた。
「ここだけでもかなりあるな」
「研究ってそんなに分かれてるんだ」
シリウスが言う。
「剣だって流派が分かれるだろ」
レインが答える。
「それと同じ?」
「たぶん」
「便利だね、その『たぶん』」
「分からないことを断定するなって昨日言われたから」
アルスが笑った。
やがて、一番奥に近い扉の前で止まる。
扉には小さな金属板が付いていた。
――ティア・ストーンハート研究室。
アルスが扉を叩く。
中から声がした。
「開いとる」
扉を開けた瞬間、五人とも少し止まった。
「……すごい」
リリアが最初に言った。
広い。
だが、広く見えない。
棚。
箱。
工具。
魔石。
金属板。
割れた水晶。
途中まで描かれた魔法陣。
何に使うのか分からない部品。
床にも物が置かれている。
ただし散らかっているというより、何かの規則で分類されているようにも見える。
シリウスが小声で言った。
「これ、片付いてるの?」
ティアの声が飛んできた。
「片付いとる」
「聞こえてた」
「お主は声が大きい」
ティアは奥の作業台にいた。
椅子ではなく、少し高く作られた足場の上に立っている。
「来たか」
「はい」
アルスは部屋を見回す。
「触るなよ」
「まだ触ってません」
「目が触っとる」
「目はいいでしょう」
「まあの」
ティアは作業台から降りる。
「何を見たい」
アルスはすぐに答えようとして止まった。
冷却箱。
照明。
魔石。
魔法陣。
気になるものはいくらでもある。
「先生が最初に見るなら何を見せます?」
ティアが少し笑った。
「自分で決めんのか」
「知らないものから選ぶと、選び方自体が間違うかもしれないので」
「屁理屈が上手くなってきたのう」
「褒めてます?」
「半分な」
ティアは部屋の隅へ向かった。
そこには木箱がいくつも積まれている。
一つを引き出し、床へ置いた。
「これじゃ」
蓋を開ける。
中には壊れた魔道具が詰まっていた。
アルスが瞬きをする。
「壊れてますね」
「見れば分かる」
「これを見るんですか?」
「そうじゃ」
シリウスが箱を覗く。
「成功したやつじゃなくて?」
「成功した物は店に行けば見られる」
ティアは一つ取り出した。
手のひらほどの金属製の箱。
表面の魔法陣は途中で焼け焦げている。
「これは何ですか?」
アイリスが聞く。
「保温器じゃった」
「じゃった?」
「起動したら中身ではなく外側が熱くなった」
シリウスが笑う。
「失敗じゃん」
「そうじゃ」
ティアは普通に答える。
「だから残しとる」
アルスが近付く。
「どうして?」
ティアがアルスを見る。
「なぜ失敗したか分かったからじゃ」
アルスは焼けた部分を見る。
「魔法陣?」
「一部はな」
ティアが指を差す。
「熱を移す方向の指定が甘かった。さらに素材の熱伝導を考えておらんかった」
「魔法陣だけ正しくても駄目?」
「当たり前じゃ」
ティアは箱を軽く叩く。
「魔道具は魔法陣だけでできとらん。素材も、魔石も、形も、使い方も全部入る」
アルスは昨日見た冷却箱を思い出した。
中の場所で温度が違った。
道具単体ではなく、構造そのものが結果へ影響する。
「もう一つ」
ティアが別の物を取り出す。
今度は小さな照明だった。
見た目は普通だ。
「これは?」
「明るすぎる」
シリウスが首を傾げる。
「いいことじゃないの?」
ティアが魔石を入れる。
瞬間。
部屋全体が真っ白になった。
「うわっ!」
全員が目を閉じる。
すぐに消える。
「目が!」
「だから明るすぎると言ったじゃろ」
シリウスが目を押さえる。
「先に言ってくださいよ!」
「言った」
レインが笑っている。
アイリスも顔を背けたまま笑った。
アルスは目を何度か瞬かせる。
「出力を下げればいいんじゃないですか?」
「それだけなら簡単じゃ」
「違う?」
「これは低出力だと点かん」
アルスが止まる。
「なんで?」
「そこを考えろ」
ティアは渡してくれない。
アルスは照明を見る。
低出力では動かない。
一定以上の魔力を入れると、一気に明るくなる。
「起動する最低値が高すぎる?」
「それから?」
「発光量の調整ができない?」
「それから?」
アルスは少し考える。
アイリスが横から言う。
「魔力を入れた分だけ明るくなるんじゃなくて、一度起動したら固定量を使う?」
ティアの目がアイリスへ向いた。
「近い」
アイリスが少し嬉しそうな顔をする。
アルスも頷く。
「魔石からの供給を制御する部分がないのか」
「そうじゃ」
ティアが笑った。
「魔法陣そのものは動く。じゃが道具としては使いにくい」
シリウスがまだ目を擦りながら言う。
「失敗って、動かないだけじゃないんだな」
その言葉で、アルスも気付いた。
動かない。
壊れる。
危険。
高すぎる。
重すぎる。
消費が大きい。
使いにくい。
成功と失敗は二つではない。
「面白い」
アルスが言う。
ティアが笑う。
「じゃろ?」
「先生、失敗した物全部残してるんですか?」
「全部ではない。意味のある失敗だけじゃ」
レインが聞く。
「意味のない失敗もあるんですか?」
「同じ間違いを何も考えず十回繰り返したら、十個全部残す必要はなかろう」
「確かに」
「ただし、一回目は残す」
アルスは箱の中を見る。
壊れた魔道具。
一見すると価値がない。
けれど、その一つ一つに「これは駄目だった」という情報が残っている。
「成功品より情報が多い場合もある?」
アルスが聞く。
ティアが少しだけ表情を変えた。
「ある」
短い返事だった。
「成功した物は『動いた』で終わることがある。失敗は、なぜ動かんかったかを考えさせる」
アルスはしばらく黙った。
前世でも似た考え方は知っている。
けれど、知っていることと、自分の目の前で大量の失敗作を見ることは違う。
「先生」
「なんじゃ」
「これ、記録見てもいいですか?」
「全部か?」
「できれば」
ティアが笑い出した。
「何日かかると思っとる」
「分からないです」
「数年分あるぞ」
「じゃあ少しずつ」
「本気か?」
「はい」
ティアはアルスをしばらく見た。
そして箱を閉じる。
「まず授業を受けろ」
「はい」
「魔法陣の基礎も知らん十二歳が全部見ても分からん」
「それもそうですね」
「素直じゃの」
「分からないものは分からないので」
レインが横で笑う。
「先生とアル、話が合うね」
ティアがレインを見る。
「お主も見るか?」
「僕は魔道具より剣の方が好きです」
「正直でよい」
「でも、アルが何を見てるかは少し気になります」
ティアは今度は四人を見る。
「お主らも同じか?」
シリウスが手を上げる。
「俺は面白そうなら」
アイリスは少し考えてから言う。
「魔法との違いは気になります」
リリアも頷いた。
「私は治療や生活に使えるものなら」
「全員違うのう」
アルスが笑った。
「それが面白いんです」
ティアは五人を見る。
「なら好きに見ればよい。ただし研究室では三つ守れ」
指を一本立てる。
「勝手に触らん」
二本目。
「分からん装置へ魔素を流さん」
三本目。
「壊したら隠すな」
シリウスが聞く。
「壊したら怒ります?」
「物による」
「怖いな」
「だから触るな」
「はい」
研究室を出る頃には、外はもう暗くなり始めていた。
五人で廊下を歩く。
アルスは観測体へ今日の記録を表示させた。
魔道具は魔法陣だけでは成立しない。
素材、形状、魔石、供給制御、用途が結果へ影響する。
失敗にも種類がある。
意味のある失敗は、次の設計条件を残す。
最後に一行追加する。
――成功品だけを見ない。
「何書いた?」
レインが聞く。
「今日覚えたこと」
「見せて」
アルスが表示を横へ向ける。
レインが読む。
「成功品だけを見ない、か」
「うん」
シリウスが後ろから覗く。
「じゃあ俺が剣で失敗したら記録してくれよ」
「自分でしなよ」
「冷たいな」
アイリスが笑う。
「それくらい自分でやりなさい」
「みんな厳しい」
リリアが少し考えてから言った。
「でも失敗しても、全部無駄ではないと思えるのはいいですね」
アルスは頷いた。
「うん」
失敗は消すものではない。
残して、比べて、次へ使う。
その考え方は、アルスがこれから何度も使うことになる。
まだこの時は。
あの研究室の奥に積まれた古い資料の中に、後にアルスとティアを長い研究へ引き込むものが眠っていることを知らなかった。




