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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第一章
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第8話 拝啓。未来の俺たちへ


 ──どこまで来たのか、全く検討がつかない。


 湿った空気が息苦しくも思える人気の無い路地裏で、ジンは荒い呼吸を整えていた。


「だ、大丈夫…?」


「……はー……はー……。わ、悪い……ちょっと、無理した……」


 ジンはそう笑ってみせてはいるが、声は明らかに疲労で掠れていた。

 カナメを下ろしてから、ジンは手を地に着け、なんとか身体を支えている。ずっと全速力で走っていたのだろう、体力も限界のようだ。


「……でも、ちゃんと撒いてやったぜ……。途中まで追ってきてたから……だいぶ焦ったけど……」


 腑に落ちた。だからこんな遠くまで走ってきたのか。だいぶ長く走るなとは思ったのだ。


 ジンは呼吸を落ち着けながらも、言葉を続ける。


「……もしかしたらさ、今まで気配消してた俺とカナメがいたから、戦うためにあの町まで来てた能力者は皆、気配に敏感な奴なのかもしれないな……」


「凄いやジン、そんなことまで分かるんだ?」


「とか言っちゃって。全部魔物の受け売りだ」


 ジンはゆっくり息を吐き、その場に座り込んでしまった。全身に力が入っていないのは外から見ても明らかだった。


「そんなガクガクになるまで走ってくれてありがとうね、助かったよ」


「気にすんな、むしろ俺にはこれぐらいしかできねぇんだ」 


「……ううん。きっと俺だけだったら、何もわからないままやられてたよ。ありがとう」


「へへっ、そう言って貰えるなら無茶した甲斐あったぜ……」


 カナメは、ジンのぎこちない笑顔を見て、胸がキュッと締め付けられた。

 これからも、いつもこの笑顔に守られないと生きていけないのかもしれない。


 初めて力を使って、まだたった二日間。

 されどこの二日間は、自分を嫌いになるには十分すぎた。


 多分、ずっと自分は無力で、弱虫のまま一生を終えるような気がする。 

 

 意識の外で指先を震わせながら、カナメは口を開く。


「……俺、その、能力者に襲われるとかまだよく分かんなくてさ。一回襲われたのも、訳が分からないまま終わっちゃったし……だから、いざとなってもちゃんとジンほど上手く動き回れるかどうか……」


 自分の震えた声にハッとして、馬鹿馬鹿しくなった。──言い訳だ。

 カナメはそれを振り払うように小さく首を横に振った。


「ううん……正直言うと、力使うの自体……ちょっと怖い」


「まぁ、そりゃあ、事故に巻き込まれちまったら無理ねえよな……」


 ジンの声は優しいけれど、真剣な重みを帯びていた。カナメは思わず、自分を射抜くように向けられた、彼のまっすぐな瞳に息を呑む。


「ごめん。普通に考えたら、盾を使える俺がジンを守る役割のはずだよね……でも、本当に自信がないんだ……」


 カナメは堪らず俯く。

 その答えを受けたジンは、フラフラとした足取りでカナメに近寄り、そのままカナメの右手を握る。

 

 ジンがどんな顔をしているのか、覗き込む勇気はなかった。


「わかった、約束しようぜ。お互い、誰も殺さないし殺させない。お前がやらかしそうなら俺が担いで逃げる。俺がやらかしそうになったら、盾でも何でも使って俺を止めてもらう。これでお互い様だ」


 思わず顔をあげる。

 どうして、ジンはそんなに逃げ道をくれるんだろう……。


「……ありがとう、ジン」


 甘えた心を自制しようと思っても、唇から零れたのはお礼だった。


 ──結局、カナメには、ジンの手を取る以外の選択肢は残されていなかった。




 

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