第87話 男たちの休息
これから一緒に旅をすることが決まったところで、カナメはマリアを、サツキはジンを背負ってシャッター街を出た。宿に向かうためだ。
二人とも一度は自力で歩こうとして、すぐによろけて体勢を崩してしまった。
傷や痛みはないものの、まだ体に力が入らないらしい。
正直カナメも体はだるかった。
よくよく考えたら、昨日まで五日間の避難所生活。そして今日も野宿明け。
銭湯で多少眠ったとはいえ、疲労が抜け切るはずもなかった。
だが、死にかけたジンとマリアを前にそんなことは言えない。カナメは今にも笑いそうな膝をなんとか奮い立たせ、先へ先へと進んだ。
キサラギの先導で歩き続けること三十分ほど。ようやくホテルが見えてきた。キサラギたちは、今朝までここに宿泊していたらしい。
既にチェックアウトしていたようだが、カナメが体を休めたいと申し出ると、キサラギは快く了承してくれた。
そして気がつけば、もう時刻は夕方前。
先程男三人と女二人で別れ、ホテルの部屋に入ったところだった。
「……あー、やば……」
ジンは三つ並んだベッドの内、真っ先に手前のベッドに倒れ込んだ。
戦闘の後にホテルで休養することが多いからか、もうお馴染みの光景に思えてしまった。
同時に、それだけジンに負担をかけているんだなという実感が胸を突く。
反対側では、サツキがベッドに腰掛けている。いつもならマリアがいるはずの場所だから、なんか変な気持ちだ。正直、ちょっと落ち着かなかった。
だが、落ち着かないのはサツキ同じようだった。肩身が狭そうに、視線を逸らしたまま考え込んでいる。
それが少し申し訳なくなって、カナメはサツキへ声をかけた。
「ごめんね。初対面なのにいきなり同じ部屋って気まずいよね」
サツキはハッとしてカナメを見た。
「あー……、違うんだ。別にあんたらと居るのが嫌とか、そんなんじゃねえんだ」
そしてそのまま、倒れているジンに視線を向けた。
「なあ。能力者の気配、探知できるっつってたよな。……それって、やろうと思えばすぐに見つけられるってことか?」
「……ん?俺か?」
ぼーっとしていたジンは一拍遅れてモゾモゾとベッドの上で向きを変えると、横になったまま答えた。
「余程遠くなきゃな。けど、マリアが出した条件の通り、今すぐはできねえな。会っても多分殺されるし」
その答えに、サツキは「……そうだよな」とため息をついた。落胆してるのかな、と思ったのも束の間、サツキは首を横に振り、意外にも安堵の表情を見せた。
「出来ないってハッキリ言われて、むしろよかったわ。姉ちゃんは違うかもしれねえけど、ぶっちゃけ俺はまだ、心の準備ができてねえからよ」
「ん? そうなのか?」
ジンが意外そうに声を上げ、サツキの顔を覗き込むようにまじまじと見た。
「俺たちと一緒に行くって決まった時、キサラギと違ってお前は納得してなさそうだったじゃん。だからてっきり、逆に早く探してくれって言うかと思ったんだけど」
ジンの指摘に、カナメは確かにと頷いた。
あの時、キサラギは嬉しそうにしていたが、サツキはそうじゃなかった。
サツキは「あれはさ」と、恥ずかしそうに頭を搔いた。
「……姉ちゃんってさ、大人しそうに見えて危機管理能力がバグってんだよ。必要ならどんなに危なくたって構わず首突っ込むんだ。だから今回だって、カヅキの手掛かりがあるかもってだけで突っ走ってる」
そして、力無くはぁぁ、と再びため息を吐きながら、サツキは続けた。
「……けどよ。俺は片割れが人殺してるかもって言われたら、まだちょっと会いたくねえなって気持ちの方が強いんだよ。もし見つかったら嬉しいけど、内心人違いだったらいいなとも思ってるわけ。……言ってることはわかるだろ?」
そう言ってサツキはもう一度頭を搔いた。仕方ないから言ってやったぞ、とでも言うように不服そうな顔をしながら。
かと思えば、一人何か思いついたように「あっ!」と声を上げ、両手を叩いた。
表情がコロコロ変わる人だな、とカナメは思った。
「てか話変わるけどさ。俺らの話ばっかりしてんじゃん。カナメたちの話も聞かせてくれよ。旅の目的はないとか言ってたけど、俺らと違って他人が三人集まってんだ。どんな集まりなんだ?」
「いや、ほんとに話変わるじゃん」
サツキの申し出に、ジンは呆れた声で突っ込んだ。カナメもどう答えようか困り、少し黙ってしまった。
どんな集まりも何も、大それた話はないし、本当に目的もない。
ただ、素性を何も話してないのは確かだ。
隠す事でもないし、ここは伝えるべきだろう。
しかし、カナメが話し始めようとした瞬間、ジンのかなり大きな欠伸が割り込んできた。
「ふぁぁ〜……。……ちょっとマジでごめん。なんか、急に限界きた。一旦寝かせて」
そして、誰かが返事するよりも先にさっさと布団に潜り込み、電池が切れたように一瞬で寝息を立て始めてしまった。
今の今まで、起きているだけでも無理をしていたのかもしれない。寝かせておいてあげよう。
サツキは呆気にとられたかのようにキョトンとしていたが、キサラギから聞いた酷い怪我だったという話を思い出したのか、あっさり自己完結していた。
カナメはそのまま気にせず、「大した話じゃないんだけど……」と前置きして、自分たちの話をすることにした。
「ジンとは親友で……最初に、二人で逃げるように地元を飛び出してきたんだ。それから、絶対に誰も殺さないって約束をして、マリアとも出会って、そのまま旅を続けてる。それだけだよ」
カナメの話を聞いていたサツキが、前のめりになった。
「……誰も殺さない、約束?」
サツキは目を丸くして聞き返してきた。やはり能力者にとって、こんな約束事は異端なんだろうな、と思う。
けれど、どんなに疑われようとも、この約束は絶対に揺るがせたくない。
「うん。俺たちは誰も殺さないし、殺させない。殺しそうになったらお互いが止める。そんな約束をしてるんだ」
カナメの言葉を聞いて、サツキは僅かに目を細め、どこか安堵したように笑った。
「……それ、いいな。真似させてくれよ。もし本当にカヅキが悪行働いてんだとしたら、アイツにも教えてやりてえや」
今度は、カナメの方がびっくりした。こんなすぐに受け入れてくれると思っていなかった。
同時に、サツキたちを信じたのは正解だったと思い、嬉しくもなった。
彼らは間違いなく、分かり合える能力者なのだと確信した。
「もちろん、いいよ」
双子の兄が、いや、黒タトゥーの能力者が見つかるまでの、一時的な協力体制だとは分かってはいる。
けれど、いつか本当の仲間になってくれたらいいな、とも願わずにもいられなかった。




