第8話 拝啓。未来の俺たちへ
──どこまで来たのか、全く検討がつかない。
湿った空気が息苦しくも思える人気の無い路地裏で、ジンは荒い呼吸を整えていた。
「だ、大丈夫…?」
「……はー……はー……。わ、悪い……ちょっと、無理した……」
ジンはそう笑ってみせてはいるが、声は明らかに疲労で掠れていた。
カナメを下ろしてから、ジンは手を地に着け、なんとか身体を支えている。ずっと全速力で走っていたのだろう、体力も限界のようだ。
「……でも、ちゃんと撒いてやったぜ……。途中まで追ってきてたから……だいぶ焦ったけど……」
腑に落ちた。だからこんな遠くまで走ってきたのか。だいぶ長く走るなとは思ったのだ。
ジンは呼吸を落ち着けながらも、言葉を続ける。
「……もしかしたらさ、今まで気配消してた俺とカナメがいたから、戦うためにあの町まで来てた能力者は皆、気配に敏感な奴なのかもしれないな……」
「凄いやジン、そんなことまで分かるんだ?」
「とか言っちゃって。全部魔物の受け売りだ」
ジンはゆっくり息を吐き、その場に座り込んでしまった。全身に力が入っていないのは外から見ても明らかだった。
「そんなガクガクになるまで走ってくれてありがとうね、助かったよ」
「気にすんな、むしろ俺にはこれぐらいしかできねぇんだ」
「……ううん。きっと俺だけだったら、何もわからないままやられてたよ。ありがとう」
「へへっ、そう言って貰えるなら無茶した甲斐あったぜ……」
カナメは、ジンのぎこちない笑顔を見て、胸がキュッと締め付けられた。
これからも、いつもこの笑顔に守られないと生きていけないのかもしれない。
初めて力を使って、まだたった二日間。
されどこの二日間は、自分を嫌いになるには十分すぎた。
多分、ずっと自分は無力で、弱虫のまま一生を終えるような気がする。
意識の外で指先を震わせながら、カナメは口を開く。
「……俺、その、能力者に襲われるとかまだよく分かんなくてさ。一回襲われたのも、訳が分からないまま終わっちゃったし……だから、いざとなってもちゃんとジンほど上手く動き回れるかどうか……」
自分の震えた声にハッとして、馬鹿馬鹿しくなった。──言い訳だ。
カナメはそれを振り払うように小さく首を横に振った。
「ううん……正直言うと、力使うの自体……ちょっと怖い」
「まぁ、そりゃあ、事故に巻き込まれちまったら無理ねえよな……」
ジンの声は優しいけれど、真剣な重みを帯びていた。カナメは思わず、自分を射抜くように向けられた、彼のまっすぐな瞳に息を呑む。
「ごめん。普通に考えたら、盾を使える俺がジンを守る役割のはずだよね……でも、本当に自信がないんだ……」
カナメは堪らず俯く。
その答えを受けたジンは、フラフラとした足取りでカナメに近寄り、そのままカナメの右手を握る。
ジンがどんな顔をしているのか、覗き込む勇気はなかった。
「わかった、約束しようぜ。お互い、誰も殺さないし殺させない。お前がやらかしそうなら俺が担いで逃げる。俺がやらかしそうになったら、盾でも何でも使って俺を止めてもらう。これでお互い様だ」
思わず顔をあげる。
どうして、ジンはそんなに逃げ道をくれるんだろう……。
「……ありがとう、ジン」
甘えた心を自制しようと思っても、唇から零れたのはお礼だった。
──結局、カナメには、ジンの手を取る以外の選択肢は残されていなかった。




