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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第三章
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第85話 信念の橋渡し


 ジンとマリアがまだ動けない上に、このシャッター街は人通りがない。話をするには都合がよかった。

 カナメたちは、引き続き同じ場所で情報を交換することになった。

 

 本当ならマリアにも話をして欲しかったのだが、やはり体力的に辛いようで、二人が回復するまでの間はカナメが一人で受け答えせざるを得なかった。

 

「改めて、俺はカナメ。こっちの二人はジンとマリア。旅の目的自体は特になくて、生き延びるために色んなところを転々としてる感じかな」


「……俺はサツキだ。姉ちゃんが言ってた通り、俺の双子の兄貴──カヅキを探して旅してる」


 サツキは片膝を立てたまま座り、ぶっきらぼうに答える。その姿勢からは明らかに「信用していない」という意思が見て取れた。

 

 だが、それは後ろにいるジンとマリアも同じだ。

 結局、「お互い善人かも」と思っているのは、カナメとキサラギだけのようだ。


 それにしても見れば見るほど、彼は黒ダイヤのタトゥーの男にそっくりだった。

 顔はもちろん、背も同様に180センチは超えているであろう長身、スポーツ慣れしていそうな恵まれた体格まで同じ。

 

 強いて違いを挙げるなら、手の甲のタトゥーの有無と、表情だろうか。

 黒ダイヤの男には終始表情がなく、一言も発さなかった一方で、サツキは全く感情を隠さない。無表情で黙られたら、きっと見分けがつかない。


「……何まじまじ見てんだよ」


 サツキが眉をひそめながら、嫌そうに言い放った。カナメは慌てて答える。


「ご、ごめん! ほ、本当にそっくりだったから……その、さっき戦った能力者と……」


「ねぇ……念の為に、確認したいのだけれど……」


 キサラギは、言いにくそうに口を開いた。


「……あなたたち、本当に血だらけで死んでしまいそうだったじゃない……? それは、その、サツキにそっくりな能力者にやられた、ってことでいいのよね……?」


 カナメは頷いた。

 それを見たサツキは額に手を当て、ため息をつく。その横ではキサラギが悲しそうに俯いていた。二人とも、この先はあまり詳しく聞きたくなさそうな顔をしていた。

  

 探していた肉親が知らない内に人を殺そうとしていたと知ったら、ショックを受けるのも無理ないだろうな。と、カナメは同情した。


「それで……どうして、あなたたちはその能力者と戦うことになったのかしら……?」


 キサラギが俯いた視線をカナメに戻し、話を続けた。

 よく見ると、膝の上の拳は強く握られ、瞳は真っ直ぐなのにどこか揺れている。


 正直に答えなければ、不誠実だと思ってしまった。

 

「……それは分からない。俺たちも、急に襲われたんだ。とにかく人気のない場所に逃げて応戦したんだけど、手も足も出なくて、結局命からがら逃げてきたんだ」


「……カヅキがそんなことするもんかよ」


 すかさず放たれたサツキの否定に、カナメの言葉は遮られた。


「……姉ちゃん、もう話聞くの止めておこうぜ。アイツが理由なく誰かを襲ったり、ましてや人殺そうとまでするなんて信じらんねえよ。きっと勘違いか、最悪俺たちを騙そうとしてんだ」


「いいえ。この人たちは、私たちがカヅキの話を出す前から、あなたとそっくりな能力者の話をしているのよ。説明がつかないわ」


 カナメの胸はズキリと痛んだ。

 自分の説明で、この姉弟の心を抉ってしまっているのだと、無理にでも実感させられた。

 

 だが、嘘もついていないし、勘違いでもないと断言出来る。なんせ、敵の中で一番注意深く見ていた相手だったからだ。


「どう話したら、俺たちの話を信用してもらえるかな……?」


「カナメ」


 背後からマリアの声が飛んできた。


「……元はと言えば、私たちは見ず知らずの能力者に善意で情報を与えている側だ。そいつらが信じなくても私たちの知った話ではないし、疑ってくるならこれ以上話してやる義理もない」


「ま、待って! ごめんなさい!」


 サツキより先に、キサラギがすぐに頭を下げた。


「……その通りだわ。不快に思ったなら謝ります。でも……」


 頭を下げたまま、キサラギは続ける。


「あなたたちが、ようやく見つけた弟の手掛かりなの……。お願いします。教えてください」


「えっ!? あ、いやごめんその……ちょっと……そこまで……」


 痛々しいほどの彼女の謝罪と願いに、逆にカナメも胸が苦しくなってしまった。

 

 彼女たちを追い詰めたい訳じゃない。そう思ってジンとマリアを振り返る。

 

 ジンはまだぐったりとしていて、警戒している以上の感情はわからないが、マリアは明らかに敵意のこもった鋭い目をサツキに向けていた。

 

 視線は自分に向いていないはずなのに、カナメ自身も「甘い」「もっと警戒しろ」と怒られているような気がしてしまった。


 カナメは一度深呼吸をして、キサラギとサツキに向き直る。

 キサラギはまだ頭を下げ、サツキはバツが悪そうな顔をしていた。


 大丈夫。絶対、悪い人じゃない。


「頭、上げて欲しいな」


 キサラギは、ゆっくりと頭を持ち上げる。

 カナメはそのまま、自分の気持ちを正直に伝えた。


「俺自身は二人のことを信じたいと思ってるから、心配しなくても大丈夫だよ」


 しかし、サツキは疑り深い顔で、カナメを睨みつけた。


「……俺たちがお前の話を信じるならまだしも、なんでお前が俺たちを信じようとしてんだ? 俺たちに都合のいいことばかり言って、油断させるための罠に聞こえる」


「サツキ!」


 キサラギがサツキを咎めた。

 だがその彼の疑問は、カナメの胸に落ちて残った。


「なんで、か……」

 

 信じたいと思ったから、その気持ちに嘘をつきたくないだけだ。正直、そこに意味なんて求めていない。


 そこまで考えて、とある一つの思い出が脳裏に蘇ってきた。痛烈に、鮮明に。

 そして、何もかもが腑に落ちてしまった。


 ──……ああ、そうか。だから俺は、たとえ能力者でも、その人自身を信じたいって思うんだ。


 カナメはその思い出を、ゆっくりと語り始めた。


「……俺は前にも、相手に全然信用されてないのに、一方的に俺だけがその人を信じたことがあるんだ」


 それはカナメにとって、大事な大事な記憶だった。


「勿論反対されたけど、俺は信じるのを止めたくなかった。なんとなく悪い人じゃないとは思ってたし、何より、どこか苦しんでるように見えたんだ。俺に出来ることがあるなら手助けしたいって思った」


「……何の話だよ?」


 サツキは怪訝そうに言葉を挟んだが、カナメは一瞬だけ苦笑いしただけで、言葉を止めなかった。胸の内を、彼に分かって欲しかった。


「結果、それは正解だったよ。その人は俺たちのことを信じてくれるようになったし、本当に頼もしくて、凄く良い人だった。……後ろのマリアって人なんだけどさ」


 そう言った瞬間、後ろでわざとらしい咳払いがした気がした。

 あとのことがちょっと怖くて、聞こえないフリをした。


「……見ず知らずの能力者だからって、一切信じないっていうのは、やっぱり悲しいって思うんだ。だって、力があるだけで、中身は普通の人間のままじゃん。良い人まで疑いたくない。それだけだよ」


 それがカナメの、揺るがない本心だった。


 二人はどう思っただろうか。


 カナメは、偉そうなこと言っちゃったなと思いながら、姉弟の反応を見た。


 キサラギは嬉しそうに微笑み、胸に手を当てていた。

 サツキは困った顔で唇を噛んだり少し目を泳がせてから何度かキサラギを見ている。そうしている内にやがて諦めたように、立てていた片膝を崩しあぐらをかいた。

 

「……なんか、姉ちゃんみてえな考え方だな。……確かに、情報貰ってる身で偉そうなこと言って悪かったよ」


 そうポツリと呟き、カナメを、そしてジンとマリアを見た。


「俺の知ってるカヅキは、図体デカくて喧嘩は俺より強い癖に、争いごとは全然好きじゃないし、人見知りで厄介事からはすぐ隠れるぐらいメンタルも強くないんだ。……だから、お前の話がカヅキと結びつかなかったし……結びつけたくもなかった」


 そして先程のキサラギのように、いや、キサラギよりは浅いが、一度だけゆっくり頭を下げた。


「今だって信じてないさ。けど、少なくともお前自身を疑いの目で見るのは、俺も止める。……姉ちゃんはなんか、とっくにそうみたいだしな」


 サツキの言葉に、カナメは嬉しくなった。

 思いが通じた、と思った。


 カナメは、胸を弾ませてもう一度振り返り、背後の二人に親指を突き出して見せる。

 

 ジンは、カナメの思い出話に「そんなこともあったな」と意味ありげな笑みを浮かべると、それをマリアに向けていた。

 マリアはというと、無表情で全く感情が読めない。ちょっと怖い。とりあえず、許してとばかりに彼女に両手だけ合わせ、姉弟に視線を戻した。


 最初は肌を刺していたような空気も、いつの間にか和らいでいる。

 完全に警戒が解けたわけではないかもしれないが、それでも、少なくとも今この場は戦いにならずに済みそうだ。

 それはきっと間違いない。


 サツキが顔を上げ、話を続けて欲しいと告げる。

 カナメは「もちろん」と、胸を叩いた。

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