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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第三章
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第74話 希望を探して 〜三日目・夜〜


 今日も、カナメ、ジン、マリアの三人でご飯を食べた。メニューは肉じゃがだ。

 二人きりでトイレ掃除をこなしてヘトヘトの体に沁み渡る、何とも優しい味だ。

 

 今日の野菜は、大きさが目に見えてわかるほどまちまちだ。マリアによると、途中、カナメを追ってプールに向かう為に仕事を抜け出してしまい、野菜を切るのを代わってもらったから、ということだった。

 

 彼女いわく、体調不良のフリをしたらすんなり抜けられたらしい。だが、そんなことは露知らず結局トイレ掃除の見張りまで頼んでしまったカナメは、マリアに何度も頭を下げた。

 

 そこからしばらく経ち、消灯時間も近い静かさを狙って、三人は今日も敷地外に移動した。

 

 食事前にシュウイチと三人で顔を合わせたら疑いも晴れた。

 もうあまり問題はないと思うが、何となく昨日までの場所からは離れ、辛うじて灯りが届くギリギリの場所に集まった。

 

 昨夜は軽い報告会だけで終わっていたが、今日は最初から空気の重さが違う。

 シュウイチの一件、特に最後に貰った情報をジンに報告しなければいけない。

 そして、どうやらジンも何か言いたげな顔をしていた。今日は長い話になりそうだ。

 

「じゃあ、俺から話すね……」


 カナメはジンに順番を譲られ、シュウイチとの出来事を話した。


 戦いになりそうだったところから、和解して情報を貰ったところまで、包み隠さず。

 

 ジンは、戦いが起こりかけたことについては、ある程度気配で把握していたらしいが、タトゥーをあしらった能力者集団の話にはかなり驚いていた。

 容赦がない敵だと言うから、戦わないのが一番だ。だがもし複数人の能力者と遭遇することがあれば、とりあえず手の甲は確認しようということになった。


 そして話も一区切り終えたカナメは、神妙そうな面持ちで考え込むジンに向かって、軽く笑って見せた。

  

「……俺の話は、こんなところかな。なんだかんだあったけど、大事にならなくてよかったよ」


 ジンはカナメの視線に気づいたのかハッと顔を上げると、冗談めかしてカナメの肩を小突いた。

 

「……それにしてもさ、よくそんな危ない中説得だけで押し切ったよな。何か最近たまに説得力すげえ時あるし、俺が知らなかっただけで意外と口達者か?」


 タトゥーの能力者の話よりもそっちなんだ、と思いつつ、カナメは苦笑いで返す。


「いやほら、俺も夢中だったから……。それに口達者とかじゃないけど……マリアに詰められすぎて、何となく押しどころみたいなの掴んだのかも……」


「マリア直伝かよ……。え、お前がマリアみたいに人ガン詰めしてたら嫌なんだけど……」

 

「おい、どういう意味だ。こちらの話は終わったんだ、さっさとお前の話をしろ」 


 カナメとジンのやり取りをマリアがぶった斬った。

 ジンはため息をついて、再び神妙そうな表情に戻り、額を押さえた。


「……そうだな、悪い。……ちょっと、真面目な話になるから、何から話そうか迷ってさ」

 

 そう答えると、ジンは大きく息を吸って姿勢を正した。彼の目が一気に真剣な色を見せる。

 カナメも釣られて背筋を伸ばした。

 どんな話が飛び出てくるのか、あまり検討がつかなかった。

 

 ジンの言葉をしばらく待っていると、彼はようやく、重そうな唇をゆっくりと動かした。


「……カナメが盾使った時、正直やばかったんだ」


 彼の話は、そんな不穏な言葉から始まった。

 無意識なのかその震えた腕は、胸元をしっかりと掴んでいる。


「グルザに、"助けに行かなくていいのか"って煽られて、胸がざわついて、すぐにでも飛び出したかった。けど、約束したからさ、必死に堪えたんだ」


 ジンのもう片方の腕は、膝の上でぐっと拳を作っていて、やけに白く見える。

 あまりにも力強く握っているのだと、すぐにわかった。


「んで、マリアが助けに入ったって分かった時……まぁ同時に色々あったんだけど、やっと気持ちも落ち着いたんだ。それまで、戦いたくて苦しくて仕方なかった。」


 そのままマリアに顔を向け、体を乗り出す。

 ジンの頬からは、汗が滲んでいた。


「この間のカップルとか、電撃使う能力者とかを相手にしてる時は、戦わなきゃって気持ちがあるだけで、こんな苦しくなかったんだ! それが今日、心臓が暴れ回るぐらい苦しくて……」


 そしてジンは懇願するように、肺から絞り出したような声で、呟いた。


「どうしてかはわからない。けど、何か魔物化の手掛かりになりそうだろ? 頼む、マリア。何か……思いついてくれないか?」

 

 カナメは、ジンのその必死さに圧倒されて、呼吸を忘れていた。


 これまで、一切手がかりがなかった魔物化。

 少しの変化でも手掛かりにできないかと、藁にもすがる思いなのだろう。

 言葉にしていなくても、彼の切実な目を、声を目の前にすれば、その必死さは嫌でもわかった。


「……それだけでは、断定はできない」


 しかし、マリアの答えは甘くなかった。

 ジンは力なく肩を落とす。


「そりゃ……そうだよな。無理言って悪かった」


「だが……」


 しかし、諦めるジンの声を断ち切るように、マリアは続けた。


「気持ちが落ち着いた時、私がカナメの危機に介入したことと別に、"色々あった"と言っていたな? 参考までに聞きたい」


 ジンは苦笑いして、困ったように頭を搔く。


「……それこそ大した話じゃねえし、あんま関係ないとは思うんだけどよ」


 そうは言いながらも、ジンは語り出した。


 苦しみを誤魔化すように、音の違和感に向かって体が勝手に動いて、結果、コウスケという少年の命を助けたこと。

 マリアがカナメの助けに入った瞬間、同時に少年も助け出していて、気づけば体の疼きが収まっていたこと。

 

 マリアは「なるほどな……」と一言だけ相槌をうち、考え込んでしまった。

 

 だがそれよりもカナメが驚いたのは、父を亡くしたというコウスケに、ジン自身も母子家庭であると話したことだった。


「……その話、他の人にしたの? 俺以外に話したの、見たことないよ」


「俺だって、まさか人に言うとは思わなかったよ。……話題に出すのも、嫌だったしよ」


 幼なじみのカナメは勿論知っていた。普段から、母親が家にいないということを含めてだ。

 そして昔から、家族の話には触れてほしくないと思っていたのも理解している。

 だから小さい頃からこれまでの間で、話題に出したことは一度もない。


 それだけに、ジンが自分からその話をしたという事実に、衝撃を受けてしまった。

 

「けど……そのガキの気持ちを、少しでも何とかしてやりたくて。そう思ったら、勝手に喋っちまってた」


 ジンは、俯いたまま呟く。

 地面を見ているのに、どこか遠くを見ているような目だった。

 ジンは今、何を思っているのだろうか。


 唇を噛むジンの顔を見ていると、不意に横からマリアの声がした。


「……これは、判断材料の一つになるかどうかもわからない程度の推測だ。鵜呑みにしないでもらいたい」


カナメとジンは、彼女に目を向ける。


「実際のところは不明だが、今回の苦しみを"魔物化の前兆"として、我慢しなければ魔物化していたと仮定しよう。初回と今回の魔物化の共通点だ

が、とりあえず二つあるんじゃないか?」


「二つ……?」


 ジンは少し考え、首を傾げながら答えを口にする。


「グルザに煽られた……とか。多分今日も、グルザにすんなり乗っかってたら、すぐ力を使ってた。……けど、あと一つは何だ?」


 マリアは、カナメを指差した。


「"魔物が闘争心を強く煽る理由"そのものを考えた。例えば……カナメの危機、とかな」


「……お、俺……?」


 驚き、カナメも自分自身を指差す。

 

「ユウジとゴウとの戦いで魔物に言われた、"このまま動けなければ全員が死ぬ"、"全員で生還する"という言葉、そして今回の"助けに行かなくていいのか?"という言葉。どちらも性質は、カナメを助けに向かわせる為の煽り、のようにも思える」


 ジンはハッと息を呑み、腑に落ちたような顔で頷いた。


「……確かに、そうかも」


「逆に、苦しくなかったと言っていたこの間の戦いは、二回ともカナメに危機はなかった。盾を一度も使う必要がないほどにな……。あくまでも可能性の一つに過ぎないが、有り得ない話ではないだろう」


 それを聞いてカナメは、この街に来る前に起きた二回の戦いを思い出す。

 ジンとマリアが強くて、自分の出る幕もなく、あっという間に終わった。


「……ジンが苦しむのは……俺が、弱いせい……?」


「悲観するな。お前の問題じゃない」


 カナメの言葉を、マリアは即座に切り捨てた。

 これ以上の自責はなんの意味もない。マリアの思考の邪魔をする。

 そう思い、カナメは口を噤んだ。 


 マリアは一旦話すのを止め、腕を組んだ。

 考えがまとまりきっていないのか、眉間には深く溝ができている。


「……衝動が落ち着いたのは、恐らくカナメの危機が去ったから……で一応辻褄が合う。ただ、もう一つ気になることもあってな。……だが、これは……」


 マリアはブツブツ呟き「確証がない。止めよう」と話を勝手に止めてしまった。

 ジンは首を傾げながら、怪訝そうにマリアを見やる。


「なんだよ、気になるだろ? 鵜呑みにしねえから言ってくれよ」


 ジンの言葉に、マリアは渋々口を開いた。

 彼女自身も自分の考えにまだ納得がいっていないのか、自分でもその言葉を疑っているかのような声色だった。


「……以前の魔物化は危機が去った後も、脚の変化を忘れるほど魔物の価値観が強く残っていただろう。だが、今回は苦しむぐらい侵蝕されかけていたにも関わらず、今はそうは見られない。同じ"危機が去った後"でもここまで違うなら、他の要因があるかもと思ったんだ」


 そこまで言って、マリアはため息をついた。


「……だが、今回は厳密に魔物化しなかったから、という可能性も大いにある。本当に他に衝動を抑える要因があれば良いが、現時点ではただの希望的観測だ」


 ジンは、突きつけられたその曖昧な答えに、悔しそうに唇を噛んだ。


「……じゃあ今日は結局、カナメが危ない時にヤバくなる、ってのが分かっただけか」


「それも、ただの推測だがな」


 マリアがピシャリとジンの言葉を遮り、ジンは小さく肩を竦め、「やっぱ、まだ分かるわけねえよな」と自虐気味に笑った。


「そう落ち込むな。今日明確に変化があっただけでも、十分な進歩だ。その内、何かしら掴んでやる」


 彼女の言葉は、ジンを元気づけようとしてる訳でもない、事実だけを述べる淡々とした声だった。

 

 しかし、それでもジンにはほんの少しの小さな希望になったようだ。

 一瞬だけ悔しさを噛み締めるような沈黙を見せたが、直後には彼の表情に、ほんの僅かな明るさが戻ってきた。


「そうだよな。……いつかは、分かるかもしれねえよな。何かあったら言うから、そんときはまた頼むわ」


 その宣言を最後に、今日の話し合いは解散となった。


 仕事が終わるまであと二日。そう考えると、もう折り返しが過ぎていたことに驚いてしまった。

 カナメは最後まで頑張ろうと気合を入れる。


 ──あと、ジンのことも、何か糸口を見つけられたらいいな、と思う。

 

 もし本当に自分の危機がトリガーなら、危機に陥らないぐらい強くなれば、ジンも楽になるのだろうか。それは少し楽観的すぎるか。


 そんなことを考えながら、カナメは寝床のテントへ向かった。

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