第80話 俺と皆とこれまでの五日間 〜最終日〜
五日目の仕事も難なく終えた。
今手元にある最後の夕飯を食べ終えたら、この街から出発する。
日が傾いているというのにこれから街を出ていくのか、とカナメは漏らしてしまった。だが、「仕事を終えた人間が、限られた寝床を占領するわけにもいかない」とマリアに説かれ、それもそうかと納得し、カレーを口いっぱいにかき込んだ。
食べ終えたカナメは、五日間過ごした街を、その場から隅々まで見渡した。
一緒に働いて、一緒に寝食を共にした人たちがいる。短い間のはずなのに、それでもここを出るのが名残惜しくすら思える。
本当に、必死に生きる為の活気に溢れた、明るくて、いい人ばかりの街だった。
ふと背後に、シュウイチの背中を見つけた。
彼はこちらには気づかず、仕事仲間と食事をしている。能力者だとわかっていても、その姿は他の人たちと何一つ変わらない。
「……シュウイチさんにも、一緒に来て欲しかったなあ」
「仕方ねえだろ。家族いるんじゃ、無理に頼む訳にもいかねえし」
仕事終わり、カナメはシュウイチに、一緒に旅をしないかと持ちかけていた。
戦わない能力者に出会えたのが嬉しくて、もっと話を聞きたいとも思ったのだが、「家に妻子を残しているから」と断られてしまった。
今復興支援に来ている理由は、ニュースを見て苦しい顔をしていた時に、奥さんが「思い切って支援活動やってみたら?」と背中を押してくれたかららしい。
能力者だから責任感を覚えたのだろうか。本当に真面目な人なんだなと思う。
そんな思い出に浸っているうちに、食事の時間も終わりを迎えた。
そしていよいよ、この避難所生活に別れを告げる時間だ。
三人は日雇いの担当者の元へ向かい、日程通り業務を終えたことを報告すると、報酬の封筒を受け取った。
「五日間、ありがとうございました。いつでも歓迎します。また機会があればよろしくお願いしますね」
そんなにこやかな職員の言葉で、本当に終わってしまったんだという実感が湧いた。
無意識に、両手で封筒を握りしめた。
あっという間の五日間だった。
色々なことはあったけれど、得るものも大きかった気がする。
「俺さー、銭湯行きてえんだけどどうよ?」
「えっ! 俺も!」
おもむろにジンが声を上げ、カナメはほぼ反射で反応した。
避難所には綺麗な水がなかったから、まともにお風呂に入れていない。この五日間、体はずっと除菌シートで拭いていた。
肌には、シートでは取り切れていない汚れがたくさん張り付いている気がする。
「実は最後の仕事終わった時、他の作業員から、離れたところだけど銭湯あるって聞いて、道順書いたメモまで貰ったんだよ」
「えっ、ほんと!? いいね、行こうよ!」
もうすっかり疲れが溜まってしまっている。
出来ればホテルのユニットバスじゃなくて、大浴場でゆっくりしたい。
そんな他愛ない会話をしていると、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。
「兄ちゃーん!!」
どこまでも通っていくんじゃないかと思うぐらい真っ直ぐな叫び声に驚き振り返ると、そこにはコウスケとナオコ、そして初めて見る女性が立っていた。
コウスケは凸凹で歩きにくい足元をものともせず、ダッシュでジンに駆け寄った。
「なんだ、見送りか?」
「わりいかよ!」
ジンは苦笑いしながら、威勢のいいコウスケの頭を、わしゃわしゃと雑に撫でる。
そのやり取りを微笑ましく見ていると、コウスケに続くように後ろからナオコと、知らない女性も歩いて近づいてきた。
「兄ちゃん、あのな! ナオコさんの所にもう一人来ることになったんだ! 俺、独りじゃないんだって!」
「……? そうなのか?」
どういうことか分からず、カナメとジンは目を見合わせる。てっきりコウスケ一人を引き取るものだと思っていた。
そんな二人を見て困ったように、女性は恐る恐る口開いた。
「あの……わ、私……マリアさんには、良くしていただいて……」
「マリアに!?」
食い気味に驚く声を上げたのはジンだった。
コウスケそっちのけで、シオリに意識を向ける。
「嫌な思いしませんでしたか!? すみません、ほんとこいつ人のこと何にも考えないで、ズカズカと物言ってくるんですよ! 怖くなかったですか!?」
「あ、いえ……そんな……」
「おい」
マリアの冷たい重い声と鋭い目がジンを襲い、蛇に睨まれた蛙のようにジンの体は固まった。
そうなるに決まってるじゃん。
何とも言えない沈黙が漂う。
すると突然、ナオコが気を遣うように「あ、そ、そうだわ!」と話し始めた。
「紹介するわね、シオリちゃんよ。昨日夜ご飯食べてる時に、マリアちゃんが紹介してくれてね。それで、この子も一緒に引き取ることになったの」
「えっ、マリアが?」
今度はカナメが声を上げた。
そういえば昨日ご飯食べてる時に、マリアがナオコさんを連れ出していたことを思い出す。
「そっか、あの時……」
マリアが言っていた「お願い」と言うのは、彼女のことだったのか、と腑に落ちた。
「……私、まだマリアさんにお礼を言ってなかったので……今日が最後だって聞いたから、追いかけてきたんです」
「必要ない。運が良かっただけだ。お前を助けようとして動いたわけじゃない」
ぶっきらぼうで冷たい返事だな。
そう思っていると、シオリはマリアの右手を、両手でしっかりと握った。
「……私、マリアさんに言われたこと、一晩ずっと考えたんです。自分のした事もちゃんと受け止めて、その上で、しっかり前を向いて生きようと、そう思いました」
シオリの言葉を聞いて、ジンは興味津々でマリアの顔を覗き込もうとした。
「……へぇ? マリア、いつの間にそんなことしてたんだ。どんな話?」
「よしてくれ。大それたことはしていない」
マリアは淡々と答えた。
彼女の目を見返すこともなく、手を握り返すこともなく。
シオリはそんなマリアに、にこやかに返した。
「いいえ、言わせてください。マリアさんのお陰で、大事なことに気づけました。新しい家族もできました。私、一生忘れません。ありがとうございました」
「……大袈裟だ。礼を言うなら、私じゃない」
マリアはそシオリの両手からするりと右手を引き、ナオコを指すと、すぐに体の向きを変えた。
「日も落ちる。もうそろそろ、ここを離れないといけない」
「……あっ、引き止めちゃってすみません……!」
シオリは慌てて一歩下がり、それに習ってコウスケもジンから離れた。
「コウスケ、元気でな」
「兄ちゃんもな!」
力いっぱい手を振るコウスケ、頭を下げるシオリ、それを微笑ましく見るナオコにお礼を告げ、カナメたち三人は踵を返した。
三人とも、それぞれ出会いがあったんだ。
歩きながら、カナメは時折後ろを振り返る。
暗がりが広がり、ナオコたちの姿はすぐに見えなくなった。
──……本当にこの街ともお別れか。
色んなことがあったけど、みんな優しくて、本当にいい街だったな。




