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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第三章
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第78話 ブレない切っ先 〜マリアの四日目夜〜


「やはりここだったか」


「!!?」


 校舎裏の、人目につきにくいベンチの前。

 木々の隙間から微かに照明が照らしているだけの、敢えて足を運ばなければ見つけられないようなこの場所に、彼女はいた。


「……マ、マリア……さん……」


「盗み聞きとは趣味が悪いな。何の用だ、シオリ」


 シオリ。

 ここで働いて二日目の仕事終わり、わざわざマリアに話を聞きに来た、家族を能力者に奪われたという若い女性だ。


 カナメとジンとの話し合いの最後、物陰に隠れる彼女とたまたま目が合ってしまった。

 それまで一切物音がしなかったから、恐らく最初から、ずっとそこで待ち構えていたのだと思われる。

 

 目が合った瞬間急に走り出した彼女を追って、マリアはここまできた。


「で、何故盗み聞きをしていた?」


「──っ!」


 シオリは言葉の代わりに、喉から絞り出した空気の音で返事をする。先日のような、生に執着する強さは見当たらない。

 マリアは彼女にじり寄りながら質問を続ける。


「……何を聞いていたのかで話が変わってくる。答えろ」


「……マ……マリアさんは……」


 彼女は今にも泣きそうな声をしている。

 だが、その声は重い。

 そして。


 明かりに照らされた彼女の手元が、微かに光った気がした。


「──!」


 マリアは迷わなかった。

 咄嗟に指を弾く。突如現れた小さな水の飛沫が、彼女の手の甲に触れた。 


「きゃ……ッ!!」


 小さく悲鳴を上げたシオリは、手元のそれを落とす。カランカラン……と薄い金属音が聞こえた。


 マリアは急いで落ちたそれを回収する。


 ──包丁だった。


「…………」


 マリアは黙ったまま、シオリを見下ろした。

 

 目つきの冷たい女が包丁を握る様は、相当恐ろしく映るだろうな。

 マリアは他人事のように思いながら彼女を睨みつけた。

 

 案の定シオリは、このたった一瞬で気迫に負け、あっけなく腰を抜かしていた。


「……あ……あ……」


「何のつもりだ」


 マリアは冷たい態度を崩さず、彼女に近づいた。シオリは土を掴みながら、ずりずりと地面を張って下がろうとする。


「……マ、マリアさんは……ッ!」


 彼女の目には、涙が溢れていた。


「マリアさんは……化け物なのを隠してたんですね……私たちを、ずっと騙してたんですね……ッ!!」


 その目は正しく、人間の敵を目の当たりにしたような、酷く怯え、恨みを籠めた色をしていた。


「マリアさんが昨日のお仕事中、体調悪いってどこか行った時……気になって追いかけたら……マリアさん、魔法使ってたの……私、み、見ましたから……!」


 それは、カナメをシュウイチから救い出した時の話だろう。

 迂闊にも、つけられていたことに気づいていなかった。


「それに今だって……! 魔法で、わ、私の手……弾きましたよね……!」


 マリアはため息をつきながら、包丁を見せつけるように持ち上げて答えた。


「……それはお前がこんなものを向けてきたからだ。命を狙われても何もしてこないとでも思ったか?」


 普通の人間の攻撃と言えども、さすがに包丁で刺されたらひとたまりもない。命を狙われた以上、甘さを見せるつもりはなかった。


「……だ、だって……化け物じゃないですか……。あちこちで街壊したり、人殺してたりしてるんですよね……それにさっきだって、マリアさんのお友達が"殺し合い"だとか言ってて……そんなこと聞いたら私……と、止めなきゃって……」


 彼女は錯乱しているようだ。

 こんな状態ではいくら話をしてもまともに会話が出来ない。しかし、だからといって今野放しにするのも得策ではない。

 まずは、彼女を落ち着かせた方がいいだろう。


 マリアは後ずさりする彼女を追わず、ただ包丁を背後に隠す。


「このままでは、"わけも分からずお前に包丁で殺されそうになった"、と周りに報告するしかない。……やめて欲しければ逃げるのを止めて、質問に答えろ」


 マリアの口から出たのは紛れもなく脅迫だった。しかし、錯乱して判断力を失っている彼女と話すためには、無理矢理にでも話の場に引きずり出さなければならない。

 優しく話しかけたところで信用されず逆効果だ。


 その思惑通り、シオリは身体を震わせながら動きを止めた。


「嫌……! や、やめ……やめてください……ッ!そ、それだけは……! ここに……いられなくなっちゃう……!」


「その通りだ。お前は私と話すしかない。とりあえずベンチに座れ。私は少し離れたところで立っている。包丁は預かったままだ。いいな?」


 シオリはひくひくと喉を鳴らしながら、無言で小さく、何度も頷いていた。

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