第93話 守れた命
敵四人がざわつき固まっている間に、キサラギも合流した。
戦いの音が聞こえてダッシュしたサツキに置いてかれてしまったが、すぐ近くまでは一緒に来ていたらしい。
敵はと言うと、さらなる増援に動揺したのか、かなり慎重にこちらを見定めようとしている。
それでも逃がすつもりはないのか、女とチンピラがいつでも攻撃できるように構えていた。
カナメも負けじと、とにかく四人の動きに目を向ける。
「……あの一番豪快そうな男が火の拳、女が体の一部をブーメランにして飛ばす、チンピラみたいのが氷柱を降らせて、オドオドしてる奴が煙幕を使ってくる」
背後ではジンが重い声で、サツキとキサラギに敵の特性の説明している。サツキは「わかった」とだけ答え、カナメの横に並んだ。
けれどキサラギは返事をせず、震えを押し殺したような声でジンに問いかけた。
「ねぇ、それより……あなたのその脚って、何かしら……? 気配が少し変だわ。不安定で、あまり良くな……──えっ?」
キサラギが言い終わる前に、突如周囲が濃い煙で覆われた。すぐ近くにいるジン、サツキ、キサラギの姿以外何も見えない。
──しまった。もうやってこないと思って油断していた。
「うわ、何だこれ、なんも見えねえ!」
「サツキ黙ってろ! ……ッ、カナメ!」
ジンがサツキの声を遮り、カナメの肩に手を置くと同時に斜め前を指差した。
「!!」
カナメはすぐにその方向へ盾を出した。間髪入れずにブーメランを弾く音が響く。
盾を消すために腕を下ろそうとした瞬間、ジンが両手を掴みそれを食い止めた。
「またさっきと同じ時間差の攻撃だ。芸のない奴らだな……。カナメ、そのまま防いでるんだぞ」
「え……?」
同時に、盾に重い衝撃が幾重にものしかかり、氷の弾ける手応えが続いた。
「ぅ……く……」
もう何度も衝撃を受け止めている。
ただでさえ盾で防ぐと悲鳴を上げる右腕が、骨の内側から震えて軋み始めた。
軋みに呼び起こされた恐怖が、殺した男と、血まみれた仲間の記憶を引きずり出す。
ここで腕を下ろしてしまったら、ここにいる四人が全員死んでしまう。
それだけは、絶対嫌だ。
気持ちだけで何とか堪える。
だがそれを見たジンが、カナメの腕を掴みながら、悪魔のように囁いた。
「……もう腕が震えてるじゃんかよ。……お前は嫌だと思うが、俺が敵陣に飛び込んで奴らを潰してくる。そうしないとお前が死ぬぞ」
……確かに、それが確実な方法かもしれない。
マリアなら、そう指示するかもしれない。
だけど、それはさせたくなかった。
ジンが帰ってこなくなることが嫌だった。
何か、何か他に方法を……。
何も思い浮かばず、腕の軋みが身体の限界を刻々と知らせてくる。
そんな中、一筋の光を差したのは、サツキの提案だった。
「なぁジン。お前、敵の方向がわかるのか? 俺はそこまで気配に敏感じゃないけど、場所さえ教えてくれれば、ここから撃って攻撃を止められるかもしれねえぞ。お前が単身飛び込むより、そっちの方が確実じゃないか?」
サツキの右腕が淡く光り、瞬く間に鉄となって銃に変形した。
「……ま、銃弾は殺傷力ないやつにするけどいいよな? 止めるだけなら十分だろ」
──そうだ。
今攻撃手段を持っているのは、ジンだけじゃないんだ。
「……そうしよう! ジン、ここにいて! このまま俺に盾の方向、サツキに攻撃方向の指示をして欲しい!」
ジンは一瞬納得していないような目でカナメを見たが、すぐに前を向き直し、静かに答えた。
「……わかった、お前が言うなら」
ジンはカナメから手を離すと、銃身となったサツキの右腕を持ち上げ、標準を合わせた。
「ここだ」
「サンキュ」
乾いた破裂音と同時に、サツキの右腕が火を吹いた。
チンピラの短いうめき声が届く。
盾を打ち付けていた氷の雨が止み、カナメはようやく腕を下ろした。
「ついでに煙幕担当も封じたい。もう一発いけるか?」
ジンは答えを聞く前に、サツキの右腕を別の方向へ動かし、ピタリと止めた。
「いいぜ。ここか?」
「ああ」
もう一発破裂音が轟いた。
「ギャッ!!」
短い悲鳴が聞こえた。
ほどなくして、煙が途切れたようにすっと空気に溶けて、一気に視界が広がった。
その先には、体を突っ伏し沈黙しているチンピラと煙幕の男がいた。
どこに命中したのかは分からないが、気絶しているようだった。
だが、女と火拳の男がいない……。
「後ろだ!」
ジンは叫び踵を返すと、すぐ近く目掛けて獣の脚を蹴り上げた。
脚の先には、火拳の男が宙に浮かされていた。
男の体はそのまま地面を跳ね、その場に落ちる。
サツキも振り向き、横にいた女へ一発弾丸を放つ。しかしその弾は、彼女の機械のような腕に弾かれてしまう。
「はん! 何よそのお仲間さん、攻撃力は点で弱いじゃないの! 警戒して損したわ!」
女は両手の指先を合わせ、両腕で大きなV字になるように構えた。
腕が光る。
両腕サイズのブーメランを飛ばしてくるつもりだ。
「へっ! そりゃ、警戒しといた方がよかったな!」
サツキは右腕をブンとひと振りすると、今度は全く違う形状の銃に変形した。銃の形をしてはいるが、不格好にゴツゴツしていて、おもちゃのように見えた。
サツキは迷わずそれを女に発砲する。
すると、女は甲高く長い悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。
女はその場でピクピクと痙攣し、そのまま動かなくなった。
その不自然な倒れ方に、カナメは慌ててサツキに振り向く。
「……さ、サツキ、今のは……? 死んでないよね……?」
「安心しろ、殺す威力はねえよ。スタンガンの銃バージョンと思ってくれ」
カナメはその答えに安心し、両腕の痛みを振り落とすようにぶらぶらと振った。
それを見たキサラギがカナメの両腕を優しく掴む。
「痛いのね? 待ってて」
「え?」
何をするのかを聞く間もなく、キサラギの手が淡く光る。腕の中に温かいものが流れ込み、痛みを、軋みを、うねりを鎮めた。
「疲れまでは癒せないけど、痛いのは治せるから。これで大丈夫かしら?」
カナメは両腕を交互に揉んで具合を確かめる。
痛みがすっかり消えた。しばらくは軋みも出なさそうだ。
「……うん、大丈夫。ありがとう」
「ふふ、良かったわ」
カナメは倒れている四人をゆっくりと見渡す。
四人とも全く動く気配がない。
最初はどうなるかと思ったが、何とか危機は切り抜けられたらしい。
「とりあえず、一段落ついたのかな……」
カナメは胸を撫で下ろし、ジンの背中を見つめた。
獣の脚。暴力的な言葉。
この姿になるたびに、ジンの中から人間味が消えてしまいそうな気がする。早く、元のジンの体に戻って欲しかった。
カナメはジンに近寄り、後ろから両腕を掴んだ。
「おかげで俺はもう大丈夫だよ。ありがとう」
どうしてそんな言葉を言ったのかはわからない。ただ、本当に「カナメ自身の危機が魔物化のトリガー」だと言うのなら、安心させてあげたかった。
「……ああ。そうみたいだな」
ジンが呟くと、途端に両脚が黒いモヤに包まれ、獣の脚が人間のものに戻る。やがてモヤが完全に霧散し、ジンの体が全ての支えを失ったようにフッと重くなった。
「……ジ、ジン……?」
ジンはその場で膝を折ったかと思うと、地面に手を着くこともなく、そのまま倒れた。
「ジン!」
「まぁ大変!」
「お、おい! 大丈夫か!?」
カナメ、キサラギ、サツキはジンの元で膝を着いた。キサラギがジンの背中に手を当て、再び手を淡く光らせる。
「……命に別状は無さそうだけれど、元々動けない体だったんだもの、相当無理したみたいね。今は魔物すらも眠っているようだわ……」
キサラギは光る手を、ジンの肩から足先までゆっくり往復させた。
「足だけは痛めてそうだから治せるけれど、この酷い疲労だけは眠って回復してもらわないとダメね……。あまり力になれなくてごめんなさい」
「……そっか……生きてるなら良かった……」
息をついたカナメの横で、サツキがジンを担ごうと、その脇に腕を滑らせた。
「そうと分かればホテルに連れてこうぜ」
カナメはサツキと一緒にジンの体を支える為、腰に手をかけようとした。
その時。
耳を劈くほどの甲高い音が、長く長く響き渡り、思わず耳を塞いだ。
──これは……サイレン……?
『警察だ! 大人しく投降しろ! ここは既に包囲されている!』
拡声器を通した男の声が、カナメたち全員に向けて放たれた。本能が肝を撫で、腹の底が冷えた。
「……え……警察……?」
カナメは周囲を見渡す。
いつの間にか、シールドを持った数十人の警察官が、倒れている敵四人を含め、この場の能力者全員を取り囲んでいた。
全く気づかなかった。
戦いが落ち着く今の今まで、身を潜めていたのだろうか。
「……おいおい、やべえんじゃねえのか……? 今立ってんの、俺ら三人だけだぞ……」
焦るサツキの言葉に答え合わせをするように、警察は拡声器に叫んだ。
『街中での連続した破壊音、銃声及び、超常現象による攻撃行為を確認している! お前たちを"災厄テロ"と認め逮捕する!』
──災厄テロ……!?
そんな呼ばれ方はしたこと無い。
だが、警察からの扱いは嫌でもわかった。
カナメは咄嗟に声を上げる。
「ま、待ってください! 俺たちは襲われただけで、テロを起こそうとした訳じゃ……!」
『無駄な抵抗はやめろ! 武器は下ろせ! でなければ問答無用で撃つ! これは警告だ!』
カナメの言葉も虚しく、周りの警察たちがシールドを持ちながら押し寄せてきた。
ジンは倒れて、逃げ道もない。
一体、どうすれば……。
「……!! いけないっ!!」
キサラギがいきなり悲鳴のような声を上げ、横に振り向いた。
その視線を辿った先には、いつの間に目覚めていたのか、身体を震わせたチンピラが、両手を広げて立ち上がっていた。
「……クソが! どうせ勝てねえんだ、てめぇら全員道連れにしてやる……ッ!」
離れているのに、その殺気立った目は間違いなくこちらを射抜いていた。
背筋が冷える。
「野郎、最悪なタイミングで起きやがった……!」
サツキは慌ててジンを再び地面に寝かす。
《奴は……無差別に攻撃する気だぞ!》
「無差別に攻撃!?」
エルナスの声に、カナメは思わず聞き返した。
それに連鎖するように、サツキも声を上げた。
「……何だって!?」
サツキは、すぐさま右腕を変形させる。先程女に撃ったものと同じ銃だった。
「早く奴を止め──イッ!!」
バキン! と金属が弾かれた音がした。
振り向くとサツキが銃身をだらりと下げて左手で押さえていた。
「どうしたの!?」
「いってぇ……警察の奴ら……マジで撃ってきやがった……」
そうしている間にも、警察は迫ってくる。
先頭の列はもうすぐそこだ。
チンピラの両手が青白い輝きを放った。
サツキは警察に構わず、もう一度チンピラへ銃を構えようとする。
「みなさん!! 来ないでください!!!」
キサラギは警察に向けて金切り声で叫ぶ。
だが、何もかも手遅れだった。
「一人でも多く地獄へ送って、まとめて組織への手土産にでもしてやるさ!!!」
チンピラの叫びに呼応して、トゲの天井にも思えるほどの大量の氷柱が、頭上を埋め尽くした。
「……ッ!! いや、全員俺から離れないで!!!」
カナメは咄嗟に叫ぶと、真上に盾を召喚した。
出来るだけ広く、一人でも多く助けられるように。全力で。
しかし、やはりと言うべきか、全員の頭上を覆うことは不可能だった。
自分たち四人と、近くまで寄ってきていた、先陣の警察官数人。
それがカナメの限度だった。
カナメは両腕に力を込めながらも、目を瞑ってしまった。この先の未来を、直視できなかった。
冷たく鋭い切っ先は、無情にも豪雨となって降り注ぎ、盾を、地面を、命すらも叩きつけ続けている。
「皆さん、ここから動かないでください!!」
キサラギは盾の真下に辿り着いた警察官に向かって叫んだ。警察官もこの事態を理解したのか、カナメたちを捉えようとする手を止める。
盾の屋根の外では、耳を塞ぎたくなるような断末魔が上がった。肉が裂ける音がした。血の匂いがした。
「くっそ……! 氷柱が邪魔で弾が当たんねえ!!」
横ではサツキがチンピラに向けて何発か発砲しているが、攻撃は止まない。
「当たるまで止めねえからな……!」
それでもサツキは何発も何発も銃を撃ち続け、ようやくチンピラから悲鳴が上がった。
命を刈り取る雨が止んだ。
カナメは無言で両手を下ろす。
静かだった。
音がなくて、耳が痛くなった。
「……そんな……酷い……」
「おい……盾の外、全滅かよ……。アイツ、本当に自分の仲間まで巻き込みやがったのか……?」
サツキとキサラギの声が、かろうじて聞こえる。
カナメはゆっくりと目を開き、静まりきった世界へと目を向けた。
見てしまった。間違いだった。
どこもかしこも、真紅の海だった。
なんなのか分からないものが、そこら中に浮かんでいた。
最初に守った数を数えた。
守れなかった数が牙をむいた。
そして、地獄のような光景が十分な程に脳裏に叩き込まれ──カナメの意識は、闇へと落ちた。




