第109話 進める距離
五日目。
雨は上がっていた。
空はまだ曇っているが、昨日のような細い雨はない。地面は湿っている。ところどころ泥も残っている。でも、歩けないほどではない。
アルスたちは朝食を済ませ、いつもより少し早く野営地を出た。
昨日の迂回で、予定していた場所まで進めていない。
だから今日は。
少し長く歩く。
案内役も最初からそのつもりらしい。
歩く速度。
少し速い。
でも。
無理ではない。
レインが後ろを見る。
「大丈夫?」
シリウスが答える。
「まだ余裕」
アイリスも。
「問題ありません」
リリア。
「わたくしも大丈夫ですわ」
アルスも頷く。
出発してすぐは、昨日合流した本来の道を進む。
道。
と呼べるほどはっきりしていない。
でも。
案内役は迷わない。
五人はその後ろを歩きながら、いつものように周囲を見る。
丘。
岩。
林。
小さな流れ。
昨日までの道と。
少しずつ違う。
午前の途中。
シリウスが言った。
「今日、休憩少なくない?」
レインが時計を見る。
確かに。
いつもなら。
一度止まっていた時間。
まだ歩いている。
案内役が前から答える。
「今日は距離を取る」
シリウスが聞く。
「昨日の分?」
「少し」
それだけ。
アルスは自分の身体を見る。
脚。
まだ平気。
肩。
少し重い。
背負い袋。
慣れた。
でも。
何時間も。
ずっと。
積み重なる。
初心者ダンジョンでは。
階層。
目標。
帰還。
区切り。
分かりやすかった。
旅。
区切り。
自分で決める。
「無理するほどじゃないよね」
アルスがレインへ言う。
レインも頷く。
「うん。でも今日は普段より疲れる前提で見た方がいい」
歩き続ける。
少し先。
坂。
緩い。
長い。
シリウスが最初は普通に歩く。
途中。
静かになる。
アルスが笑う。
「喋らなくなったね」
「坂で喋るの疲れる」
「元気じゃん」
「返事しただけ」
レインも少し笑う。
でも。
坂。
続く。
上る。
地味。
戦闘より。
きつい。
リリアが言う。
「歩き方、少し小さくした方が楽ですわ」
シリウスが見る。
「何で?」
「大きく踏むと脚に負担が掛かりますから」
レインも試す。
アルスも。
歩幅。
少し小さく。
確かに。
楽。
速度。
大きくは変わらない。
「こういうの、誰が教えてくれたの?」
アルスが聞く。
リリアが答える。
「家で長く歩く時に教わりました」
また。
一人の経験。
五人へ。
共有される。
坂。
越える。
頂上。
少し開けた場所。
案内役がようやく止まる。
「休憩」
シリウスがその場に座る。
「やっと」
アイリスも荷物を下ろす。
「今日は確かに疲れますね」
アルスも肩を回す。
痛い。
ではない。
でも。
重い。
水。
少し。
飲む。
食べる。
長くは休まない。
ただ。
今日は。
全員。
いつもより静かだった。
レインが聞く。
「疲労、どれくらい?」
シリウス。
「四割くらい」
アイリス。
「同じくらいです」
リリア。
「わたくしは三割ほど」
アルス。
「四」
レインは少し考える。
「僕も四」
シリウスが言う。
「数字で言うようになったな」
アルスが笑う。
「分かりやすいから」
正確ではない。
でも。
共有。
できる。
元気。
疲れた。
だけでは。
差が分かりにくい。
少し。
かなり。
それも人によって違う。
数字。
目安。
十分。
案内役が五人を見る。
「昼までに次の尾根を越える」
シリウスが前を見る。
「遠い?」
「見えてる」
指す。
遠く。
もう一つ。
低い尾根。
シリウスが少し嫌そうな顔をする。
「また上り?」
「そうだ」
レインが立つ。
「行こう」
歩く。
今度は。
最初から。
歩幅。
小さく。
無駄に速くしない。
汗。
出る。
休憩で冷えた身体が。
また温まる。
昼前。
尾根。
到達。
そこから。
景色が変わった。
前。
大きな森。
今までの林とは違う。
広い。
濃い。
遠くまで。
続いている。
そして。
その先。
見えない。
シリウスが言う。
「ここ入るの?」
案内役が頷く。
「午後から」
アルスが森を見る。
魔素。
遠く。
多い。
今までより。
明らかに。
反応。
増えている。
「魔物、多いね」
レインが聞く。
「どれくらい?」
「まだ遠いけど。数は多い」
アイリスも森を見る。
「見通しも悪そうですね」
リリアが言う。
「昨日までとは違いますわね」
案内役が答える。
「ここから、少し危険が増える」
シリウスが笑う。
「やっと?」
アイリスが見る。
「楽しそうに言わないでください」
昼食。
今日は。
しっかり食べる。
午後。
森。
入る。
空気。
変わる。
暗い。
木。
高い。
地面。
落ち葉。
根。
昨日より。
歩きにくい。
でも。
坂。
少ない。
アルスは最初。
少し楽だと思った。
ただ。
違った。
視界。
狭い。
常に。
前。
左右。
後ろ。
見る。
シリウスも。
忙しい。
「音多い」
鳥。
虫。
何か。
動く音。
全部。
区別。
必要。
アルスも魔素を見る。
一。
二。
三。
遠い。
近い。
混ざる。
「索敵、やりにくいな」
レインが聞く。
「反応多すぎる?」
「うん。小さいのが多い」
魔物。
動物。
区別。
一瞬で。
できないものもある。
初心者ダンジョン。
壁。
通路。
方向。
限られていた。
森。
全方向。
レインが言う。
「じゃあ今日はシリとアルの負担大きいね」
「そうかも」
リリアがすぐ反応する。
「疲れが早く出るなら言ってくださいね」
アルスが頷く。
歩く。
午後。
途中。
シリウスが止まる。
「右」
全員。
止まる。
茂み。
音。
アルスも魔素を見る。
二つ。
中型。
近い。
動く。
姿。
見えた。
狼型。
二体。
こちら。
見ている。
レインが前へ出る。
でも。
剣。
抜かない。
狼。
動かない。
距離。
ある。
シリウスが小声で言う。
「来る?」
アルスが見る。
魔素。
興奮。
そこまで強くない。
「まだ」
案内役も。
何もしない。
数秒。
狼。
一体。
少し前。
もう一体。
止めるように。
横へ。
そして。
二体とも。
森の奥へ消えた。
戦闘。
なし。
レインが息を吐く。
「また戦わなくて済んだ」
シリウスが少し残念そう。
「見ただけ」
アイリスが言う。
「それが良いんです」
案内役が言う。
「群れの可能性がある」
全員。
少し止まる。
アルスが聞く。
「二体だけじゃない?」
「分からん」
だから。
追わない。
だから。
立ち止まりすぎない。
進む。
さらに。
森。
深い。
道。
ほとんどない。
案内役。
木の間。
抜ける。
五人。
続く。
シリウスは。
頻繁に。
後ろを見る。
でも。
森。
帰り。
難しい。
木。
似ている。
アルスが言う。
「ここ、地形をもっと見る」
レインも頷く。
小さな尾根。
谷。
流れ。
斜面。
木。
補助。
方角。
中心。
途中。
小さな沢。
これ。
重要。
アルスが地図へ書く。
「この沢、北から南」
レインが見る。
「帰りは逆」
シリウスが石を積もうとする。
案内役が止める。
「残すな」
シリウスが見る。
「目印に」
「他人が動かす」
「あ」
人工的に作る目印。
便利。
でも。
壊れる。
動く。
誰か。
魔物。
何か。
だから。
頼りすぎない。
また。
一つ。
夕方。
疲労。
かなり。
レインが止まる。
「一回確認しよう」
五人。
疲労。
シリウス。
七。
アイリス。
六。
リリア。
五。
アルス。
七。
レイン。
六。
シリウスが笑う。
「数字便利」
アルスも。
「今はね」
案内役が前を見る。
「今日はここまで」
少し意外。
まだ。
明るい。
でも。
五人。
疲れている。
今日。
距離。
かなり進んだ。
案内役も。
それを見ている。
野営場所。
森の中。
少し開けた場所。
水。
沢。
近い。
でも。
魔物。
多い。
アルスが魔素を確認する。
遠く。
反応。
複数。
近く。
なし。
シリウスも周囲。
足跡。
ある。
新しい。
小型。
大きい。
一つ。
少し古い。
レインが言う。
「今日は警戒強めよう」
全員。
頷く。
設営。
いつもより。
少し遅い。
疲れ。
出る。
アイリスがロープを結び直す。
一回。
失敗。
「疲れてる」
本人が言う。
リリアも。
「こういう時にミスが増えるんですね」
アルスも。
荷物を置いた場所を一瞬忘れた。
すぐ分かる。
でも。
普段なら。
ない。
疲労。
戦闘だけではない。
判断。
記憶。
手順。
全部。
鈍る。
夕食。
今日は保存食。
ガストンの料理は。
残り。
かなり少ない。
シリウスも何も言わない。
アルスが見る。
「今日は出してもいいけど」
シリウスが首を振った。
「残そう」
アイリスが少し驚く。
「どうしました?」
「もっと疲れる日あるかもしれない」
少し。
沈黙。
レインが笑う。
「成長したね」
「俺だって考える」
食事。
簡単。
でも。
十分。
食後。
今日の経路。
確認。
長い。
尾根。
森。
沢。
方向。
昨日より。
距離。
伸びた。
でも。
疲労も。
増えた。
レインが言う。
「明日も同じ速度で行けるとは限らないね」
アルスも頷く。
「今日進めたからって、明日も進めるとは限らない」
身体。
地形。
天候。
魔物。
全部。
違う。
進める距離。
地図だけでは。
決まらない。
その日の。
自分たち。
それも。
条件。
夜。
見張り。
今日は。
二人ずつ。
短めに交代する。
一人の集中時間を減らす。
アルスの番。
シリウス。
二人。
森。
暗い。
昨日までより。
かなり。
音。
多い。
シリウスが小声で言った。
「今日、戦ってないのに一番疲れた」
アルスも。
同じだった。
「歩いただけなのにね」
「歩くだけじゃないだろ」
周囲を見る。
道を見る。
魔物を見る。
足元。
方向。
疲れ。
全部。
「そうだね」
シリウスが笑う。
少し。
遠く。
枝。
折れる音。
二人。
すぐ黙る。
アルス。
魔素。
一つ。
遠い。
近付かない。
そのまま。
数分。
反応。
離れる。
また。
静か。
アルスは思う。
中級ダンジョン。
まだ。
着いていない。
なのに。
学ぶこと。
多い。
入口までが冒険。
ミーニャが言っていた意味。
やっと。
身体で。
分かり始めていた。




