第128話 読めなくても使えるもの
翌朝、アルスたちは昨日写し取った記号をもう一度確認していた。
三角に短い線。丸の横に二本線。縦線を囲むような形。同じ記号が何度か繰り返されている。ただし、文章のように長く並んでいる場所はなかった。
シリウスが紙を眺める。
「やっぱり文字じゃないのか?」
「まだ分からない。でも、文章ならもう少し並んでてもよさそうなんだよね」
レインも記号の配置を見る。
「場所ごとに一つか二つだった?」
「うん。昨日見た範囲では」
アイリスが言った。
「それなら、何かを説明する文字ではなく、場所を示す印かもしれませんね」
その可能性を確かめるため、五人は採掘区域(仮)へ向かった。
細い足場を渡り、人工区域を抜け、縦穴の下へ回り込む。昨日見つけた作業場らしい広間へ着くと、アルスは紙と壁を見比べた。
最初の記号。
丸の横に二本線。
昨日は形だけを写していたが、今日は周囲も見る。
記号のすぐ横に、低い台。その先には滑車状の部品。さらに反対側には、鉱石を積んでいたらしい場所がある。
シリウスが言う。
「これ、作業の種類とか?」
「あり得る」
レインが別の壁を指した。
「あっちにも同じ記号なかった?」
確認する。
ある。
同じ丸と二本線。
その近くにも金属輪があり、床には擦れた跡が続いていた。
アルスは二つを比べる。
「荷物を動かしてた場所に同じ印がある?」
アイリスが言った。
「だとすると、文字というより設備の表示に近いですね」
まだ二例。
少ない。
でも、試す価値はある。
五人は昨日見ていなかった作業場の奥へ進んだ。
通路は人工的に広げられているが、上部の居住区らしき場所ほど整ってはいない。壁には道具で削った跡が残り、床には小さな石が散らばっている。
少し先。
分岐。
左右。
その間の壁に記号。
三角。
その下に短い一本線。
シリウスが昨日の紙を見る。
「これもあった」
アルスは頷く。
昨日は採掘空間へ入る直前の壁に同じ形があった。
レインが左を見る。
「どっちにあるか確認しよう」
まず左。
数十歩。
壁。
黒い鉱脈。
明確な採掘跡。
さらに奥にも掘った痕跡がある。
戻る。
右。
こちらは鉱脈がほとんどなく、代わりに壊れた木箱や石材が積まれていた。
シリウスが笑う。
「三角、掘る場所の印だったりして」
「可能性は上がった」
アルスは記録する。
三角+一本線。
採掘地点付近で二例確認。
意味は未確定。
文章として読めなくても。
使い方から。
意味を推測できる。
前世で見た道路標識や工場の表示に少し似ている。
言葉を知らなくても。
赤い丸。
矢印。
人の形。
繰り返し使われれば。
意味が見えてくる。
「記号の辞書みたいなの作れそう」
アルスが言うと、シリウスが笑った。
「解読始まったじゃん」
「仮説を並べるだけ」
「それを解読って言わない?」
「まだ言わない」
レインが少し笑う。
「アルらしいね」
五人はさらに奥へ進んだ。
今日の目的は記号の確認。
だから、見つけるたびに周囲も見る。
縦線を囲む形。
一つ。
近くに細い縦穴。
ただし昨日見た大きな昇降用の穴とは違い、人が通れるほどではない。
下から。
風。
上がる。
シリウスが覗かずに耳を澄ます。
「空気穴?」
アイリスも手を近付ける。
「風があります」
別の場所。
同じ記号。
今度は壁の高い位置に小さな横穴。
そこからも空気。
入る。
アルスが紙へ書く。
縦線を囲む形。
通気孔らしき構造付近で二例。
換気に関係する可能性。
リリアが言った。
「働く場所なら、空気の流れも必要ですものね」
その言葉で、今まで別々だったものが少し繋がる。
火。
採掘。
人。
油らしき匂い。
長時間の作業。
地下。
空気。
必要。
ここを作った者たちは。
ただ穴を掘っただけではない。
働けるように。
整えていた。
さらに先。
今度は別の記号。
四角の中に点。
その下。
床。
大きく窪んでいる。
シリウスが言う。
「これは?」
アルスは周囲を見る。
壁。
特別なものなし。
天井。
普通。
でも。
床。
同じ大きさの石。
いくつも。
並べられている。
一部。
崩れている。
レインが気付く。
「ここ、何か置いてた?」
可能性。
高い。
ただ。
一例だけ。
意味。
保留。
その時。
小さな音。
ぱら。
全員が止まる。
天井から。
砂。
落ちる。
次。
小石。
シリウスが上を見る。
「まずい?」
アルスも見る。
亀裂。
ある。
昨日まで見てきた場所より。
大きい。
レインが即座に言った。
「戻ろう」
誰も反対しない。
もう一度。
ぱら。
少し大きな石。
落ちる。
五人は走らない。
でも。
速く。
来た道を戻る。
曲がり角。
一つ。
分岐。
越える。
そして。
後ろ。
音。
どん。
大きくはない。
でも。
何か。
落ちた。
シリウスが止まりかける。
「見に戻る?」
「戻らない」
レインが即答した。
「今崩れた場所に戻る理由がない」
シリウスもすぐ頷く。
「だな」
五人は安全と思える作業場まで戻った。
アルスが魔素を確認する。
近くに魔物。
なし。
構造。
分からない。
ただ。
今日の通路。
もう。
使わない。
少なくとも。
次に安全を確認できるまでは。
アイリスが息を吐く。
「人工的に作られた場所でも、ずっと安全とは限らないんですね」
リリアも崩れた方向を見る。
「古い場所ですもの」
それだった。
作られた。
だから。
安全。
ではない。
むしろ。
古い人工物。
壊れる。
崩れる。
自然とは別の危険がある。
アルスは地図へ。
通路。
危険。
崩落。
立入保留。
そう書く。
シリウスが見る。
「封鎖?」
「僕達の地図ではね」
道そのものが消えたかどうか。
まだ。
分からない。
でも。
今の五人には。
使わない道。
それで十分。
今日はそこで探索を切り上げた。
帰路。
縦穴。
人工区域。
細い足場。
入口。
全部。
問題なし。
野営地へ戻ると、アルスは昨日までの記号を並べ直した。
丸+二本線。
荷役設備付近で複数。
三角+一本線。
採掘地点付近で複数。
縦線を囲む形。
通気構造付近で複数。
四角+点。
一例のみ。
意味不明。
シリウスが紙を見る。
「結構読めてきたな」
アルスは首を振る。
「意味を予想できるものが出てきただけ」
レインが言う。
「でも、次に同じ記号を見たら先を予測できるかもしれない」
それ。
重要。
正確な翻訳。
できなくても。
探索に使える。
もし。
三角の印。
その先。
鉱脈。
もし。
縦の印。
空気の流れ。
繰り返すなら。
この場所を作った者たちの使い方を。
少しだけ。
先回りできる。
アルスは探索記録の最後に書いた。
――壁面記号は文章ではなく、作業区域・設備・用途を示す標識である可能性。
――現時点で三種に繰り返し傾向あり。意味は未確定。
その下。
今日のもう一つの記録。
――未探索通路で小規模な崩落音を確認。亀裂あり。以後、立入保留。
そして最後に、一行。
――読めないものでも、使われ方を見れば意味に近付ける。
アルスは紙の上に並ぶ記号を見る。
誰が残したのか。
何年前なのか。
まだ分からない。
でも。
その誰かが。
ここで何をしようとしていたのか。
少しずつ。
言葉を使わずに。
伝わり始めていた。




