第112話 作られた道ではない
翌朝。
アルスは目を覚ますと、まず身体を動かした。
脚の重さはほとんど消えている。肩にも昨日までの疲れは残っていない。魔力も問題ない。六日歩いた身体が完全に元へ戻ったわけではないが、戦闘や探索を始めるには十分だった。
朝食を取りながら、レインが全員へ聞く。
「今日はどう?」
「一」
シリウスがすぐ答える。
アイリスも頷いた。
「わたしもそのくらいです」
リリアはほぼ問題なし。
アルスも同じだった。
「じゃあ行こう」
レインの一言で決まった。
昨日までとは違う。
今日は荷物のほとんどを野営地へ残すことができる。案内役が入口周辺に残るため、長距離移動用の荷物まで背負ってダンジョンへ入る必要はない。
持っていくのは戦闘装備。
水。
薬。
最低限の携帯食。
収納魔道具。
修理用品。
帰還できなくなった時に備えた最低限の野営用品だけ。
シリウスが軽くなった背負い袋を持ち上げる。
「軽い」
アイリスが言った。
「昨日までと全然違いますね」
「これなら走れる」
「だからといって走らないでください」
「分かってるって」
五人は案内役と一緒に岩山へ向かった。
昨日見つけた細い隙間。
真正面からでは入口に見えない。
一人ずつ岩の間を抜けると、中央の結晶が淡く光っていた。
アルスは一度だけ見る。
昨日登録した帰還用のポータル。
ここまで戻れば王都へ帰れる。
逆に言えば。
ここまで戻らなければ使えない。
案内役はその先の暗い通路を指した。
「俺はここまでだ」
シリウスが聞く。
「一緒に入らないの?」
「案内は入口までだ」
レインが頷く。
「ここからは僕達だけですね」
「そうだ」
案内役は五人を見る。
「戻る時間は決めろ」
レインが答える。
「日没前には必ず入口へ戻ります」
「それでいい」
それだけだった。
頑張れ。
気を付けろ。
そういう言葉はない。
でも。
六日間。
十分教わった。
五人は通路へ入った。
最初は自然の岩の裂け目に近かった。
壁。
凹凸。
天井。
高さ。
一定ではない。
足元にも石がある。
初心者ダンジョンとは違う。
あちらは。
通路だった。
誰かが歩くことを前提にした幅。
階段。
部屋。
扉。
罠ですら、置かれる場所にある程度の規則があった。
ここは。
違う。
「狭い」
シリウスが小声で言う。
レインが剣を抜かずに進む。
「一列になるしかないね」
順番を変える。
シリウス。
先頭。
その後ろにレイン。
アルス。
リリア。
アイリス。
通路が狭いため、いつもの戦闘配置は作れない。
アルスは壁へ触れずに魔素を見る。
全体。
流れ。
ある。
でも。
初心者ダンジョンで感じた整った魔素とは違う。
ばらつき。
場所によって濃さが違う。
「自然っぽい」
レインが振り返る。
「もう分かる?」
「断定はできない。でも初心者ダンジョンとはかなり違う」
シリウスが前から言う。
「つまり?」
「誰かが通路を作って魔物を配置した感じが薄い」
「じゃあ天然?」
「まだ分からない」
それ以上は言わない。
分からないものを。
分かったことにしない。
少し進む。
通路。
急に広がる。
小さな空間。
天井から水。
一滴ずつ落ちている。
地面。
濡れている。
シリウスが足を止めた。
「滑る」
昨日までの旅と同じ。
天然の地面。
レインが周囲を見る。
「ここなら戦える?」
アルスも見る。
三人。
横。
ぎりぎり。
後衛。
位置。
取れる。
「狭いけど、さっきよりは」
さらに進む。
分岐。
二つ。
全員。
止まった。
シリウスが言う。
「いきなり?」
右。
少し下る。
左。
ほぼ水平。
初心者ダンジョンなら。
階層を進む方向。
ある程度分かる。
ここでは。
何もない。
レインが聞く。
「どうする?」
シリウスは地面を見る。
右。
跡。
何かが通った。
古い。
左。
ほとんどなし。
アルスは魔素を見る。
右。
遠く。
反応。
一つ。
左。
なし。
アイリスが聞く。
「魔物がいる方へ行きますか?」
アルスは少し考える。
「それを目的にする必要はないと思う」
レインも頷く。
今日は。
攻略ではない。
最初の探索。
入口周辺。
構造確認。
帰れること。
優先。
「左」
レインが決めた。
理由。
魔物を避ける。
それだけ。
正解。
かどうかは。
分からない。
でも。
今の目的には合っている。
アルスは分岐を記録する。
入口から。
最初の広間。
そこから左。
帰り。
逆。
右。
簡単なこと。
でも。
分岐が増えれば。
すぐ難しくなる。
シリウスが壁を見る。
「印つける?」
アルスは少し迷う。
案内役が旅で言った言葉を思い出す。
残した目印は。
動く。
壊れる。
でも。
ここ。
風。
雨。
ほぼない。
「傷を付けるのはやめよう」
「じゃあ?」
「記録と地形」
レインも賛成した。
「最初から目印に頼るのは危ないね」
進む。
左の通路。
少しずつ下る。
途中。
天井。
低い。
レインが身体を屈める。
アイリスは杖を横にする。
戦闘。
ここで起きたら。
かなり不利。
「こういう場所で来られると嫌だな」
シリウスが言う。
その直後。
アルスが止まった。
「いる」
全員。
止まる。
前。
一つ。
近い。
シリウスも見る。
暗い。
何か。
動く。
四足。
小さい。
初心者ダンジョンで見たものではない。
細長い身体。
低い姿勢。
爪。
光を反射する目。
シリウスが小声で聞く。
「知ってる?」
アルスは首を振る。
「初めて見る」
魔物。
こちらを見る。
ただ。
通路。
狭い。
レインが前へ出られない。
シリウスが先頭。
だから。
そのまま。
シリウスが戦う。
短剣。
構える。
魔物。
来る。
速い。
シリウスが横へ避けようとする。
壁。
近い。
避け幅。
足りない。
身体を捻る。
爪。
服。
掠める。
「狭っ!」
反撃。
短剣。
背中。
浅い。
魔物。
すぐ反転。
レインが言う。
「下がれる?」
「無理!」
後ろ。
五人。
詰まっている。
アルスが言う。
「僕達が戻る!」
全員。
少しずつ。
後退。
シリウスも。
敵を見ながら。
下がる。
さっきの少し広い場所まで。
魔物。
追う。
そこへ出た瞬間。
配置。
変わる。
レイン。
前。
シリウス。
横。
アルス。
反対。
後ろ。
アイリス。
リリア。
いつもの形に近い。
「今!」
レインが正面を受ける。
魔物。
跳ぶ。
剣。
横から。
弾く。
シリウス。
脚。
短剣。
アルス。
魔素を見る。
動き。
次。
右。
「シリ、右!」
シリウスが避ける。
魔物が空振り。
アイリス。
小さな火球。
直撃。
魔物。
倒れる。
まだ動く。
レイン。
一撃。
止まる。
静か。
五人。
少し待つ。
他。
反応なし。
シリウスが息を吐いた。
「強くはないな」
レインが答える。
「場所が強かった」
全員。
その意味。
分かる。
魔物。
単体。
オーガより弱い。
でも。
狭い通路。
一人しか戦えない。
後衛。
使えない。
避けられない。
だから。
危険。
アルスは倒れた魔物を見る。
初心者ダンジョンなら。
ここで。
身体。
消える。
魔石。
残る。
でも。
消えない。
死体。
そのまま。
シリウスが言う。
「残ってる」
レインも見る。
「やっぱり違う」
アルスはしゃがむ。
触れない。
観察。
魔素。
少しずつ。
抜けている。
「野外の魔物と同じかもしれない」
リリアが聞く。
「解体しますか?」
少し考える。
今日は。
初探索。
時間。
使いすぎたくない。
でも。
情報。
欲しい。
レインが言う。
「魔石だけ確認しよう」
それで決まる。
最低限の解体。
シリウスが旅で見た方法を思い出しながら切る。
アルスも手伝う。
慣れてはいない。
少し時間。
掛かる。
内部。
魔石。
ある。
取り出す。
「ちゃんと体内にある」
初心者ダンジョンとは。
明確に違う。
アルスは収納魔道具の空きへ入れた。
一つ。
使用。
残り。
一枠。
「ここでは魔石だけじゃなく、素材も残る」
アイリスが言う。
アルスが頷く。
「全部持って帰るなら、収納五枠じゃ足りない」
シリウスが笑う。
「もう改良考えてる?」
「考えるだけ」
レインが言う。
「今は進むか戻るか」
全員。
通路を見る。
時間。
まだある。
疲労。
ほぼなし。
ただ。
一つ。
重要なこと。
分かった。
狭い場所。
戦闘。
危険。
レインが決める。
「もう少しだけ進もう。でも今日は次の分岐まで」
誰も反対しない。
死体。
そのまま。
必要な物だけ。
取る。
進む。
また。
通路。
今度は。
狭い場所では。
シリウス一人を前へ出しすぎない。
後ろとの距離。
短く。
退ける広い場所。
常に覚える。
戦場。
自分で選ぶ。
それも。
必要。
しばらく進む。
そして。
再び。
分岐。
今度は。
三つ。
シリウスが止まる。
右。
狭い。
中央。
下る。
左。
風。
少し。
感じる。
レインが見る。
「今日はここまでにしよう」
全員。
頷く。
三つの道。
記録。
地形。
魔素。
簡単に確認。
でも。
入らない。
帰る。
今度は。
自分たちだけ。
案内役。
いない。
分岐。
一つ。
二つ。
戻る。
最初の広間。
入口。
そして。
外の光。
見えた。
シリウスが笑う。
「戻れた」
アイリスが言う。
「まだ最初の探索ですけどね」
「それでも」
外。
案内役。
待っている。
五人が出てくるのを見る。
人数。
一。
二。
三。
四。
五。
全員。
戻った。
レインが報告する。
「入口付近だけ確認しました」
案内役が頷く。
「どうだった」
シリウスが答える。
「狭い」
アイリスが続ける。
「自然の洞窟に近いです」
アルスは魔石を入れた収納魔道具を見る。
「魔物の身体が残りました。魔石も体内にあります」
案内役は特に驚かない。
つまり。
知っている。
でも。
教えなかった。
自分たちで。
見せた。
レインが少し笑う。
「知ってましたよね?」
「知ってる」
「教えてくれてもよかったのでは?」
「入れば分かる」
シリウスが笑った。
「この人ずっとこれだな」
案内役も少しだけ笑った。
五人は野営地へ戻る。
まだ。
日没まで余裕。
疲労。
少ない。
怪我。
シリウスの服。
少し。
裂けただけ。
今日は。
ほんの入口。
でも。
十分だった。
初心者ダンジョンとは。
違う。
通路。
作られていない。
戦いやすくない。
魔物。
死体が残る。
素材。
魔石。
解体。
必要。
分岐。
多い。
帰路。
自分で覚える。
アルスは地図とは別に、今日の洞窟内の簡単な図を描いた。
入口。
広間。
分岐。
左。
狭い通路。
魔物。
広場。
三叉路。
それだけ。
小さい。
でも。
自分たちが観測した。
最初の地図。
レインが横から見る。
「明日は三叉路から?」
「うん」
シリウスも覗く。
「どれ行く?」
アルスは三本の線を見る。
右。
中央。
左。
「明日決めよう」
今日は。
決めない。
休む。
考える。
そして。
また。
五人で入る。
中級ダンジョン。
その最初の日。
攻略したものは。
ほとんどない。
でも。
初心者ダンジョンと同じ場所ではない。
それだけは。
もう。
十分分かっていた。




