第86話 傷だらけの同盟
カナメは改めてもう一度、襲撃された時の話を詳しくすることにした。
襲ってきた能力者は三人組だったこと。その中でもカヅキと思われる能力者が一番脅威で、実際に殺されかけたこと。両手の甲にタトゥーが入っていて、組織ぐるみの可能性があること。空を飛んでいて、手も足も出なかったこと。
同じ話でも、身内の話だと分かってから聞くのでは受け取り方が違うのだろう。キサラギは特に神妙な面持ちになっていた。
「……そいつが本当にカヅキだったとして……アイツが人殺すほど怪我させるとは思えねえよ……。実は手加減してましたとかねえのか?」
疑いの気持ちが晴れないサツキの言葉に答えたのは、カナメではなくキサラギだった。
「私、この人たちの気配が消えそうだと思って、ここまで急いできたの。見ただけで重傷だとわかるほど血だらけだったわ」
サツキはその言葉に、悔しそうにため息をついた。それは、言葉にしきれない「分かりたくない」という拒絶に聞こえた。
「……もう一つ言っておくと」
「えっ?」
カナメは驚いて、声のした真後ろを振り向く。
ジンが体をズルズルと引きずりながら、いつの間にかカナメのすぐ近くまで来ていた。
「多分、兄貴さんがその三人組のリーダー格だ。三人とも一言も喋ってはいなかったが、手振りで指示をしていたのは真ん中にいた兄貴さんだった」
若干掠れた声で紡がれたジンの言葉は、姉弟に誤解の余地を望むことすら許されないと突きつけているに等しかった。
サツキは何か言いかけたが、結局声にならず唇を噛んだ。キサラギの指先が、膝の上で小さく震えている。
二人の言葉がなかなか返ってこないと分かると、ジンは見るからに重そうな体で、その場にどっかりと腰を落とした。
「ジン……大丈夫……?」
ジンは辛そうな顔をしつつも、カナメの肩に腕を回して体を支え、力なく笑った。
「なんとかな……。それに、疲れ切ってんのかグルザが出て来なさそうなんだ。今の内に喋っとこうと思ってな」
「魔物も疲れるとかあるんだ……」
「俺も初めて知ったわ。今寝てる」
意外な話に呆気にとられてしまった。
慌てて気を取り直し、キサラギたちの方を向く。
「ごめん、そっちのけで。二人も大丈夫?」
キサラギはハッと我に返って答えた。
「あっ、こちらこそごめんなさい。カヅキはリーダーなんて絶対しない子だから、驚いてしまったの」
そして、悲しそうに眉を下げて続けた。
「例の能力者の話は、カヅキのことだと思って聞いてはいるの。でも……私たちにしか分からない話だとは思うけれど、何もかもがまるで別人みたいで……」
「……それが本当に引っかかるんだよな。これまでリーダーどころか、人に指示したことだって一度もないんじゃないか?」
キサラギの言葉に、サツキも同調する。
「……なあ、他にそいつの特徴とかって……わかるわけ、ねえよな……。一言も喋ってねえって話だし……」
サツキは一瞬だけ瞳に光を宿したものの、すぐに自己完結したらしく、ため息と同時に彼の顔色は諦観へと変わった。
悔しさと、葛藤と、混乱をごちゃ混ぜにして噛み潰したかのような思い詰めた表情に、カナメは言葉を失った。
そんな彼を見かねたのか、カナメに代わってジンが口を開いた。
「兄貴さんのことはよく知らないけど……その能力者の気配なら探せるぞ」
ジンの言葉に、サツキは跳ね上がる勢いで顔を上げた。
「……本当か?」
ジンは頷いて続ける。
「俺は、人より気配に敏感なんだ。結構遠くからでも力自体は探知できるし、一回出会った能力者であれば、近寄らなくても誰の気配かすぐ判別できる。特にさっきの能力者の印象は強烈だったから、ハッキリ覚えてる」
「……ジン、お前もか」
不意に、呆れたような声でマリアが割り込んできた。彼女も重そうな体でゆっくりカナメとジンに近付いてくる。
「今の発言の意味、分かっているんだろうな?」
ジンは一瞬だけカナメに視線を向けると、ニヤッとしてマリアを見た。
「だって、この後カナメがどうしたいかなんて一目瞭然じゃん。それにお前だって、"最初は信じなかったけど今は仲間です"なんて思い出話された後だぜ。自分のこと棚に上げてこの二人拒むなんて出来ないよな?」
マリアはジンを一瞥すると、答えの代わりにため息だけをついて、元座っていた場所まで戻って行った。少なくとも、その態度が拒絶の意ではないことはわかった。
「い、今のは……怒ってんのか……?」
安心したカナメとは裏腹に、サツキが少し怯えたような小さな声で聞いてきた。
その様子にカナメは少しだけ笑ってしまった。
「反対してこないってことは、多分大丈夫だよ。本当にダメだったらもっと突っぱねてくる」
カナメの言葉に便乗してジンも笑った。
「怒るともっと分かりやすいしな。あれは怒ってる内に入んねえよ」
「そ、そうか……」
サツキはおずおずと引き下がった。
そして入れ替わりに、キサラギが口を開く。
「……あの、さっきの、能力者の気配がわかるって話に戻ってもいいかしら……?」
カナメとジンは同時にキサラギの方を向いた。
キサラギの目を見た瞬間、カナメは気圧されてしまった。
強い意志を持った瞳が、真っ直ぐにカナメたちを突き刺していた。
「……迷惑だとは思うけれど……弟を……カヅキを、一緒に探して欲しいの……」
彼女の言葉に、サツキも姿勢を正した。
カナメはジンを見る。
ジンは頷いた。
そのつもりだったから、気配が分かるという話を出してくれたんだろう。
カナメは最後にマリアにも目を向けた。
マリアはその場から動かなかったが、予め決めていたかのように、ハッキリとした声ですぐに返してきた。
「お前たちがそれでいいなら構わない。ただし、条件を三つ出す。奴らとの戦力差が明らかに著しい内は追わない。例の能力者が万が一弟じゃなくても、それ以上の探索は約束しない。裏切ろうものなら命の保証はしない。以上だ」
マリアは一息に告げると、早く話を進めるよう顎で姉弟を指した。
どれだけ相手が善性の人だったとしても、初対面の能力者であることには変わりない。
マリアの提示したこの条件は、落とし所として一番いいところなのだろう。
カナメは、マリアに拒絶されなかったことにほっと息をつき、改めてキサラギたちに向き直った。
「ごめんね。こんな条件で良ければ」
キサラギは表情を緩ませ、カナメたち三人を順番に見た後、嬉しそうに微笑み深く頭を下げた。
「ありがとう。私たちも絶対、あなたたちに損な思いはさせないわ」
そのキサラギを見て、サツキもグッと両手を握り、首だけを下げた。
「……っ。……頼む」
そう言うサツキの言葉は、どこか歯切れが悪い。本心を押し殺して絞り出したような声だ。
キサラギもその様子が気になったのか、頭を上げてサツキの膝を揺すった。
「サツキ……?」
「いや……」
サツキは俯いたまま首を振った。
「……これが、ようやく見つけた……カヅキの手掛かりなんだよな……」
その表情は見えないが、まだ信じたくないような、この先の未来に怯えているような、それでも無理矢理自分に言い聞かせようとする、悲痛の声なのは明らかだった。




