第119話 見つかったあと
翌朝、アルスたちは昨日より少し遅く中級ダンジョンへ入った。
理由は単純だった。昨日と同じ時間に見に行くだけでは、同じ行動しか観測できない可能性がある。
「昨日は朝から来たから、今日は時間をずらす」
アルスが言うと、シリウスが笑った。
「本当に観察になってきたな」
「時間で行動が変わるかもしれないからね」
レインも頷く。
「戦闘するつもりがないなら、それくらい見てもいいと思う」
五人はいつもの道を進み、三叉路から左へ入った。
ここまでの経路はもうかなり安定している。立ち止まる場所も、注意する曲がり角も分かっている。それでも、昨日と同じ状態だとは考えない。
アルスは魔素を探り、シリウスは足元を見る。
やがて、広間から聞こえる音が届いた。
昨日より静かだった。
石を打つ音が少ない。
声も少ない。
レインが小声で言う。
「昨日と違うね」
アルスも頷く。
「数を見よう」
五人は昨日と同じ岩陰まで進んだ。
広間。
いる。
ただし、昨日より明らかに少ない。
見える範囲で六体。
奥にまだいる可能性はある。
石を加工している個体はいない。
代わりに、二体が食料らしきものを分けている。
小さな個体が三体。
広間の端。
座っている。
昨日見た長柄の道具を持つ大型個体もいた。
今日は入口近く。
外側を向いている。
シリウスが囁く。
「あれ、やっぱり見張りっぽいな」
アイリスも同意する。
「昨日より入口に近いです」
アルスは時間を書き込む。
昨日の観察時刻。
今日。
差。
行動。
全部。
並べる。
昨日は加工。
運搬。
保管。
今日は食事。
休息。
警戒。
少なくとも。
同じ動きではない。
リリアが小さな個体を見る。
「昨日追い掛け合っていた子たちでしょうか」
「分からない」
アルスは答える。
同じ個体か。
別か。
外見だけではまだ判別できない。
それも今後の課題だった。
しばらく見る。
一体。
広間の奥から戻ってくる。
手。
何か持っている。
植物。
根。
束。
それを置く。
別の個体が受け取り。
食料の場所へ運ぶ。
レインが言う。
「外から集めてきた?」
「可能性は高い」
シリウスが通路を見る。
「じゃあ別の出口があるのか?」
その可能性。
ある。
今まで自分たちが通っている入口だけが、この広間への道とは限らない。
アルスは地図を見る。
広間の奥。
まだ未確認。
もし別の通路があるなら、群れはそこを使って採集しているのかもしれない。
その時だった。
見張りらしい大型個体が、こちらを向いた。
全員。
動きを止める。
偶然。
かもしれない。
でも。
視線。
明らかに。
こちら。
長柄の道具を持ち直す。
シリウスが小さく言う。
「気付いた?」
レインはすぐには答えない。
大型個体。
動かない。
こちらを見る。
アルスは魔素を見る。
大きな変化。
ない。
興奮。
怒り。
それらしい急激な増加もない。
でも。
警戒。
している。
ように見える。
「たぶん見つかってる」
アルスが言った。
レインが小声で指示する。
「武器は出さない」
全員。
そのまま。
シリウスも短剣へ手を伸ばさない。
アイリスも杖を構えない。
リリアも動かない。
大型個体が低い声を出す。
短い。
一回。
広間にいた他の個体が動きを止めた。
そして。
こちらを見る。
一体。
二体。
三体。
六体。
ほぼ全部。
空気。
変わる。
小型個体が奥へ下がる。
大きな個体が前へ出る。
シリウスが囁いた。
「やっぱり役割あるな」
レインが言う。
「下がる?」
アルスは相手を見る。
襲ってこない。
ただし。
こちらを完全に認識している。
逃げる。
それも選択。
でも。
一気に下がれば。
追うかもしれない。
動かない。
それも選択。
ただ。
何を意味するかは分からない。
アイリスが小声で言う。
「向こうも、こちらを見ているだけです」
その通りだった。
互いに。
見る。
五人。
六体以上。
距離。
十分。
間に広間。
誰も。
近付かない。
大型個体がもう一度声を出す。
今度は少し長い。
奥。
別の声。
返る。
シリウスが目を細める。
「会話してる?」
アルスは答えない。
そう見える。
でも。
鳴き声のやり取りかもしれない。
警戒音。
指示。
呼び掛け。
何か。
分からない。
レインが言った。
「今日はここまでにしよう」
全員。
賛成。
ただし。
背中は向けない。
五人はゆっくり下がる。
一歩。
二歩。
大型個体。
動かない。
さらに。
下がる。
こちらが広間の入口から離れたところで、相手も前へは出てこなかった。
曲がり角。
一つ。
越える。
アルスが魔素を見る。
追ってこない。
そこでようやく、全員が息を吐いた。
シリウスが言う。
「戦わなかったな」
レインが答える。
「向こうもね」
その言葉で、全員が少し静かになった。
こちらは。
戦うつもりがなかった。
でも。
向こうも。
少なくとも今は。
襲ってこなかった。
それが。
何を意味するか。
まだ分からない。
ただ。
一つ。
事実。
接触。
した。
見られた。
警戒された。
でも。
戦闘。
なし。
三叉路へ戻る途中、アイリスが言った。
「次も同じ場所へ行ったら、もう隠れて見ることはできませんね」
アルスもそう思う。
存在。
知られた。
次。
同じ方法。
使えない。
リリアが聞く。
「それでも、また行きますか?」
少し考える。
レインが先に答えた。
「今すぐはやめよう」
シリウスが見る。
「なんで?」
「向こうがどう動くか分からないから。一度時間を空けたい」
アルスも賛成した。
「それに、別の道がまだある」
観察。
十分。
とは言えない。
でも。
同じことを続ければ。
観察から。
干渉。
になる。
それも。
考える必要がある。
五人は今日はそのまま入口へ戻った。
途中。
戦闘。
なし。
追跡。
なし。
野営地へ戻ると、アルスはすぐ記録を開いた。
観察時刻を前日より遅らせる。
確認個体数、六体以上。
前日より加工・運搬活動少。
食事、休息、警戒行動を確認。
植物らしき物を外部から持ち込んだ可能性。
別経路存在の可能性。
こちらの存在を認識された。
大型個体が警戒音らしき声を発する。
複数個体が反応。
小型個体が奥へ移動。
大型個体が前へ出る。
双方接近なし。
双方攻撃なし。
アルスはそこで手を止めた。
シリウスが横から見る。
「双方攻撃なし、か」
「事実だから」
「向こうも戦わなかった」
レインが言う。
「少なくとも、今日のあの状況ではね」
断定。
しない。
友好的。
とも。
安全。
とも。
言わない。
でも。
即座に襲う存在でもなかった。
それは。
記録できる。
アイリスが言った。
「もし次に会うなら、どうします?」
アルスは少し考える。
何か渡す。
声を掛ける。
手を上げる。
いろいろ思い付く。
でも。
その行動が向こうに何を意味するか。
分からない。
前世の知識。
人間同士なら。
使えることもある。
でも。
ここでは。
保証。
ない。
「まだ何もしない方がいいと思う」
リリアも頷いた。
「相手の合図が分かりませんものね」
シリウスが言う。
「手上げたら攻撃の合図だったりしてな」
冗談。
でも。
あり得ないとは言えない。
レインが地図を見る。
「明日は別の場所へ行こう」
地下水域。
大型四足魔物。
未探索の通路。
まだ。
いくらでもある。
アルスも頷く。
「うん。一回離れよう」
今日。
初めて。
互いに存在を認識した。
言葉。
なし。
戦闘。
なし。
理解。
なし。
それでも。
今までとは違う。
アルスは記録の最後に一行書いた。
――見つかったあとに、何もしないという選択もある。
敵と決めない。
味方とも決めない。
ただ。
次に見るために。
距離を残す。
今は。
それで十分だった。




