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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第三章
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第73話 同じ目の告白 〜続・ジンの三日目〜


 土埃が舞う、寂れた道。

 ジンは、コウスケの案内のまま、焼けた家の前に辿り着いた。


 一切復興の手が入っていない。辺りの建物は炭と化して、戦いの悲惨さをこれでもかというほど物語っていた。


「……ひっでえな……」


「この真っ黒な家が……俺の家だったんだ」


 泣き止んだコウスケが、背中の上で呟いた。


 改めて目の前の残骸に目を向けた。形あるもの全てが色を失い、どこかしこにも煤が積もっている。目を凝らしても、生活の跡ひとつ見当たらなかった。


「生き残れて、よかったな」


「すっげえ地響きして、急いで逃げたよ。静かになって戻ってきたら、ここに魔法使いの死体が転がってるって誰かが叫んでた」


 ここが、決着の場のようだ。

 それにしても、被害が大きすぎる。

 瓦礫撤去の作業現場もなかなか悲惨だったが、少し離れたこの場所は更に凄惨だ。


 ふと、背中の重みが軽くなった。

 コウスケが地面に下り、自宅だったであろう残骸に駆け寄る。

 そして家の周りを歩き回り、やがて諦めたように肩を落とした。


「はは……ほんとに、何も残ってねえや……」


 佇んでいる小さい背中。

 何か気を紛らわせようとして、ジンはわざと声を張った。


「お前の家が襲われたのはわかったけどよ、なんで他人の家で盗み働こうとしたんだ?」


「う……」


 コウスケは言いにくそうに言葉を詰まらせる。

 そんなコウスケを見て、ジンは「あー……」と声をあげると、その小さな頭をおもむろに掴み、ガシガシと揺らした。


「おい痛えよ!」


「俺は明後日でここからいなくなるし、誰かに報告するつもりとかねえよ。理由、言ってみろ」


 コウスケはジンの手を振り払うと、ジンに背を向けたまま、その場に座り込んだ。


「……ホントのホントに、誰にも言わねえだろうな?」


「あぁ。俺は、約束は破らねえんだ」


 そう自分で言ってから、先日カナメたちと交わした約束が頭をよぎった。

 それはただの、自分自身に言い聞かせるだけの言葉のようで、ついおかしくなってしまう。


 しかしコウスケは信じてくれたようで、おずおずとジンに顔を向けた。


「……母ちゃんがよ、毎日うるせえんだ。家も金も鞄も服も何もかも失くしたって、そればっかり言うんだ。父ちゃんが死んだことは知らんぷりするし、俺と二人きりになると叩くし……」


 ──胸が、チクリとした。


 この子は、戦いの被害者の前に、母親の被害者なのか。


 ジンは膝を落とし、コウスケに目線を合わせる。そして、震える瞳をじっと見つめた。


 とても、寂しそうだった。

 独りじゃないのに、自分は独りだと錯覚しているかのような。


 ……ああ、そうか。

 

 二日前にコウスケを見た時、「自分もこんな目してるのだろうか」と思った理由が、わかった気がした。


 ジンはコウスケの頭に、今度は優しく手を乗せた。


「……だから他の家で、母さんの欲しそうなもの、盗んでたのか?」


 コウスケは、こくりと俯いた。

 

 母親の話をするコウスケの表情は、少なくとも楽しそうではない。そんな顔がいたたまれなくて、ジンは自然と口を開いていた。

 

「明後日までしかいないけど……夕飯は、一緒に食うか?」


「えっ!?」


 コウスケは驚いて立ち上がる。


「な、なんで!? 俺、盗みしてたし……周りの大人も、俺の事悪ガキだと思ってるし……俺といてもいいことねえよ!」


 この自己評価の低さ。

 よく分かるな、と思ってしまった。

 どこからどこまで、自分と重ね合わせてしまう。

 

 ──普段から、考えないようにしていた事実がある。それも、昔から一緒だったカナメにしか言っていない。

 言う意味もないし、同情も欲しくなかった。


 けれど今、この子供に寄り添うために、初めて誰かに言おうと思った。 


「……俺もさ、母親しかいねえんだ。その癖、全然家にいなくてさ。だから、ガキの頃から独りな気がしてたんだ」


「……え?」


 コウスケは意外そうに、ジンの顔を覗き込む。


 コウスケを安心させたくて言っているのか、自分が救われたくて言ってるのか、自分の事なのに分からない。

 けれど、横に並んでやれば、多少は傷を舐めてやれるんじゃないかと思った。


「俺さ、今友達と旅してるんだけど、母親には黙って出てきたんだ。昔から、俺がいてもいなくても興味ねえ母親でさ。今もきっと、探してすらないだろうよ」


 ジンは久しぶりに、たまにしか見ない母親の顔を思い出して、小さく苦笑いした。

 

 笑った顔なんて、もうとっくに覚えていない。「お前さえ産まなければ」という声なら、よく耳にこびりついている。


 この旅の中で、母親の記憶なんて一度も思い出すことはなかった。仲間といるのが楽しくて、思い出す必要がなかったからだ。


 こんな話を本当にするべきだったのか、もはや迷う間もなかった。口からはもう、次の言葉が勝手に発せられていたのだから。


「俺の自己満だけど、放っておけないって思っちまってよ。飯、どうだ?」


 コウスケはしばらく口をパクパクさせ、やがて喉が震え始める。それでも返事を待っていると、真っ赤に腫れた目元から、じわりじわりと涙が滲み出した。


「お、おい、泣くなよ……」


 コウスケはハッとして袖でゴシゴシと顔全体を擦り、震えた声を張り上げた。

  

「な、泣いてねーし!」


 少年の強がる声が、虚しく響いた。

 木霊した声がどこかに吸い込まれる。

 やがて空気が静まり返るのに呼応するように、コウスケの顔が、ゆっくり曇っていった。

 

「……嬉しいけど、母ちゃん怒んないかな……」


「ま、無理にとは言わねえよ。大変だろうしな」


 ジンは腰を持ち上げた。  


「仕事が終われば、俺も学校の敷地にはいるからさ。もし大丈夫そうなら、俺の事探しに来いよ」


 そして、コウスケに手を差し伸ばす。


 「だから、もうあんな危ねーことすんなよ? 今度こそ、本当に死ぬかもしれねえからな」


 コウスケは一瞬躊躇いつつも、恐る恐るジンの手を取った。


 そして初めて、歯を見せて笑った。


「わかった、俺も約束する!」


 その元気な答えに、ジンも釣られて笑い返した。

 

 ──何故だろうか。


 気持ちが軽い。心がざわつかない。

 胸がこんなに静かなのは、本当に久しぶりだ。


 能力者としてじゃなくて、自分自身として、人と話すことができた気がする。だからだろうか。


 ジンは、手のひらの温もりを逃がさないように、コウスケの手を強めに握った。


「コウスケ、帰ろうぜ」

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