第123話 渡った先
翌朝、アルスは小さな布袋を確認してから立ち上がった。
中には昨日採取した発光鉱物の欠片が入っている。青白かった光は完全に消えていた。魔素もわずかに残っているだけで、普通の石に近くなっている。
シリウスが覗き込む。
「本当に消えたな」
「うん。今日はまずこれを戻してみる」
レインが聞く。
「元の場所に?」
「できるだけ近いところ」
五人は装備を整え、中級ダンジョンへ入った。何度も通った経路を進み、穴の広場から右へ曲がる。発光鉱物が点在する通路まで来ると、薄暗かった視界が青白い光で少し明るくなった。
昨日削った場所も残っている。
アルスは欠片を取り出した。
「まず近付けるだけ」
壁から少し離した位置。
変化なし。
さらに近付ける。
まだ光らない。
シリウスが言う。
「くっつけないと駄目?」
「やってみる」
欠けた場所へ合わせる。
完全に元通りにはならない。形を合わせ、指で押さえる。
数秒。
何も起きない。
アイリスが欠片を見る。
「戻せばすぐ光るわけではないんですね」
アルスも魔素を確認した。
壁の中には昨日と同じような流れがある。だが、欠片へその流れは移っていない。
「切り離した時点で、何かが途切れたみたい」
シリウスが聞く。
「じゃあ死んだ石?」
「そこまでは分からない」
言いながら、アルスは欠片を少しずらした。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
薄く。
光った。
「今!」
シリウスが声を抑えながら言う。
全員が見た。
アルスも止める。
もう一度。
位置を戻す。
消える。
少し右。
光らない。
下。
何もない。
元の割れ目に沿わせるように角度を変える。
また。
微かに光った。
レインが言う。
「位置だけじゃなくて向き?」
「たぶん」
アルスは魔素を見る。
壁の中を流れる魔素。
一直線ではない。
細い筋。
鉱物の粒。
それらを順番に通るように流れている。
切り取った欠片を、元の流れへ正しい向きで合わせた時だけ、ほんの少し魔素が入る。
「鉱石そのものが光を作ってるんじゃないかもしれない」
アイリスが聞く。
「魔素が通ると光る?」
「今のところは、その可能性が高い」
まだ確定ではない。
でも。
昨日より一つ進んだ。
シリウスが壁を見る。
「だったら、この光ってる筋を追えば何かある?」
アルスも考えた。
魔素。
流れ。
発光。
もしかすると、地下のどこかへ続いている。
ただ、今日はそこだけを追うつもりはなかった。
「記録しておこう。でも先も見たい」
欠片は再び袋へ入れる。
もう一度採掘はしない。
一つあれば十分。
五人はさらに進み、昨日見つけた地下水路を見下ろす場所へ到着した。
細い岩の足場。
その下を水が流れている。
昨日は渡らなかった。
今日は。
まず状態を確認する。
水量。
昨日とほぼ同じ。
魔素反応。
水中。
遠くに小さいものが二つ。
足場上。
なし。
風。
弱い。
岩。
濡れていない。
レインが足元を見る。
「昨日より条件が悪くなってるところはなさそうだね」
シリウスが細い足場を見る。
「行ってみる?」
今日は全員、すぐには答えない。
渡れる。
だけでは足りない。
戻れるか。
途中で魔物が来たら。
一人が滑ったら。
それを考える。
アルスが言った。
「縄を使おう」
旅用に持ってきた普通の縄。
収納魔道具ではなく、最初から背負い袋に入れていたものだ。
シリウスが笑う。
「ここで使うか」
先に渡るのはシリウス。
軽い。
足場を見るのも得意。
ただし、何かあればすぐ戻る。
縄の端を腰へ固定する。
反対側はレインとアルスが持つ。
シリウスが一歩。
岩。
問題なし。
二歩。
三歩。
下。
見ない。
正面。
見る。
途中。
幅。
狭い。
身体を壁側へ寄せる。
ゆっくり。
進む。
そして。
反対側。
到着。
「大丈夫!」
声。
届く。
縄。
向こう側の太い岩へ回す。
完全な安全。
ではない。
でも。
何もないよりいい。
次。
レイン。
渡る。
問題なし。
アルス。
足を乗せる。
思っていたより。
狭い。
下。
水音。
近い。
落ちたら。
助かるかもしれない。
でも。
その「かもしれない」に頼る場所ではない。
一歩ずつ。
渡る。
反対側へ着いた時、少しだけ肩へ力が入っていたことに気付いた。
アイリス。
リリア。
一人ずつ。
最後まで。
問題なし。
五人。
渡った。
シリウスが笑う。
「意外と普通だった」
アイリスが即座に返す。
「そういうことを言うと帰りに何か起きます」
「じゃあ言わなかったことにする」
レインが足場の反対側を見る。
「帰りにも同じ確認をしよう」
当然。
今渡れた。
だから。
数時間後も渡れる。
とは限らない。
五人は先へ進む。
足場の先。
通路。
今までより明らかに下っている。
壁。
発光鉱物。
少ない。
代わりに。
湿気。
増える。
水路へ近付いているのだろう。
十分ほど進んだところで、シリウスが止まった。
「これ見て」
壁。
傷。
昨日の発光鉱物付近にあった削り跡とは違う。
細い。
一定間隔。
縦。
横。
何度も。
アイリスが近付いて見る。
「自然には見えませんね」
レインも頷く。
「道具の跡?」
アルスは触れずに観察する。
古い。
かなり。
角が丸くなっている。
誰が付けたのか。
分からない。
冒険者。
採掘者。
昔ここにいた何か。
可能性。
いくらでもある。
シリウスが言う。
「また人間とは限らない、だろ?」
アルスが笑う。
「分かってきたね」
「最近そればっかりだからな」
跡だけ記録。
進む。
少し先で通路が開けた。
五人は立ち止まった。
前。
大きな空間。
今まで見た広場より広い。
その中央を地下水路が横切っている。
そして。
こちら側から向こう側へ。
自然の岩が何本か突き出している。
橋。
ではない。
ただ。
渡れそうな場所。
さらに。
向こう側。
通路。
一つではない。
三つ。
シリウスが思わず笑った。
「また増えた」
レインも苦笑する。
「地図が終わらないね」
アルスはそれより別のものを見ていた。
水路。
今。
上から見るだけではない。
横から見える。
深さ。
流れ。
岩。
水中。
そして。
壁沿い。
発光鉱物。
少し。
ある。
その光が。
水面。
下。
続いている。
「光、下にもある」
全員が見る。
水中の岩壁。
青白い点。
流れに沿うように。
奥へ。
続いている。
アイリスが言う。
「昨日見たものと同じでしょうか」
「たぶん。でも採って確認するまでは分からない」
リリアが水を見る。
「水の中でも光るんですね」
アルスは魔素を見る。
濃い。
昨日の壁より。
流れ。
強い。
そして。
水路の奥。
さらに。
強くなる。
何かある。
とはまだ言えない。
ただ。
魔素の流れが。
方向を持っている。
それは分かる。
シリウスが向こう側の三つの通路を見る。
「どれ行く?」
レインは時間を確認した。
まだ余裕。
疲労も少ない。
でも。
今日。
もう十分進んでいる。
鉱物の再確認。
足場。
新しい通路。
人工的に見える傷。
大きな地下空間。
三本の未探索路。
アルスが言う。
「今日はここまでにしたい」
シリウスも今回はすぐ頷いた。
「帰りにあの細いところあるしな」
それが大きい。
行き。
成功。
でも。
帰り。
残っている。
五人は新しい広場の形だけ記録した。
地下水路。
渡れそうな岩。
三本の通路。
発光鉱物。
魔素流。
それ以上は進まない。
戻る。
細い足場。
帰りも状態確認。
水量。
変化なし。
魔物。
近くなし。
縄。
使う。
一人ずつ。
全員。
渡る。
縄。
回収。
穴の広場へ戻った時、シリウスが息を吐いた。
「今度こそ渡ったって感じするな」
レインが言う。
「行くだけなら半分だからね」
アルスも頷いた。
進む。
そして。
戻る。
両方できて。
初めて。
道になる。
野営地へ帰ると、アルスは三枚に分けた地図のうち、下側の一枚を大きく描き直した。
穴。
水路。
細い足場。
下り通路。
新しい大空間。
三本の道。
そして。
魔素の流れ。
まだ推定。
点線。
シリウスが地図を見る。
「明日は三択か」
レインが答える。
「その前に、今日の状態と変わってないか確認してからね」
「分かってるって」
アイリスが笑った。
アルスは最後に、発光鉱物の記録へ一文を追加する。
――分離した欠片は、元の魔素流と方向を合わせた時のみ一時的に反応。
まだ。
答えではない。
でも。
昨日より。
かなり近い。
そして探索記録の最後には、別の一行を書いた。
――渡れた場所ではなく、戻れた場所が道になる。
中級ダンジョンの地図は。
また少し。
下へ。
そして奥へ。
広がった。




