第72話 人間の出入口 〜ジンの三日目〜
「おーいジンくん、体調大丈夫か?」
「……す、すみません……もう少し休んだら、戻るんで……」
作業員全員が忙しく動き回っている中、ジン一人だけが休憩所で座り込んでいた。
体を丸め、胸を押さえ、誰にも顔を見せないように。浅い呼吸を深呼吸で塗りつぶしながら、全身を震わせていた。
──トリガーは、カナメの盾の気配だった。
能力者の気配を感じるだけなら何ともなかった。しかし、「戦いが始まった」と感じた瞬間、全身が闘志に支配され、今すぐにでもカナメの元に駆けつけたくなってしまった。
それを今、皆にした約束を思い出しながら、必死に堪えている。
《相方の坊主の危機かもしれんぞ?助けに行かなくていいのか?》
グルザがそう、常に煽ってくる。
わかってる。本当は行きたい。
けれど、この街にいる間は絶対に力を使わないと決めた。
マリアがカナメを守ってくれると信じ、返事の代わりに拳を握る。
──駄目だ。ただ耐えているだけの方が、頭がおかしくなりそうだ。
強まる鼓動に目を背け、ゆらゆらと腰を持ち上げる。気を紛らわせたくて、とにかく瓦礫に向かった。
ベテランの作業員から、瓦礫の詰まった土嚢を受け取ろうと手を伸ばす。
しかし、その作業員はジンの顔を覗き込むと、土嚢袋を引っ込め、ジンの肩を叩いた。
「ジンくん、あまり顔色良くないぞ。ここに来てから一番動いてくれてるし、張り切りすぎて疲れたんだろ。明日から頑張ってくれればいいから、今日はもう、戻って休んでいいぞ」
「……え……」
仕事を、断られてしまった。
「さ、さすがにお金貰ってるんで……これ以上休ませてもらうのは……」
「昨日までの頑張りってことでオマケしてやるよ。明日も休んだら考えるけどな?」
作業員は、心配かけまいと笑ってくれている。
その厚意を無下にできなくて、ジンは結局、黙ってその場をゆっくりと離れた。
……この後、どうしようか……。
カナメは盾を一度出したきり、何もしていない。
しかし、相手の力の気配は感じる。
恐らく、カナメが一方的に何かされている。
助けに行かなきゃ。
心臓がドクン、と跳ねた。
それと同時に、耳が、僅かに動く。
──カラリ。……ギシリ。
瓦礫の山から、作業とは別の音がした。
何も考えなかった。
咄嗟に、その音の方向へ走った。ひしゃげた家に滑り込み、瓦礫を掻き分けた。
所々屋根が落ち、腰を屈めないと進めないぐらい、今にも崩れそうな家だった。
あちこちで梁が裂けていて、壁も穴だらけでもはや意味を成していない。
歩を進めるたびにギシリギシリと音が響く。背中に何か破片が当たる。
そんな中、明らかに人の呼吸が聞こえた。
物を引き摺って動かすような音が、木材を踏んで割ったような音が聞こえた。
ジンは、その音に引き寄せられるように、急いでその先を目指した。
そして、こちらを振り向く人影を視界に捉えた。
「……わっ! 誰!?」
──子供だ。
ジンは咄嗟にその小さな体を抱えると、急いで元来た道を引き返す。
真横でピシリピシリと裂けた梁が音を立てている。嫌な予感に急かされ、ジンは目の前の崩れかけた板壁をぶち破り、建物から這い出た。
その衝撃が追い打ちになってしまったのだろうか、建物から出る一瞬、梁から物凄い破裂音が聞こえた。
そして、大きな音を立て、建物はゆっくりと形を失っていった。
──マリアの水が飛んだ気配がした。
同時に、カナメにまとわりついていた攻撃の気配も消えた。
「ま、間に合った……」
その言葉は、助かったカナメに対してなのか、腕の中の子供に対してなのか。
子供はジンにしがみつき泣きじゃくっている。
音と泣き声に釣られ、周りの大人も寄ってきた。
ジンは荒らげた息を整えながら、強く子供を抱き締め、ただ、その場で黙っていた。
*
子供の名前はコウスケというらしい。
二日前も別の瓦礫の家に忍び込んでいた、十一歳の少年だ。
「またハルキのせがれじゃねえか、この馬鹿ガキ! この兄ちゃんが気づかなかったら、おめえ死んでたんだぞ! 何やってんだ!」
「う……っ、う……っ」
コウスケは作業員に怒られながら、止まらない嗚咽を必死に抑えようとしている。だが、どうしても恐怖が上回ってしまうのか、涙が止まったと思っても、次の瞬間にはまたボロボロと零れ落ちていた。
「ったくよぉ、二度も忍び込みやがって。作業員だけでも人手不足ってのに、見張り係まで立てなきゃいけなくなるじゃねえか」
「だ……だって……だって……」
コウスケは鼻を啜りながら反論しようとしている。しかし、先程から何度言葉を続けようにも、涙に邪魔されて何も言えていない。
怒鳴っていた作業員は諦めたようにため息をついた。
「……ジンくん。悪いが、このガキンチョを学校まで送り届けてやってくれ。それで今日のジンくんの仕事は終わりでいいぞ。瓦礫撤去なんか目じゃねえぐらいの大手柄だ」
「そ、そうですか……」
コウスケはまだ泣き止む様子がない。
死にかけた上に大人に怒鳴られて、無理もないか、とも思う。
こんなにギャン泣きしたまま街に返しても、質問責めされたり、面倒臭いことになるのは目に見えている。
泣き止むまで待ったやった方が良さそうだ。
「……送り届けるのはいいんですけど……この状態で返すのも気の毒なんで、適当にその辺で落ち着かせてから帰りますね」
「おう、その辺は任せとくよ」
作業員は割とすんなり了承してくれた。
とりあえずここから離れるため、泣き続けるコウスケを背中に背負う。
「いつまで泣いてんだ。ほら、行くぞ」
「う……うん……」
ジンは軽く作業員に会釈をし、静かそうな──人の音がしない場所へ、歩き出して行った。
いつの間にか、胸の疼きは止まっている。
何故かはまだ分からない。
ただ、不思議と背中にのしかかる重さと温もりが、やけに心地良かった。




