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第105話 帰るために見る

王都を出てからしばらくは、旅というより移動だった。


街道は広い。


荷車が通る。


旅人もいる。


遠くには畑が続き、その向こうに低い丘が見える。


シリウスが言った。

「今のところ、普通だな」


レインが前を見たまま答える。

「最初の二日くらいは街道って聞いてたからね」


案内役は会話に加わらない。


一定の速度で歩く。


速すぎない。


遅すぎない。


五人が無理なく続けられる速度だった。


アルスは時々地図を見る。


王都。


街道。


途中の小さな村。


川。


丘。


今はまだ。


地図と景色がかなり一致している。


「右に川」


アルスが言う。


シリウスが見る。

「地図にもある?」


「ある」


レインが振り返る。

「覚えやすい目印だね」


川。


流れる方向。


街道との距離。


橋。


その先の丘。


一つずつ。


見ていく。


ただ。


アルスは少し違和感を覚えた。


地図に載っている。


だから安心。


そう思いそうになる。


でも。


帰りに雨が降るかもしれない。


霧が出るかもしれない。


暗くなるかもしれない。


見え方が変わる。


「一個だけじゃ駄目だね」


アイリスが聞く。

「何がですか?」


「目印」


アルスは川と丘を見る。


「川だけ覚えても、夜なら見えにくいかもしれない。丘だけでも霧が出たら見えない。いくつかセットで覚えた方がいい」


レインが頷く。

「じゃあ、場所ごとに三つくらい覚える?」


シリウスが笑う。

「多くない?」


「忘れるよりいいでしょ」


リリアも周囲を見る。

「音も使えそうですわ。川なら見えなくても聞こえるかもしれません」


アルスが頷く。


「それいいね」


景色。


音。


方角。


距離。


同じ場所でも。


使えるものは一つではない。


しばらく進む。


街道沿いに大きな一本木。


枝が片側だけ大きく伸びている。


シリウスが指差す。

「あれ分かりやすい」


レインが言う。

「帰りにまだ立ってればね」


シリウスが止まる。


「倒れることある?」


「嵐とか」


「そこまで考える?」


アルスが答える。

「考えた方がいい」


シリウスが木を見る。


「じゃあ、その後ろの岩も」


アイリスが続ける。

「左側に小さな祠もあります」


リリア。

「ここはかなり覚えやすいですね」


五人。


少しずつ。


やり方ができる。


案内役について歩く。


でも。


前を見るだけではない。


振り返る。


それが重要だった。


帰りは。


逆方向。


行きで見た景色と。


帰りに見る景色は。


違う。


シリウスが突然止まった。


「これ、結構違うな」


レインも振り返る。


さっき通った一本木。


こちらから見ると。


伸びている枝の方向が逆。


祠も。


木の陰に隠れかけている。


「本当だ」


アルスも見る。


行き。


帰り。


同じ場所。


でも。


見えるものが違う。


「振り返って覚えた方がいいね」


それからは。


目印を見つけるたび。


通過した後。


一度振り返る。


行きの景色。


帰りの景色。


両方。


記録する。


昼前。


街道脇に広い休憩場所があった。


案内役がそこで止まる。


休憩。


五人も荷物を下ろす。


シリウスがすぐ座った。

「まだそんな歩いてないのに、肩重い」


アイリスが言う。

「荷物が多いですから」


「収納魔道具ほしい」


アルスが笑う。

「一個しかないから」


「量産まだ?」


「研究中」


「早くして」


「旅が終わってからね」


それぞれ昼食を出す。


アルスは朝ガストンから渡された袋を開ける。


中。


肉を挟んだパン。


野菜。


薄く切った果物。


シリウスが見る。

「うまそう」


「ガストン作」


「一口」


「嫌だ」


「即答?」


レインが笑う。


リリアは自分の昼食を見ながら言った。

「普通の食事を持ってこられるのは最初の日くらいですね」


アルスが頷く。

「明日からは保存食が増えるね」


アイリスが収納魔道具を見る。


「でも中の料理はまだありますよね?」


「ある。夜に出す予定」


シリウスが急に元気になる。

「今日の夜、温かい飯?」


「そう」


「旅最高」


アイリスが呆れる。

「まだ半日です」


昼食。


水。


短い休憩。


案内役は休みすぎない。


五人も合わせて立つ。


午後。


街道は少しずつ人が減った。


畑も少なくなる。


代わりに。


草地。


低木。


林。


王都の周辺から。


少しずつ外れていく。


アルスは魔素も見る。


魔物。


まだ。


ほとんど反応なし。


遠く。


小型。


一つ。


近付いてはこない。


シリウスが周囲を見ながら言う。

「ここまでは安全なんだな」


案内役が初めて少し振り返った。


「安全と思うな」


短い。


シリウスが少し止まる。


案内役は続ける。


「危険が少ないだけだ」


それだけ言って。


前を向く。


レインが小さく言った。

「なるほど」


アルスも分かった。


初心者ダンジョンと同じ。


弱い敵。


簡単な道。


だから安全。


ではない。


油断。


それが危険。


午後の途中。


街道から少し外れたところに、大きな足跡を見つけた。


シリウスが先に気付く。


「これ」


案内役は止まる。


アルスたちも見る。


人ではない。


大きい。


四足。


複数。


ただし。


古い。


土が乾いている。


シリウスがしゃがむ。

「いつくらい?」


案内役が答える。


「昨日より前」


アルスが聞く。

「何の魔物ですか?」


「この辺りならボア系だ」


大型の猪型魔物。


初心者ダンジョンにはいなかった。


シリウスが少し嬉しそうに言う。

「見たい」


アイリスが即答する。

「追いませんよ」


「分かってるって」


案内役も何も言わない。


足跡。


見る。


方向。


街道から離れている。


それだけ確認する。


追わない。


旅の目的は。


魔物を探すことではない。


中級ダンジョンへ行くこと。


レインが言う。

「こういうのも帰り道の情報になる?」


案内役が答える。


「ならない」


「そうなんですか?」


「動くものは目印にするな」


アルスがすぐ理解する。


魔物。


人。


荷車。


群れ。


全部。


次に同じ場所へ来た時。


いるとは限らない。


固定。


変わりにくいもの。


それを使う。


「地形優先ですね」


案内役が頷く。


それから。


また歩く。


夕方。


空が少しずつ赤くなる。


今日の野営地。


街道から少し離れた場所。


小さな林。


近くに水場。


ただし。


街道から完全には見えない。


レインが周囲を見る。

「ここ?」


案内役が頷く。


「今日はここだ」


初めて。


旅の夜。


五人は荷物を下ろす。


でも。


座らない。


まず。


確認。


周囲。


魔素。


アルス。


異常なし。


シリウス。


足跡。


人。


魔物。


新しいもの。


なし。


水場。


アイリスとリリアも確認する。


濁り。


匂い。


問題なし。


ただし。


飲む水は。


持ってきたものを優先。


水場は補充候補。


いきなり頼らない。


レインが言う。

「テント」


それぞれ。


役割。


自然に分かれる。


シリウスとレイン。


設営。


アイリスとリリア。


周囲整理。


アルス。


火。


それから。


収納魔道具。


夕食。


ガストンの煮込み。


取り出す。


湯気。


その瞬間。


シリウスが振り返る。


「来た」


アルスが笑う。

「食事にだけ反応早いな」


「旅で一番大事」


「さっきまで帰り道が大事って話してたでしょ」


「両方大事」


五人。


座る。


容器。


分ける。


温かい。


初日の夜。


外。


林。


知らない場所。


それなのに。


食事だけ。


家と同じ温度。


リリアが一口食べて微笑む。


「美味しいですわ」


アイリスも頷く。

「本当に出来たてみたいです」


レインがアルスを見る。


「これは便利だね」


「ガストンに言っておく」


シリウスが食べながら言う。

「量産したら絶対売れる」


「もう商会と話はしてる」


「さすが」


アルスも食べる。


味。


変化なし。


保存。


問題なし。


研究としても。


一つ。


確認。


でも。


今日は記録を細かく付けない。


食べる。


休む。


それも。


旅。


食事が終わる。


火。


夜。


森。


遠く。


虫の音。


王都では聞かない音。


五人は見張りの順番を決める。


二人ずつ。


一人は休めるように。


夜中。


交代。


それも。


初心者ダンジョンの野営で一度経験している。


でも。


今回は。


周囲に管理者はいない。


教師もいない。


自分たちだけ。


レインが言う。

「最初、僕とシリ」


シリウスが頷く。

「了解」


「次、アルとアイリス」


二人。


頷く。


「最後、僕とリリア」


アルスが聞く。

「レイン二回?」


「最初と最後なら寝る時間は取れる」


リリアが言う。

「なら最後はわたくしとシリウスさんでも」


シリウスが顔を上げる。

「俺二回?」


「さっきまで元気でしたでしょう?」


「飯の時だけ」


皆が笑った。


結局。


順番を少し調整する。


誰か一人へ負担を寄せすぎない。


それも。


いつもの五人。


夜。


アルスは自分の番になるまで横になる。


目を閉じる。


地面。


少し硬い。


空気。


違う。


音。


違う。


でも。


怖いだけではない。


今日。


歩いた。


地図を見た。


川。


橋。


一本木。


祠。


丘。


何度も振り返った。


帰る景色。


覚えている。


まだ。


一日目。


それでも。


道は。


少しずつ。


自分たちのものになっていた。

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