第122話 地図の下にあるもの
翌朝、アルスたちは昨日見つけた発光する鉱物のある通路へ向かった。
今日は別行動をしない。昨日は短時間だけ二手に分かれて情報を増やしたが、それを毎日の基本にするつもりはなかった。知らない場所へ進む時は五人。全員の認識は一致している。
穴のある広場へ着くと、最初に全員で周囲を確認した。深い穴も、壁の隙間から流れてくる冷たい空気も昨日と変わらない。
シリウスが穴を覗く。
「やっぱり水の音するな」
耳を澄ませると、確かに聞こえる。ずっと下。一定ではなく、岩の間を水が流れているような音だった。
アルスは穴の上から魔素を探る。
「下にも反応がある」
レインが聞く。
「魔物?」
「分からない。水もあるし、岩もあるから混ざってる。でも空間はありそう」
穴の底がただの行き止まりではない可能性が高くなった。
それでも、降りる方法はない。
少なくとも今の装備で、未知の深さへ縄を垂らして降りるような場所ではなかった。
レインが言う。
「下は後回しだね」
全員が頷く。
今日は発光鉱物。
五人は右の通路へ入り、昨日アルスとシリウスが確認した場所まで進んだ。淡い青白い光が、暗い壁の一部から滲むように広がっている。
アイリスが近付かずに観察する。
「魔法で光っているようには見えませんね」
アルスも魔素を見る。
鉱物そのものに魔素はある。ただし、魔道具のような整った流れではない。自然の石や魔石とも少し違う。
「魔素を溜めてる感じはする。でも使ってる感じじゃない」
シリウスが聞く。
「取ってみる?」
レインは壁の削れた跡を見る。
「前に誰か取った形跡はあるんだよね」
「たぶん」
アルスは道具を出した。
大きく掘るつもりはない。表面近くの小さな欠片だけを採る。
シリウスが周囲を見張り、レインが通路側を確認する。アイリスとリリアは少し距離を取る。
アルスが石の境目へ工具を当てる。
軽く。
一度。
二度。
小さな欠片が外れた。
その瞬間、光が少し弱くなる。
「消えた?」
シリウスが言う。
完全には消えていない。
壁に残った部分は光っている。
ただ、外れた欠片。
その光が徐々に弱くなっていく。
アイリスが近くから見る。
「壁から離れたからでしょうか」
アルスはすぐ記録する。
採取直後。
発光あり。
分離後、徐々に低下。
魔素。
まだある。
でも。
少しずつ。
抜けている。
「地脈みたいなものから供給されてる可能性あるかな」
レインが見る。
「壁の中から?」
「可能性だけ。まだ分からない」
前世なら、鉱石が光る理由をいくつも思い付ける。
化学反応。
放射。
蓄光。
電気。
でも、ここには魔素がある。
だから、まずこの世界の現象として見る。
欠片を収納魔道具へ入れようとして、アルスは止まった。
現在の枠。
魔石。
素材。
薬。
水。
残り。
ほぼ埋まっている。
シリウスが笑う。
「また容量問題?」
「うん」
結局、小さな袋へ入れる。
重量。
ほとんどない。
この程度なら普通に持てる。
「収納に入れるほどでもないね」
レインが言った。
それも一つの答えだった。
収納魔道具。
便利。
だから全部入れる。
ではない。
普通に持てる物は普通に持てばいい。
五人は発光鉱物の先へ進む。
通路はさらに緩やかに上っていた。壁には同じ鉱物が点々と続いている。場所によって光の強さが違う。
アルスは途中で立ち止まった。
「こっちの方が強い」
シリウスが見る。
「何が?」
「魔素。壁の中の流れ」
発光。
強い場所。
魔素。
濃い。
弱い場所。
薄い。
完全に一致。
とはまだ言えない。
ただ。
関係。
ありそう。
さらに進む。
やがて通路が大きく曲がった。
その先。
風。
強い。
リリアが髪を押さえる。
「さっきより流れがありますわ」
そして。
音。
また。
水。
ただし今度は、穴の下からではない。
前。
近い。
五人は慎重に進む。
通路の先が開けた。
そこにあったのは、細い岩の足場。
その下。
かなり深い空間。
水。
流れている。
シリウスが言った。
「これ……さっきの穴の下?」
アルスはすぐ地図を出す。
位置。
方向。
上り。
曲がり。
正確ではない。
でも。
かなり近い。
レインも地図を見る。
「繋がってる可能性高いね」
下には川のような流れがある。
洞窟の中。
地下水路。
その向こうにも空間が続いている。
上。
今いる通路。
下。
水路。
さらに。
穴の広場。
三つ。
同じ場所の周辺。
上下に重なっている。
アルスは地図を見ながら言った。
「これ、一枚の平面じゃ無理だ」
シリウスが笑う。
「やっと諦めた?」
「諦めてない。分ける」
上。
中。
下。
正確な階層。
ではない。
でも。
高さ。
別。
それを分ける。
アイリスが下を見る。
「水路にも道があるかもしれませんね」
「僕達には道じゃなくても、魔物にはそうかも」
以前、水中へ消えた四足魔物。
地下水域の大きな反応。
小さな裂け目。
全部。
もしかしたら。
別の層。
繋がっている。
シリウスが細い足場を見る。
「ここ渡る?」
レインは即答した。
「今日は渡らない」
足場。
細い。
下。
水。
深さ。
不明。
落ちれば。
自力で戻れるか分からない。
反対側。
何があるかも分からない。
今日の目的。
もう達成している。
発光鉱物。
魔素との関係。
地下水路。
上下構造。
十分。
戻る。
帰路でアルスは何度も位置関係を考えた。
穴の広場。
右。
発光鉱物。
上り。
地下水路を見下ろす場所。
つまり、穴の下の空間へ直接降りなくても、別の通路から近付けた。
昨日までと同じ。
危険な場所を無理に突破しなくても、別の道がある。
野営地へ戻ると、アルスは地図を三枚に分けた。
上部。
現在歩いている主な通路。
中部。
穴の底付近。
地下水路。
そして。
まだ位置が曖昧な場所。
線で結ぶ。
確定。
推定。
分ける。
レインが見て言う。
「急に立体的になったね」
「たぶん最初から立体だったんだよ。僕達が平面で見てただけ」
アイリスが発光鉱物の欠片を見る。
光。
もう。
ほとんど消えている。
リリアが聞いた。
「魔素は?」
アルスが確認する。
「少し残ってる。でも採った時より減ってる」
シリウスが言う。
「じゃあ壁に戻したら光る?」
全員。
少し止まる。
アルスが笑った。
「明日試そう」
一つ。
疑問。
出る。
次。
試す。
その繰り返し。
アルスは探索記録へ書いた。
発光鉱物。
壁面接続時、発光。
分離後、徐々に発光低下。
魔素量も低下傾向。
壁内魔素流との関連可能性。
要再確認。
地下水路。
穴の広場下部と接続している可能性。
別通路から観測可能。
深さ不明。
細い足場あり。
未通過。
そして最後。
――道は横だけに伸びるとは限らない。
その下に。
――見えなかった場所も、別の位置からなら見えることがある。
中級ダンジョンの地図は。
今日。
初めて。
上下に広がった。




