第110話 疲れたまま戦う
六日目の朝。
目を覚ました時、アルスはすぐに身体が重いと感じた。
痛いわけではない。怪我もない。ただ、昨日まで歩き続けた疲れが少し残っている。起き上がって脚を動かし、肩を回す。動ける。問題はない。
でも、万全でもない。
レインも同じらしく、朝食の前に全員へ聞いた。
「昨日の疲れ、残ってる?」
シリウスが脚を伸ばしながら答える。
「二割くらい」
アイリス。
「わたしもそのくらいです」
リリアは少し軽い。
「一割ほどですわ」
アルス。
「二」
レインも。
「僕も二くらい」
昨日の夜は六や七だった。それに比べればかなり戻っている。
でも、ゼロではない。
案内役は準備を終えると、森の奥を見た。
「今日、抜けられればかなり近い」
シリウスが顔を上げる。
「ダンジョン?」
「入口のある地域までだ」
まだ。
到着ではない。
それでも、終わりが少し見えた。
五人はいつもより丁寧に荷物を確認してから出発した。
森は昨日よりさらに深い。
高い木。
絡み合う枝。
足元を覆う根。
陽の光も、地面まで届く場所が少ない。
アルスは魔素を探る。
昨日と同じ。
反応が多い。
小型。
中型。
遠く。
近く。
森そのものが、ずっと動いているように感じる。
シリウスも前方を見る時間が長い。
会話。
減る。
全員。
自然に集中していた。
一時間ほど進んだところで、案内役が急に止まる。
五人も止まった。
前。
何も見えない。
シリウスが小声で聞く。
「何かいる?」
案内役が地面を指す。
足跡。
大きい。
昨日見た狼型より明らかに大きい。
一つではない。
複数。
シリウスがしゃがむ。
「新しい?」
「かなり」
アルスも魔素を見る。
最初。
何も。
次の瞬間。
左奥。
一。
二。
三。
さらに。
四。
「いる」
レインが聞く。
「近い?」
「近い。四……いや、五」
全員の表情が変わる。
昨日の狼二体とは違う。
数が多い。
そして。
反応。
近付いている。
案内役が言う。
「通り過ぎるなら動くな」
五人。
止まる。
剣。
まだ抜かない。
杖も構えない。
木々の間。
気配。
一つ。
姿。
狼型。
昨日見た個体より大きい。
次。
もう一体。
さらに。
奥。
三。
四。
五。
群れ。
こちらを見ている。
アルスは魔素を見る。
興奮。
強い。
昨日とは違う。
シリウスが小さく言う。
「これ、来るな」
レインも分かっている。
「まだ動かない」
狼の一体が低く唸る。
もう一体。
横へ。
広がる。
囲もうとしている。
そこで。
案内役が言った。
「来るぞ」
レインが剣を抜く。
「固まって!」
五人。
すぐ形を作る。
レイン。
前。
アルス。
左。
シリウス。
右。
アイリス。
後方。
リリア。
中央。
昨日まで何度も作った形。
ただし。
今日は。
最初から少し疲れている。
狼。
来る。
一体目。
正面。
レイン。
避ける。
剣。
横。
浅い。
二体目。
アルス。
左。
速い。
アルスは身体の魔素を見る。
脚。
集まる。
「来る」
一歩先に横へ。
狼。
空振り。
剣。
肩。
入る。
でも。
三体目。
すぐ後ろ。
アルスが気付くのが遅れる。
「アル!」
シリウスの声。
アルスが振り返る。
間に合わない。
リリア。
補助。
一瞬。
身体が軽くなる。
アルスが飛ぶように横へ。
爪。
服。
掠める。
「大丈夫!」
でも。
余裕はない。
アイリス。
火球。
一体。
命中。
狼が離れる。
シリウス側。
二体。
一人で見ている。
「こっち多い!」
レインがすぐ言う。
「一体こっちへ流して!」
シリウスが位置を変える。
追ってきた狼。
レイン側。
一体。
移る。
これで。
シリウス。
一。
レイン。
二。
アルス。
一。
アイリスとリリア。
後方。
まだ一体。
位置。
見えない。
アルスが探す。
「一匹見えない!」
その瞬間。
後ろ。
枝。
音。
アイリスが振り返る。
狼。
背後。
「後ろです!」
リリアが先に動く。
小さな障壁。
狼。
一瞬止まる。
アイリスが距離を取る。
火球。
近すぎる。
大きいものは撃てない。
小さい炎。
顔。
牽制。
狼が横へ逸れる。
そこへ。
シリウス。
自分の相手から一度離れ、後方へ滑り込む。
短剣。
脚。
「後ろ一体!」
レインの声。
「任せる!」
二つの戦場。
いや。
三つ。
でも。
誰も全体を見失わない。
それが。
初心者ダンジョンで何度も練習したことだった。
問題は。
身体。
いつもより。
少し遅い。
レインの呼吸。
早い。
アルスも。
脚。
重い。
シリウス。
いつもの速さ。
少し足りない。
そして。
狼。
待ってくれない。
アルスの相手がまた来る。
避ける。
反撃。
剣。
深い。
一体。
倒れる。
「一!」
アルスが声を出す。
数。
共有。
レイン側。
二体。
一体を剣で牽制。
もう一体。
横から。
アイリスが射線を作る。
「レインさん、下がって!」
レイン。
下がる。
火球。
一体。
直撃。
倒れない。
でも。
動き。
止まる。
レイン。
一撃。
二体目。
倒れる。
「二!」
後方。
シリウス。
狼一体。
動き回る。
リリア。
補助。
一瞬ずつ。
シリウスの脚。
狼。
飛ぶ。
シリウス。
横。
短剣。
腹。
狼が倒れる。
「三!」
残り二。
一体。
レイン。
もう一体。
アイリス側。
五人。
形。
戻る。
今度は。
早い。
アルスとレインが前。
シリウス。
横。
アイリス。
距離。
リリア。
中央。
一体ずつ。
確実。
四。
五。
最後の狼が倒れる。
静かになる。
全員。
すぐには動かない。
アルスが周囲の魔素を見る。
遠く。
小さい。
近く。
なし。
「終わった」
ようやく。
全員が息を吐いた。
シリウスが木に手をつく。
「きっつ……」
レインも剣を下げる。
「昨日までの戦闘と全然違う」
怪我。
確認。
アルス。
服だけ。
皮膚。
少し赤い。
レイン。
なし。
シリウス。
腕。
小さな擦り傷。
アイリス。
なし。
リリア。
なし。
リリアがシリウスの腕を治療する。
「浅いですわ」
「助かった」
アルスは自分の呼吸が落ち着くのを待ちながら、倒れた狼を見る。
強さ。
初心者ダンジョンのオーガほどではない。
一体ずつなら。
難しくない。
でも。
今日の方が。
危なかった。
「疲れてるからだ」
アルスが言った。
レインも頷く。
「それもあるね」
シリウスが座り込む。
「俺、いつもならもっと動けた」
アイリスが杖を握ったまま言う。
「わたしも狙いを決めるまで少し遅かったです」
リリアも。
「補助を使う回数が増えましたわ」
相手だけではない。
自分たちの状態。
それで。
難易度。
変わる。
初心者ダンジョンでは。
ボスへ挑む前。
休んだ。
魔力。
体力。
整えた。
今日は。
朝から歩いて。
その途中。
突然。
戦闘。
準備された戦場ではない。
案内役が倒れた狼を見てから言った。
「だから長旅では、戦えるかどうかだけを見るな」
レインが聞く。
「戦った後も?」
「そうだ」
案内役は前を見る。
「ここから今日の野営地まで、まだ歩く」
五人。
少し静かになる。
戦闘。
終わった。
でも。
旅。
終わっていない。
そこが。
ダンジョンとは。
また違う。
シリウスが立ち上がる。
「休憩してから?」
「少し休む」
それは。
ありがたかった。
狼。
解体。
どうするか。
レインが案内役を見る。
「魔石だけ?」
案内役が頷く。
「今日は肉はいらん。時間を使うな」
初心者ダンジョンでは。
魔物。
倒れる。
魔石。
残る。
野外。
違う。
身体。
残る。
解体。
必要。
でも。
全部を持つ必要はない。
アルスたちは最低限。
魔石。
回収。
シリウスが少しだけ牙を見る。
「素材になりそう」
アルスも思う。
でも。
今日は。
持たない。
空き枠。
一つ。
ある。
だから。
入れられる。
でも。
入れられることと。
入れるべきこと。
違う。
「行こう」
アルスが言う。
誰も反対しなかった。
休憩。
水。
少し多め。
携帯食。
少し。
疲労。
戦闘前。
三前後。
今。
六。
シリウス。
「七」
アルス。
「六」
レイン。
「六」
アイリス。
「五」
リリア。
「五」
明らかに。
増えた。
案内役は速度を落とした。
午後。
森。
まだ続く。
でも。
今度は。
誰も無駄に喋らない。
疲れているから。
だけではない。
戦闘の後。
さらに。
周囲を見る。
それが必要。
アルス。
魔素。
シリウス。
足元。
レイン。
全体。
アイリスとリリア。
後方。
五人。
負担。
分ける。
途中。
アルスの集中が少し切れる。
魔素反応。
一瞬。
見落とす。
シリウスが先に言う。
「左、何かいる」
アルスが見る。
小型。
遠い。
「ありがとう」
「今日は俺も魔素見えることにしようか?」
「見えないでしょ」
「気配で」
少し。
笑う。
それだけで。
少し楽になる。
夕方。
ようやく。
森。
薄くなる。
木の間から。
光。
増える。
そして。
抜けた。
前。
広い土地。
遠く。
岩山。
そのさらに先。
乾いた色の地面。
シリウスが止まる。
「景色変わった」
案内役も止まる。
「今日はここまでだ」
森の出口。
少し高い場所。
野営。
安全確認。
五人。
もう。
かなり疲れている。
でも。
設営。
する。
昨日までより。
遅い。
それでも。
誰も手を止めない。
レインがテント。
シリウス。
周囲。
アルス。
火。
アイリス。
水。
リリア。
寝床。
全部。
終わる。
シリウスが座り込む。
「八」
アルスも笑う。
「僕も八」
アイリス。
「七です」
リリア。
「六」
レイン。
「七」
今日。
一番。
疲れた。
アルスは収納魔道具を見る。
残っている。
ガストンの料理。
最後。
シリウスも見る。
でも。
今日は。
何も言わない。
アルスが笑う。
「今日は使おう」
「うん」
返事。
静か。
料理。
取り出す。
温かい。
湯気。
五人。
誰も急いで喋らない。
一口。
食べる。
シリウスが目を閉じる。
「ガストン……」
アイリスが笑う。
「本人いませんよ」
「帰ったら礼言う」
アルスも。
そうしようと思った。
疲れた身体。
温かい食事。
昨日まで以上。
染みる。
レインが言った。
「収納魔道具、戦闘よりこういう時の方が価値あるかもしれないね」
アルスも頷く。
食料。
運ぶ。
保存。
それだけ。
でも。
疲れ。
回復。
気持ち。
次の日。
全部へ。
繋がる。
ガストンの料理。
これで。
最後。
空いた枠。
一つ。
増える。
二枠。
空き。
中級ダンジョンへ着く前に。
少し。
余裕。
生まれた。
食後。
今日の経路。
確認。
森。
狼の群れ。
沢。
尾根。
森の出口。
遠くの岩山。
明日。
そこへ。
向かう。
案内役が言った。
「順調なら、明日着く」
全員。
一瞬。
静かになる。
シリウスが聞く。
「中級ダンジョン?」
「入口だ」
六日。
歩いた。
雨。
川。
迂回。
森。
魔物。
疲労。
そして。
ようやく。
明日。
入口。
アルスは遠くの岩山を見る。
暗くなり始めている。
その先に。
ある。
でも。
今は。
行かない。
疲労。
八。
明日。
動くために。
今日は。
寝る。
レインが言う。
「早めに休もう」
全員。
異論なし。
アルスは横になる。
身体。
重い。
でも。
少しだけ。
気持ちは。
軽かった。
中級ダンジョン。
ようやく。
手が届くところまで。
来ていた。




