↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
102/227

第102話 帰る場所

アルスがアークライト侯爵家へ戻ると、玄関にはいつものようにセバスが立っていた。


「お帰りなさいませ、アルス様」


「ただいま、セバス」


荷物を受け取ろうとするセバスに、アルスは背負い袋だけ渡す。剣と収納魔道具は自分で持ったままにした。


セバスはそれを見ても何も言わない。ただ、以前より荷物の扱い方が自然になったアルスを一度だけ見てから、いつもの落ち着いた声で告げた。


「皆様、お待ちでございます」


「みんな?」


「はい」


嫌な予感ではない。


でも、何となく予想はついた。


食堂へ入ると、アルベルトとソフィアがいた。さらにクラウスとエリシアまで揃っている。


アルスが立ち止まる。


「全員いる」


エリシアがすぐ立ち上がった。

「アル!」


近付いてきて、顔を見る。次に腕。肩。なぜか一周するように確認された。


「怪我してない?」


「してないよ」


「本当に?」


「本当に」


ソフィアが柔らかく笑う。

「エリシア。帰ってきたばかりなのですから、座らせてあげなさい」


「だって初心者ダンジョンでオーガと戦ったって聞いたのよ」


アルスが椅子へ座る。

「もう何回も戦ってるよ」


「それを安心材料みたいに言わないで」


クラウスが向かいから笑った。


「相変わらずだな」


「兄さんも帰ってたんだ」


「休みが合っただけだ。魔法師団もずっと働いているわけじゃない」


アルベルトが紅茶を置く。


「まず座れ。話はそれからだ」


全員が席につく。


少しだけ静かになる。


アルスはこの空気を知っている。


怒られる。


ではない。


説明を求められている。


「中級ダンジョンへ行くそうだな」


父の言葉にアルスが頷く。


「うん。三日後」


ソフィアの表情が少し曇る。


「何日くらいなのです?」


「まだ決まってない。入口まで片道一週間以内。それから探索して、帰ってくる」


「一週間以内……入口まで?」


「うん」


エリシアが思った以上に長かったらしく、目を丸くする。


「ダンジョンに着くまでにそんなに掛かるの?」


「初心者ダンジョンとは違うんだ。入口の場所を知ってる案内人が必要で、帰り道は自分達で覚える」


クラウスが興味を持ったように聞く。

「案内人はギルドか?」


「そう。ボルドさんのところ」


アルベルトが頷く。


「なら手配そのものは問題ないだろう」


ソフィアが夫を見る。


「あなたまで簡単に言わないでくださいな」


「簡単とは言っていない」


それからアルベルトはアルスへ視線を戻した。


「行くことは止めない」


ソフィアが今度はアルベルトを見る。


「あなた?」


「止めても行くだろう」


アルスは少し考える。


「たぶん」


「ほらな」


「そこで納得しないでください」


ソフィアの声は穏やかだが、少しだけ強い。


クラウスが笑いを堪えている。


エリシアは全く堪えていない。


「お母様が一番強い」


「エリシア?」


「何でもないです」


アルスも少し笑った。


家へ帰った。


そんな感じがした。


アルベルトが話を戻す。


「誰と行く」


「レイン、シリウス、アイリス、リリア。いつもの五人」


「初心者ダンジョンを攻略した五人か」


「うん」


「なら、その五人で行け」


即答だった。


アルスが少し驚く。


アルベルトは続ける。


「慣れない場所で、さらに慣れない仲間を増やす必要はない。案内人を除けば、今まで通りの方がいい」


クラウスも頷いた。


「それはそうだな」


エリシアが聞く。

「アルは何するの?」


「何するって?」


「役割」


アルスは少し考える。


前衛支援。


魔素察知。


観察。


状況によっては正面。


収納魔道具の管理。


「いっぱいある」


「答えになってない」


クラウスが笑う。


アルスも笑った。


「決まった一つじゃないんだ。レインが指揮。シリウスが斥候。アイリスが攻撃魔法。リリアが補助と回復。僕は、その間を埋める感じ」


クラウスの表情が少し変わった。


「なるほど」


「変?」


「いや。アルらしい」


「そう?」


「昔なら、自分が何をするかを先に決めていただろう」


アルスは考える。


確かに。


五歳の頃。


魔法を調べ始めた頃。


自分が見たい。


自分が試したい。


それが中心だった。


今も研究は好きだ。


でも。


戦闘では。


自分だけを見ていられない。


「パーティーだからね」


クラウスが笑った。


「良い仲間なんだな」


「うん」


レインが兄へ同じように答えたことを、アルスは知らない。


でも。


返事は同じだった。


ソフィアが少し安心したように息を吐く。


「一人ではないのですね」


「最初から一人では行かないよ」


「アルは研究対象を見つけると、一人でも追いかけそうですもの」


「そこまでしないよ」


全員がアルスを見る。


アルスも止まる。


「……たぶん」


エリシアが笑い出した。


「ほら!」


ソフィアまで笑う。


アルベルトだけは小さく息を吐いた。


「無理はするな」


「うん」


短い。


いつもの父の言葉。


でも。


今回は少し重く聞こえた。


その後、話は装備へ移った。


アルスが持っていく物を机の上へ並べる。


剣。


短剣。


薬。


水。


非常食。


雨具。


修理用品。


予備魔石。


そして。


収納魔道具。


クラウスがそれを手に取らず、近くから見る。


「これが例の収納魔道具か」


「うん。試作一号」


「本当に時間が止まる?」


「今のところはね。食料の状態変化は確認できてない」


「五枠だったか」


「そう」


アルスは今の使い方を説明する。


薬。


水。


予備魔石。


食料。


そして空き枠。


エリシアが聞く。

「空けておくの?」


「ダンジョンで何か持ち帰るかもしれないから」


「でも一個しか入らない」


「そこが今の問題」


クラウスが笑う。

「もう改良のこと考えてるな」


「考えるだけ」


「本当に?」


「中級から帰るまでは触らない」


それを聞いてソフィアがすぐ頷いた。


「それがいいです」


「お母さん、魔道具のこと分からないでしょ」


「分からなくても、出発前にアルが夜更かししそうなのは分かります」


何も言えなかった。


セバスがちょうど紅茶を補充しに来る。


ソフィアが尋ねた。


「セバス。アルが研究室へ行こうとしたら止めてくださいね」


「かしこまりました」


「セバスまで」


「アルス様。睡眠も準備の一つでございます」


完全に正しい。


アルスは諦めた。


食事の後。


自室へ戻る。


久しぶりの部屋。


大きく変わってはいない。


机。


本棚。


小さな研究道具。


昔なら。


帰ればすぐ何かを広げていた。


今日は。


荷物を広げる。


冒険の準備。


そこへ。


軽い音。


扉が開く。


「アル様、お帰りなさいませ!」


マリアンヌだった。


アルスが振り返る。


「ただいま、マリー」


専属メイドのマリアンヌは、机の上に広がった荷物を見て目を丸くした。


「本当に旅へ行かれるんですね」


「三日後」


「何日も?」


「たぶん」


少し不安そうな顔。


でも。


止めるとは言わない。


代わりに荷物を見る。


「お着替え、これだけですか?」


「足りると思う」


「足りません」


即答。


「でも重くなる」


「収納魔道具がありますよね?」


「食料と水を優先する」


マリアンヌが止まる。


「じゃあ……」


少し考える。


それから。


「薄いものにします」


「増えるの確定なんだ」


「当然です」


そこだけ妙に強かった。


アルスは笑う。


マリアンヌが着替えを確認している間に、アルスは修理用品を見る。


紐。


針。


留め具。


砥石。


最低限。


そこへセバスも入ってきた。


「失礼いたします」


「どうしたの?」


「アルス様の旅装について、確認を」


マリアンヌが少し緊張する。


「わ、私も確認しております!」


セバスが荷物を見る。


「そのようですね」


それだけで。


マリアンヌの動きが少し慎重になった。


セバスは荷物を一つずつ確認する。


余計なものを増やさない。


でも。


必要なものは抜けていないか。


アルスはそこで気付いた。


ギルド。


レイン。


家族。


みんな。


同じことをしている。


何を持つか。


何を持たないか。


何がなくても帰れるか。


冒険へ行く準備とは。


武器を揃えることだけではない。


帰れる形を作ること。


それなのかもしれない。


マリアンヌが最後に小さな布袋を置いた。


「これは?」


「予備の布です。汚れを拭いたり、傷口を押さえたり、何か包んだりできます」


アルスが見る。


軽い。


小さい。


「これは持っていく」


マリアンヌが嬉しそうに笑った。


セバスも静かに頷く。


準備が終わった頃。


もう外は暗くなっていた。


アルスは窓の外を見る。


三日後。


五人で集まる。


案内人と合流する。


歩く。


何日も。


そして。


まだ見たことのないダンジョンへ入る。


楽しみ。


少し怖い。


どちらもある。


その時。


アルスはふと思った。


前の人生にも。


旅へ出る前は。


こんな感じだっただろうか。


記憶はある。


でも。


今。


この家から出る感覚とは違う。


ここで生まれて。


ここで育って。


帰ってきて。


また出ていく。


だから。


意味が違う。


アルスは荷物を閉じる。


研究道具には。


触らなかった。


今日は。


眠る。


それも。


準備だった。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。