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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第三章
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第81話 リセット


 太陽が登った。 

 日に当たって空気に滲んだコンクリートの匂いに鼻をくすぐられる。

 

 日差しが瞼の間をすり抜け、カナメは朝日に叩き起された。眠たい目を擦りながら、アルミの寝袋から這い出てみる。


 ──ここ、どこだろう……。


 それが最初の感想だった。


 辺りを見渡すと、柵に囲まれているだだっ広い土地の中に、カナメたちはいた。

 辺りには壊れた資材が点々と転がっており、柵の外では横長の建物がボロボロに崩れている。


「工場か何かの資材置き場のようだな」


 突然の声に驚き振り向くと、既に寝袋を片付け終わったマリアが、髪や身体をシートで拭いていた。その隣ではまだ、ジンがぐっすり眠っている。


「お、おはようマリア……。俺たち、こんな所で寝てたんだね……」


 昨夜は長い時間、マリアが持っていた懐中電灯とジンの聴覚だけを頼りに、暗く見えない道を歩き続けていた。その先でたまたま開けた土地を見つけ、すぐさま寝床として決めたのだった。

 だから、どこで寝ているのかまでは分かっていなかった。


「ふぁぁ……今日こそはお風呂入りたいね」


「ジンの道案内が正確なら、そう遅くならない内に着くだろう。とりあえず起こしておけ」


 マリアはそうカナメに指示をすると──なんと髪を後ろで束ね、そのままくくり出した。


「えっ、髪結ぶの!?」


 予想外の仕草に、カナメはマリアを凝視してしまう。

  

 後頭部には大きめのお団子が現れ、長髪で隠れていたうなじが初めて姿を見せた。

 普段は黒が似合うようなクールな女性のイメージだが、髪型が違うだけでスポーティというか、いつもと違う軽やかな雰囲気に様変わりしていた。

 

「さすがに汚れが目立つからな。……なんだ、ジロジロ見るな」


「……あ、ああ、ごめんっ! ふ、雰囲気が違いすぎてつい、び、びっくりしちゃって……!」


 カナメは慌てて両手をブンブン振り弁明した。

 確かにちょっと見すぎていた気がする。邪な気持ちはこれっぽちもない。珍しかったから。本当にそれだけだ。

 

 カナメは気恥しさを誤魔化すように、マリアの横を通り抜け、爆睡中のジンの肩を叩いた。


「ジン、朝だよー。お風呂連れてって」


「……あ? ふろ……?」


 ジンはアルミの寝袋から顔を出したまま、のそのそと重そうに体を起こした。


「……あぁ、朝か。おはよ」


「おはようジン。早く片付けて先進んじゃお」


「あいよ……って、うわっ!? えっ!? マリアが、髪結んでる!?」


 ジンはマリアを見た途端に目をまん丸にして、寝袋を脱ぎ捨てた。この一瞬で目が覚めたらしい。


「……二人してなんだ。いいから早く片せ、すぐ行くぞ」 


「はーい」 


 カナメもジンは各々の寝具を手に取ると、何の苦労なくあっという間にリュックに収めた。もう何度か野宿をしてきた賜物か、だいぶ慣れたものだ。


「ジン、道分かりそう?」


「大丈夫だろ。昨日も案内された通りに歩いてきたはずだし、もうそんなに遠くないと思う」


 そう言ってジンはリュックを背負うと、一回だけぐるりと周囲を見渡し、すぐに歩き始めた。

 

 案内された道順は相当分かりやすかったようで、ジンは街で貰ったメモを片手にすいすいと歩を進めている。

 

 そんな彼の背中を追いながらしばらく歩いていると、急にジンが立ち止まり、道の先を指差した。


「お、あれじゃないか?」


 カナメはその指の先を目を薄めながら辿って見る。よく見ると建物の影から、風呂桶のオブジェが乗っている、見るからに銭湯の屋根が見えた。 


「絶対そうだよ! お昼前に着いてよかった! ゆっくりお風呂浸かってご飯食べよ!」


「もう大賛成。さすがに疲れたぜ……」


 カナメたちは一切の迷いもなく、目的の建物へと向かった。

 

 *


 建物を見つけてから辿り着くまで、さほど時間はかからなかった。

 入浴料の支払いを済ませ、すぐに男女別れて行動することになった。

 

 マリアは、いつもよりも入浴に時間をかけたいらしい。髪を乾かすのと合わせたら結構遅くなると言っていた。

 カナメとジンは風呂から出次第、先に昼食を取ろうという話になった。食べ終わったら、施設内の休憩スペースで彼女を待つつもりだ。


 カナメは早く風呂に向かいたくて、更衣室の扉に手をかける。

 

 だが、同じタイミングで、ジンがピタリと足を止めた。 


「……?」


「ジン、どうしたの?何かあった?」


 しかしジンは首を捻って、「いや」と苦笑いした。


「一瞬何か感じたような気がしてさ。でも今はなんもないし、多分気のせいだわ。……ほら、揺れてねえのに地震来たみたいに感じる的なやつ」


「あー、わかる。あるよね」


 二人は日常の顔に戻り、更衣室の中に入っていった。


 室内を包む檜の香りと、扉越しに聞こえてくるお湯の流れる音だけで、少し癒されるような気さえした。

 

 それでもう癒されるだなんておかしな話だ。

 それほど、この五日間の疲れが全身を埋め尽くしているのだと思う。

 

 普段は長風呂なんてしないが、今日ばかりは、いつもよりもゆっくりと汗を流したくなった。


 

 

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