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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第三章
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第90話 決意の中の綻び


 寂れた道の片隅で、カナメは膝を抱えていた。 


 もう、どれくらい歩いて、どれくらいここで座っているのか、自分でも分からない。

 ただ、ホテルからはだいぶ離れてしまったようだ。

 その代わり、だいぶ頭も冷えてきた。

 警報のように体を急かした鼓動も、既になりを潜めている。

 

 それでも、一度抱いてしまったモヤモヤとした気持ちは、砂時計のように、胸に落ちて溜まり続けていた。


 カナメは右腕を見つめる。

 

 盾で衝撃を受け止めるたびに、血の匂いを嗅ぐたびに、腕を伝って、人の命を奪った記憶が蘇ってくる。

 

 けれど誰も失いたくなくて、自分も戦うと決めた時から、その記憶はだんだんと足枷ではなくなっていった


 もちろん、今だって怖い。

 

 だがそのぐらい、みんなを守りたい、守らなきゃと思う力が強かった。


 ──しかし、その強い気持ちは、「自分の盾は全員を守れる」という前提のもとに成り立っていただけの、思い上がりだった。


 今日の、ジンとマリアがボロボロに傷付き、自分だけが立っていた有様を思い出す。

 挙句の果てに、鎌鼬の追撃はジンに庇われ続け、「自分が守る」という役目すらも全うできなかった。


 エルナスの言う通り、力の限界を思い知ってしまった。


 今回は運良くキサラギが見つけてくれたから助かっただけだ。

 次こそ自分の力不足のせいで、誰かが死ぬかもしれない。

 

 これはただの不安なんかじゃない。

 紛れもなく、誤魔化しようのない事実。

 

 それが分かってしまったからこそ、この恐怖を拭えなかった。押し殺せずにいた。 


「いた! カナメ!」


「……え?」


 急に遠くから聞こえた叫び声に、カナメは顔を上げた。


 街灯だけが頼りの暗がりで、僅かに人影が見えた。だが、顔が見えなくたって声でわかる。

 ジンだ。


 ジンは、ほとんど力の入っていないような脚で走ってきた。


 やがて顔が見えるほどの距離まで近づいた時には、ジンの脚はよろけ、息も絶え絶えで、カナメの隣に並ぶなりすぐに座り込んでしまった。


「だ……大丈夫……?」


「はぁ……はぁ……っ。良かった……追いつけて……」


 ジンの呼吸の荒らさが少し心配で、落ち着くまでしばらく待った。


 やがてジンが汗を拭い、肩の上下も収まった頃、カナメはふと、あることに気づいた。


「あれ、ジン一人? サツキは……?」


「サツキ……? あぁ、カナメを追いかけるって言ったら、"二人の方がいいだろ?"って部屋に残ったよ」


 ジンは脚を揉みながら答える。


「ねぇ……脚、痛いの?」


 カナメはジンの脚を指差した。

 数時間前は立ち上がれないほどに、鎌鼬でズタズタに斬られ、血まみれだった脚。

 守りきれなかった脚だ。


「いや、痛みはねえよ。疲れが酷くて力が入んねえってだけだ。ま、歩けるだけ御の字だよな。キサラギに感謝しねえと」


「そ……そうなんだ……良かった……」


 痛みはないという返事にほっとはしたものの、やはり戦いの時の傷がチラついてしまう。

 カナメは落ち込みを隠せず、深く息をついてしまった。


「……なぁ、何があったんだ? 魔物に何か言われでもしたか?」


 ジンの問いに、カナメは思わず唾を飲み込んでしまった。

 実際その通りだ。

 

 ただ、魔物のせいってわけじゃない。


 急に迫ってきた恐怖に耐えられなくて、飛び出してしまっただけ。自分が情けなかっただけ。


 答えられずにいると、ジンが優しい声色で話しかけてきた。

 

「……あのさ。もし魔物から変なこと言われても、あんま気にするなよ。お前は魔物に唆されてとかじゃなくて、自分の意思で俺たちのために戦ってくれてんだから。何言われたって関係ないって」


 ジンのその言葉に、胸を鷲掴みされそうになった。

 "俺たちのため"……その言葉が、頭を殴りつけた。


 ここにいるのは、"ジンたちの力になれなかった自分"だ。


「……違う……違うんだよ……」


 口から、苦い気持ちが勝手に漏れた。


「今日さ、俺は二人を守れなかった……。それでエルナスに、これが俺の限界だって言われたんだ。俺もそうだと思ったよ。次同じことが起きたら、今度こそ守れないかもしれないって……!」


 次第に声が大きくなり、気づけば、ジンの両肩を掴んでいた。

 きっと手には、物凄く力が入っている。


「……お、おい、どうしたんだよカナメ……落ち着けって……」


「今日だって、キサラギが来てくれなかったら、二人は死んでたんだ……! 守ることでしか力になれないって思ってたのに、それすらも満足にできないって分かっちゃって……!」


「落ち着けって! 今日は相手が悪すぎただけだ、お前が悪いわけじゃないだろ!」


 ジンの力強い声に気圧されて、カナメはジンの肩を掴むのを止めた。


 震える指先の行き場がなくて、腕を下ろしたまま、ただ拳を握りしめた。 


「わかってる……わかってるけど……!」


 瞼の裏には、血だらけのジンとマリアの姿。 


「……けど、いつか本当にみんなを失う未来が見えちゃって……それが急に怖くなって、飛び出してきちゃった……」


「……カナメ……」


 カナメは息を吐いて、拳を開く。


 ──……怖いからなんだ。

 

 怖いからと言ってエルナスの言う通り、戦いから身を引くなんて癪だ。そう思うぐらいのプライドはある。

 

 もう後戻りはできない。普通の生活になんて戻れるわけがない。

 そのつもりで、戦うと選んだはずだ。


 前に進んだと思ったら、ふとした事で後ろを向いてしまう。

 そんな自分の弱さに嫌気を抱きながら、ジンにはそう見せないように笑って見せた。


「……ごめん。自分で、戦いに足を踏み入れておいて言う話じゃなかったよね。なんか、色々考えちゃって、勢いで吐き出しちゃっただけ。……もう大丈夫だから」

 

 カナメは腰を持ち上げた。

 続けてジンも立ち上がろうとしたが、体が重いのか体勢を崩してしまった。

 カナメは慌てて手を伸ばし、ジンの体を引き上げる。


 ジンは、支えにするようにカナメの肩に手を置くと、そのまま真っ直ぐな目で、カナメを見据えた。


「……カナメ。俺は、お前が俺を守ってくれるから一緒にいるわけじゃないからな」


「……え……」


「え、じゃねえよ。友達だから一緒にいるに決まってんだろ。守るだけがお前じゃねえよ、そんなことで怖がんな」


 ジンの言葉に、頭が一瞬固まった。

 当たり前のことを言っているだけ、そんなジンの声色が、恐怖で埋め尽くされていた肺に隙間を作ったような気がした。


 カナメは大きく息を吸う。


「……ごめん……そうだよね、俺たち……」


 友達だよね。


 そう口にしようとした瞬間、ジンの小さく、しかし鋭く重い呟きで、言葉が遮られた。


「……グルザが……起きた……」


 そして、その言葉と同時にジンが急に頭を抑え、膝を折って呻き出した。


「ジ、ジン……!?」


 急いで顔を覗き込む。

 冷や汗が凄い。目を見開いて苦しそうだ。


「あ、頭……いて……」 


 息が荒い。何が起きたか分からないが、とにかく休ませなければ。


 カナメはジンの肩に手をかける。

 自信はないが、背中におぶろうと思った。

 だが、ジンは咄嗟にカナメの腕を掴み、息を荒くしたまま引き止めた。


「……今、知らない能力者の気配がして、グルザが起きたんだ……。一気に音が聞こえすぎて……頭が……」


 ジンはすぐに頭を振って、震える足でどうにか立ち上がった。


「そんなことより、能力者が四人、力を溜めながら真っ直ぐこっちに向かってきてる……多分敵だ……!」


「……て、敵……? よ、四人!?」


 突然の情報に混乱する。


 今から戦うということなのか。

 満身創痍のジンと、盾しか使えない自分。

 どうしたらいい。


「……い、急いで帰って、マリアたちを呼んで来なきゃ……」


「……そんな猶予は、ない……。すまねえな、気づくのが遅れて……」


 ジンは奥歯を噛み締めながら足をさすっている。

 

「……くそ……。迎え撃つにしても、今力を使ったら……地面蹴った瞬間足が砕けそうだ……。俺が前に出なきゃいけねえのに……」


 ジンの告白に、鼓動がドッ、ドッと、重い音を響かせた。


 助けを求められず四対二の戦い。

 ジンはほぼ戦闘不能。

 盾だって一方向しか守れない。しかも視界の邪魔までする。多人数を相手にするには不利すぎる。

 

 これって、手詰まりなのか……?


「……さっきまで自信なくしてたお前に頼むのも酷だとは思うけどよ……」


 ジンが、悔しさを噛み潰したような声で呟いた。


「……この距離なら多分、戦いが起きればマリアが気づくと思うんだ。それ頼りで、マリアが来てくれるまでカナメに耐え続けてもらう……それが一番だと思う」


「お、俺が……耐え続ける……」


 出来るのか?

 いや、やらない選択肢なんてない。

 でなければ二人とも死んでしまう。

 しかし、本当に持ちこたえられるのか……。


「戦えない代わりに……俺が、盾の位置を指示する……。頼めるか……?」


 ──やるしかない。


「……わかった。絶対、守るから……」


 カナメは自分に言い聞かせるように答える。

 そして、僅かな迷うすら振り払うように、すぐさま両腕に熱を込めた。


 

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