第111話 ようやく見つけた入口
翌朝、アルスは目を覚ましてすぐに身体の状態を確かめた。
昨日の疲労はかなり抜けている。それでも脚にはまだ少し重さが残っていた。六日間歩き続けた身体が、一晩で完全に元へ戻るわけではない。
起きてきたシリウスも同じらしく、脚を伸ばしながら言った。
「昨日よりは全然いい。でもゼロではないな」
「僕も同じくらい」
レインが全員を見て確認する。アイリスもリリアも問題なく歩ける状態だったが、今日は誰も「元気だから早く行こう」とは言わなかった。
ここまでの旅で、それを言う意味が変わっていた。
朝食を済ませ、野営地を片付ける。
収納魔道具の中は、出発時より随分軽くなっていた。ガストンの料理は昨日でなくなり、水や薬も使った。代わりに空き枠は二つになっている。
シリウスがそれを見て言う。
「ダンジョン入る前に空きが増えたのはいいな」
アルスも頷いた。
「たぶん使うことになると思う」
「魔石?」
「それだけとは限らないよ」
中級ダンジョンが初心者ダンジョンと同じ仕組みなのかは分からない。魔物を倒した時に魔石だけ残るのか、身体が残るのか。それすらまだ確定していない。
分からない。
だから空けておく。
六日間の旅で、そういう準備の意味も少し変わっていた。
出発すると、案内役は昨日見えた岩山の方向へ進んだ。
森を抜けた先は、今までとはまるで違う景色だった。土は乾き、低い草が点々と生えている。大きな岩がところどころ地面から突き出し、遠くの岩山まで遮るものがほとんどない。
シリウスが周囲を見回す。
「昨日までずっと森だったから、広すぎて変な感じするな」
アイリスも少し眩しそうに目を細めた。
「隠れる場所がほとんどありませんね」
「魔物も見つけやすいけど、こっちも見つかりやすい」
レインの言葉に全員が頷く。
アルスは魔素を見る。森ほど反応は多くない。ただし、遠くの反応まで見えるぶん、距離感を間違えそうになる。
「数は少ない。でも遠くまで分かる」
シリウスが聞く。
「強いのいる?」
「今のところは分からない。遠すぎる」
案内役は岩山へ一直線には向かわなかった。
少し右へ。
また左へ。
一見すると遠回りに見える。
シリウスが何度か地面を見るうち、理由に気付いた。
「柔らかい場所避けてる?」
案内役が頷く。
「雨の後は沈む場所がある」
アルスも足元を見る。
乾いているように見える。
でも、よく見ると一部だけ色が違う。昨日までの雨が地下へ残っているのかもしれない。
見た目だけで判断しない。
ここまで何度も繰り返してきたことだった。
午前の半ば頃、岩山がかなり近くなる。
ただ、入口らしいものはまだ見えない。
洞窟。
建物。
門。
何もない。
シリウスが言った。
「本当にある?」
案内役は普通に答えた。
「ある」
「見えないけど」
「見えないから案内がいる」
また同じ答えだった。
アルスは少し笑った。
六日前なら、その説明を聞いても実感はなかったと思う。今なら分かる。ここへ辿り着くまでの道もそうだったし、目の前の岩山も同じなのだろう。
知っている人には道がある。
知らない人には何もない。
案内役は岩山の麓へ着くと、今度は崖沿いを歩き始めた。
五分。
十分。
まだ何もない。
大きな岩。
割れ目。
影。
どれも似ている。
アルスは何度も周囲を見た。
「これ、普通に探したら無理だね」
レインも頷く。
「入口があると知っていても見つけられないかもしれない」
少し先で、案内役が止まった。
「着いた」
五人も止まる。
前を見る。
岩壁。
それだけ。
シリウスが首を傾げた。
「どこ?」
案内役は岩壁の横へ回る。
そこに、人一人が通れるほどの細い隙間があった。
真正面から見れば、ただの岩の重なりにしか見えない。少し斜めから入って初めて、奥へ続く空間があることが分かる。
アルスたちは一人ずつ中へ入った。
数歩進む。
外の光が少し弱くなる。
さらに奥へ。
そして。
開けた。
岩に囲まれた小さな空間。
その中央に、人工物があった。
アルスが足を止める。
「……これ」
石。
いや。
台座。
その中心に埋め込まれているもの。
結晶。
淡く光っている。
レインも驚いたように見る。
「ポータル?」
初心者ダンジョンで何度も見たものと、完全に同じではない。
でも。
似ている。
アルスは近付きすぎない位置から観察する。
魔素。
流れている。
人工的。
整っている。
自然の岩場の中に。
そこだけ。
明らかに違うもの。
シリウスが言う。
「ダンジョンの入口って洞窟じゃないの?」
案内役が答える。
「入口はこの先だ」
「この先?」
案内役は結晶の向こう側にある、さらに細い通路を指した。
そこから奥。
暗い。
見えない。
ただ。
魔素がある。
アルスは分かった。
「あっちが本体?」
「そうだ」
アイリスがポータルらしき結晶を見る。
「これは何のためにあるんですか?」
案内役が答える。
「帰るためだ」
五人が見る。
「帰る?」
「ここから冒険者ギルドへ戻れる」
シリウスが声を上げた。
「え?」
レインも驚いている。
「ギルドにそんな設備ありましたか?」
「初心者には見せない」
案内役は淡々と説明する。
「ここまで来た冒険者だけが使う。登録しておけば、探索を終えた後にここから王都へ戻れる」
アルスは結晶を見る。
また。
空間。
移動。
初心者ダンジョンの階層ポータルとは用途が違う。
でも。
技術として。
近い。
「誰が作ったんですか?」
案内役がアルスを見る。
「知らん」
即答。
アルスは少し残念そうにする。
シリウスが笑う。
「また始まった」
アイリスも笑った。
「まだダンジョンに入ってもいませんよ」
「だって気になるでしょ」
レインが言う。
「気になるけど、今は登録が先かな」
それはそうだった。
案内役に教えられながら、五人は順番に結晶へ手を触れる。
アルス。
魔素を流す。
一瞬。
結晶の光が強くなる。
それから。
落ち着く。
登録。
完了。
レイン。
シリウス。
アイリス。
リリア。
五人とも同じ。
これで。
ここへ戻ってくれば。
王都へ帰れる。
でも。
アルスは入口の奥を見る。
問題は。
戻ってくるまで。
そこ。
だった。
レインが案内役へ聞く。
「今日、このまま入るんですか?」
案内役は五人を見る。
「お前達が決めろ」
初めて。
完全に判断を返された。
シリウスが言う。
「俺は行ける」
アイリスは少し考える。
「行けないほど疲れてはいません」
リリアも。
「わたくしもです」
アルスは自分の身体を見る。
疲労。
二か三。
戦える。
探索も。
できる。
でも。
六日歩いた。
今日もここまで歩いた。
中級ダンジョン。
何がいるか。
分からない。
入口から安全なのかも分からない。
レインが全員を見る。
「僕は今日は入らない方がいいと思う」
シリウスが聞く。
「なんで?」
「入れるかどうかじゃなくて、初めて入る時を一番いい状態にしたい」
アルスもすぐ頷いた。
それがいい。
「僕も賛成」
アイリスも。
「わたしもです」
リリアが微笑む。
「では決まりですね」
シリウスが少しだけ奥を見る。
「ここまで来たのに?」
レインが笑う。
「だからだよ」
シリウスは数秒考え。
それから。
肩をすくめた。
「分かった」
案内役は何も言わない。
ただ。
少しだけ。
頷いたように見えた。
今日は。
入口周辺。
確認。
野営場所。
確保。
水。
周囲の魔物。
逃げ道。
そして。
身体を休める。
ダンジョンへ入るのは。
明日。
五人は岩山の近くで、風を避けられる場所を探した。
入口から近すぎない。
でも。
遠すぎない。
魔物の痕跡。
少ない。
地面。
安定。
水場は少し離れている。
今までなら、案内役の判断を待っていたかもしれない。
今日は。
五人で候補を選んだ。
案内役は確認しただけだった。
テントを張る。
火を作る。
荷物を整える。
そして。
今日は早めに休む。
夕食を食べながら、シリウスが言った。
「明日、やっとダンジョンか」
アイリスが答える。
「長かったですね」
「六日歩いて入口だけって、初心者ダンジョンと全然違う」
アルスは岩山を見る。
その奥。
暗い入口。
まだ。
中は知らない。
階層。
魔物。
罠。
構造。
何も。
分からない。
だから。
面白い。
でも。
今は入らない。
明日。
体力。
魔力。
集中。
全部整えてから。
五人で入る。
アルスは空になった食器を片付けながら思った。
六日間。
入口まで来ただけ。
でも。
その六日で。
初心者ダンジョンとは違う冒険が。
もう始まっていた。
そして明日。
ようやく。
中級ダンジョンそのものを。
見ることになる。




