第124話 残された跡
翌朝。
アルスたちは、昨日渡った細い足場の先にある大空間へ向かった。
行きの細い足場は問題なし。
水量も昨日と大きく変わらない。
魔物の反応も近くにはない。
五人は一人ずつ渡り、昨日見つけた大空間へ入った。
地下水路。
向こう側へ伸びる岩。
そして三本の通路。
昨日はそこで戻った。
今日は、ここから。
シリウスが三本を見る。
「どれ行く?」
アルスは魔素を探る。
右。
ほとんど反応なし。
中央。
遠くに小さい反応がいくつか。
左。
弱いけれど、まとまった魔素。
生き物とは少し違う。
レインが聞く。
「左の反応は?」
「よく分からない。魔物っぽくない」
シリウスが笑う。
「じゃあ左?」
アルスもそう思った。
通路の幅も十分ある。
足元も比較的安定。
「左を見よう」
五人は左の通路へ入った。
最初は普通の岩道だった。
湿気。
発光鉱物。
ところどころ。
でも。
少し進むと。
シリウスが止まった。
「これ」
地面。
平ら。
いや。
平らすぎる。
自然の岩にしては。
一定。
さらに。
壁。
横。
削られている。
レインが手で触れずに見る。
「整えた跡?」
アイリスも壁を見る。
「自然には見えませんね」
アルスは前へ進む。
数メートル。
また。
同じ。
床。
平ら。
壁。
削られている。
完全な人工通路。
そこまで綺麗ではない。
でも。
明らかに。
誰かが通りやすくした痕跡。
シリウスが言う。
「冒険者?」
アルスは首を振る。
「分からない」
以前。
小型二足魔物が道具を使っていた。
鉱物の採取跡も。
誰のものか。
分からなかった。
だから。
今回も。
人間。
とは決めない。
さらに進む。
今度は。
壁。
穴。
小さい。
一定間隔。
何かを固定していたような跡。
リリアが言う。
「昔、何か付いていたのでしょうか」
レインが見る。
「灯りとか?」
可能性。
ある。
でも。
跡。
だけ。
答え。
ない。
アルスは記録する。
床面加工の可能性。
壁面加工の可能性。
固定具跡らしき小孔。
進む。
空気。
少し乾く。
水音。
遠くなる。
そして。
前。
広間。
五人は止まった。
広い。
でも。
今までの自然な広場と。
違う。
壁。
四角に近い。
天井。
ある程度一定。
地面。
中央。
平ら。
明らかに。
人が使いやすい形。
シリウスが小声で言った。
「これ、部屋だろ」
誰もすぐには否定できなかった。
広間の中。
壊れた木。
いや。
木だったもの。
腐っている。
形。
残っていない。
壁際。
金属片。
錆びている。
中央。
黒い跡。
火。
使った跡かもしれない。
アルスは魔素を見る。
近くに生き物。
なし。
レインが言う。
「入る?」
「ゆっくり」
五人。
広間へ入る。
シリウス。
足元。
アルス。
魔素。
レイン。
全体。
アイリス。
壁。
リリア。
後方。
配置。
自然に分かれる。
中央の黒い跡。
古い。
何度も火を焚いたように見える。
その周り。
小さな骨。
食べた跡かもしれない。
アイリスが壁際を見る。
「これ、金属です」
細い。
棒。
曲がっている。
錆。
かなり。
シリウスが言う。
「武器?」
「分からない」
レインが近くを見る。
もう一つ。
金属片。
今度は薄い。
板状。
穴。
開いている。
何かの道具。
防具。
建材。
可能性。
いくらでもある。
リリアが言う。
「ここに誰か長くいたように見えますわ」
それ。
全員。
同じ印象。
ただ。
誰。
いつ。
どれくらい。
不明。
アルスは壁を見る。
文字。
ない。
絵。
ない。
記号。
ない。
少なくとも。
見える範囲には。
シリウスが広間の奥を見る。
「道、まだある」
二つ。
左右。
さらに。
奥。
小さな開口。
全部。
人工的に見える。
レインが言う。
「ここを拠点にしてた?」
アルスは少し考える。
「可能性はある。でも、冒険者の拠点だったのか、別の何かだったのかは分からない」
その時。
シリウスが壁際でしゃがんだ。
「これ見て」
地面。
浅い。
溝。
直線。
広間の端。
一定。
排水。
かもしれない。
水。
今はない。
でも。
部屋の外へ続いている。
アイリスが言う。
「生活するための場所だった可能性が高くなりますね」
アルスもそう思う。
床。
壁。
固定具。
火の跡。
金属。
排水。
一つずつなら。
偶然。
でも。
重なる。
誰か。
ここを使っていた。
その可能性。
高い。
シリウスが笑わずに言った。
「人?」
アルスは少し止まる。
「まだ分からない」
でも。
今までより。
人に近い。
そう感じるのも。
事実。
レインが時間を見る。
「今日はここを調べるだけにしよう」
誰も反対しない。
奥へ進むより。
ここ。
情報。
多い。
五人は広間をゆっくり調べる。
壊れた木片。
金属片。
火の跡。
排水溝。
壁の穴。
さらに。
奥の壁。
高さ。
腰くらい。
横一直線に。
擦れた跡。
何度も。
何かを置いた。
可能性。
棚。
机。
箱。
分からない。
アルスは地図とは別に、広間そのものの見取り図を描き始めた。
シリウスが覗く。
「部屋まで地図作るの?」
「ここは情報多いから」
入口。
火の跡。
金属片。
排水溝。
左右の通路。
奥の開口。
位置。
記録。
レインが言う。
「持って帰れるものあるかな」
アルスは金属片を見る。
小さい。
一つ。
採る。
ただし。
全部。
持たない。
今の状態を崩しすぎると。
後で比較できない。
「一個だけ」
シリウスが笑う。
「最近、研究者っぽいな」
「最近?」
「前からか」
アイリスが笑った。
アルスは錆びた小さな金属片を袋へ入れる。
材質。
帰ってから確認。
もし。
現代の加工技術と違えば。
年代。
推定。
できるかもしれない。
でも。
それも。
まだ先。
五人はさらに少しだけ広間を見る。
そして。
戻る。
奥の三本。
未探索。
今日は。
進まない。
帰り。
細い足場。
状態確認。
問題なし。
全員。
渡る。
入口へ戻る。
野営地。
アルスは地図へ新しい線を追加した。
左通路。
加工痕。
人工的な広間。
その先。
未探索。
そして。
別紙。
広間見取り図。
シリウスが地図を見る。
「ここだけ急に文明っぽいな」
レインが言う。
「でも今は誰もいない」
リリアが続ける。
「いつ使われていたのでしょう」
アイリスも。
「誰が使ったのかも」
アルスは錆びた金属片を見る。
答え。
まだない。
でも。
初めて。
中級ダンジョンの中に。
明らかに。
過去の誰かの生活。
あるいは活動。
その痕跡。
見つかった。
アルスは探索記録の最後に書いた。
――自然の洞窟の中に、明らかに加工された空間を確認。
――使用者、年代、用途、すべて不明。
そして。
もう一行。
――誰もいない場所にも、誰かがいた痕跡は残る。
昨日まで。
生きているものを見ていた。
今日は。
いなくなったものを。
初めて。
観測した。




