第71話 疑いの先 〜続・カナメの三日目〜
シュウイチは話し合いには応じてくれたものの、警戒は解かず、場所を変えるよう要求してきた。
プールに連れ出したのはシュウイチ自身だが、マリアが相手では分が悪すぎることから、人目につかなそうな校舎裏を指定してきた。
見慣れない景色にキョロキョロと辺りを見渡すカナメに対して、マリアは迷わずスタスタと進んでいく。その先にはベンチ。
彼女はシュウイチを睨みつけながら、そこに腰掛けた。
「……この仕事を始めたばかりだってのに、一切道に迷わねえんだな? 敷地内のことは偵察済みってか?」
「勘違いも甚だしい。昨日たまたま来ただけだ」
シュウイチは見定めるような目でマリアを凝視し、少し距離を空けて立ち止まった。奥歯をギリギリと言わせ、恨めしそうに拳を握りしめている。
マリアはそんなシュウイチを一瞥し、足を組んだ。
「……カナメ。お前がやれ。お前が言い出した話し合いだ」
「えっ!?」
マリアからの急な指名に体が固まったが、言われてみれば最もだ。
カナメは「そ、そうだよね……!」と意気込み、真っ直ぐシュウイチを見た。
シュウイチは警戒したまま、黙ってカナメを見返している。どこから話したらいいのか分からないが、敵意はないことは最初に伝えようと思った。
「あの……シュウイチさん。多分誤解してるのかもしれないけど……俺たちには戦う意思なんて全くないよ。先に、それだけは理解して欲しい」
しかし、シュウイチは言葉を返す代わりに、鋭くこちらを睨みつける。声に出さずとも、信じられないと思われているのが、ひしひしと伝わった。
張り詰めた空気に、無意識で唾を飲み込んだ。
まとまらない頭を何とか回転させて、誤解を解くための言葉を必死に探していく。
「た、確か……俺たちが集まってるのが怪しい、みたいなこと言ってたよね……?」
シュウイチはカナメを睨みつけたまま、黙って頷いた。
そこから動かないところを見ると、カナメの次の言葉を待ってくれてはいるらしい。
「俺たちは確かに能力者三人の集まりだけど……ここにはお金を稼ぎに来ただけで、それ以上のことは本当に何も考えていないんだ」
「……ただ金稼ぐだけなら、わざわざ夜に人目を忍んで会議する必要あんのか? おおかた、碌でもないこと企んでたんだろ」
先程も言っていたが、やはりそこが猜疑心の一番の原因らしい。
能力者関連の話だから誰にも聞かれないように校舎から離れたはずが、完全に裏目に出てしまったようだ。
今彼は、こちらの行動全てを疑ってきているように思える。
ならば、彼の疑問を聞いて片っ端から弁明していくほか無いのかもしれない。
「……確かに夜集まってたけど……でも、それでどうしてそこまで警戒してるのか、教えて欲しい……」
口に出してから、愚直すぎる質問だと自分でも思った。
しかしシュウイチは、今こそ強気な態度を取っているものの、根が真面目だからだろうか、渋々ながらちゃんと答えてくれた。
「……連日能力者が数人で集まっていた。これだけでも十分な理由だろ。俺が能力者だって気づかれてたのはわかりきってたしよ。お前、あからさまに俺を怯えた目で見てたよな?」
「え……」
「そんな状態で能力者が集まってんだ、自分のことを密告されてるとか狙われてるって思うのが自然だろ」
心当たりのある反論に、面食らってしまった。
確かに、二人に彼のことを報告しようと思って、必要以上にジロジロと見てしまっていた。
それが余計警戒心を煽ってしまったのか。
「ず、ずっと見てたのはごめん……。でも、本当に違うんだ! 誤解で……!」
「説得力がねえな。後ろめたくないなら、こそこそ隠れてねえで、飯の時にでも集まればよかっただろ」
シュウイチは一向に引き下がってくれない。
何を言ったら信じて貰えるのか。何を言ったら疑われるのか。
それがわからなくなり、カナメはちらりとマリアを見やってしまった。
しかし、マリアは一瞬視線を返すだけで何も言わない。
その無言の圧に、最後まで自分だけでやれ、と言われているようだった。
きっと戦いにでもならない限り、マリアは一切口を出してこないのだろう。
カナメは焦りを堪え、少し黙って考える。
自分で「この人は悪い人じゃない」って思ったんだ。最後まで信じたい。戦いたくない。
信じてもらうために、まず自分が彼を信じていることを分かってもらいたい。
下手に誤魔化さず、全部、正直に話そう。
そう決めて、深呼吸をした。
「……さっき言われた通り……俺も最初は、シュウイチさんのことを警戒しちゃってた。だから、夜に集まって、シュウイチさんのことを仲間に報告したのは……本当」
シュウイチは「やっぱりな」と言いたげな目でカナメを見ていた。
先程までの強気な態度も相まって、つい気圧されそうになる。だが、今更引き下がるわけにはいかない。
カナメは心臓が縮こまりそうになるのを何とか堪え、言葉を続けた。
「けどそれは襲うためじゃないよ……。ただ、俺自身が弱いせいで、一人で能力者と一緒にいるのが怖いと思っちゃったんだ……だから、ごめんなさい」
「…………」
カナメは頭を下げた。
無防備なのも理解していた。
けれど、気持ちが伝わってくれるならそれで良かった。
「……三対一で倒せそうな能力者を目にして、あわよくばとも思わず、一切戦うつもりはなかったって言うのか?」
「俺たちは殺しなんて絶対しない。……それに、能力者に襲われた街で戦いなんて絶対嫌だ。この街の人はみんな良い人なのに、悲しませたくない」
シュウイチの眉が、微かに動いた。
少しは、気持ちが届いてくれただろうか。
だがそんな期待も虚しく、彼の瞳からはまだ疑念の色が晴れない。
「……俺たちは殺し合うよう、魔物に仕向けられてるんだぞ。そうやって都合のいいこと言って、油断したところを仕留めようって思ってるかもしれない」
「そんな事考えてたら、プールでマリアの攻撃を止めてないし、今こうやって話そうともしてないよ!」
カナメはハッとして口を押さえる。
なかなか気持ちが伝わらないもどかしさに、つい声を上げてしまった。
「……ッ」
シュウイチはカナメの言葉に、初めて視線を外した。瞳は揺れて、地面を映している。
しかし、彼の口はまだ、警戒の言葉を発していた。
「……みんな魔物に唆されて、誰が誰を狙ってるかわかんねえような世界だぞ。そんな中、絶対人を殺しませんって能力者が運良く三人も集まったって? 有り得ない……」
「信じられない気持ちも分かるけど……」
みんながみんな、戦いたいわけじゃないと思う。
そう言おうとして、踏みとどまった。
思い返せば、確かに仲間以外で友好的な能力者を見た事がなかったからだ。
強いて言うなら、この間戦ったカップルの能力者が、良心に心を痛めながらも戦ってたぐらい。しかし、その二人も殺しはしていたと言う。戦いを避けていたわけじゃない。
本来は、こうやって能力者相手に疑り深くなるのが普通なのかもしれない。
魔物に煽られていない自分が特殊だということを、忘れてはいけない。
「……うん、そうだね。俺たちは本当に、運が良かっただけなのかもしれないね。誰も死なせたくないって気持ちだけで旅をして、ここまで生きてこられたんだ。……これって凄いことなんだよね、きっと……」
シュウイチは怪訝そうに目を細めた。
得体の知れないものを見ているような目だった。
けれどカナメは怯まない。瞳を真っ直ぐ、シュウイチへと向けた。
「……でも、シュウイチさんだって、本当は殺し合いなんかしたくない能力者の一人なんじゃないかな……。俺は、そう思ったよ」
「なに……?」
シュウイチは後ずさりした。
けれど、カナメには彼の核心を掴んだ自信があった。だから、止めるわけにはいかなかった。
「俺の事なんて、プールで拘束した時点で、本当はいつでも殺せたじゃん。でもそうしなかったのは、やっぱりシュウイチさんも殺したくなかったからじゃないのかな……」
シュウイチの足が、止まった。
見開いた目が、カナメを見つめる。
揺れる指先の行き場がないのか、手は握ったり開いたりを繰り返している。
その心の揺れを、逃してはいけないと思った。
「働いてる時のシュウイチさんを見て、本当に良い人なんだろうなって思ったし、そう思った自分の気持ちは、最後まで信じたいんだ。……それに、俺が誤解させるような動きしちゃったのも確かだし……」
シュウイチは答えない。
だが、彼の気持ちを代弁するかのように、静かな風が吹いた。
肌をほんの少しかするほどの、弱々しい風だった。
「絶対殺さねえって本気で言ってんだな……? もし俺が今こうしても、同じこと言えんのかよ」
シュウイチは両腕をカナメに突き出した。
マリアが立ち上がろうとしたが、カナメは彼女を片手で制止した。
俯いたシュウイチの表情は読めない。
僅かに揺れる前髪が瞳を隠していた。
「もうそんな事しないって思ってるから……俺はここから動かないよ」
カナメはそれだけ告げて、彼の答えを待った。
沈黙を埋めるのは、風の音だけだ。
そこからしばらくして、ようやく静寂を破るように、彼のため息の音が落ちた。
「……実のところ、俺も」
シュウイチは唇を噛むと、バツが悪そうに話し始めた。
「三日間ずっとニコニコ働いてるお前を見て、悪いヤツじゃなさそう、とは薄々思っていた。けど、さっき声掛けた時に逃げそうになったのを見て……仲間を呼ぶ気なんだ、やっぱり戦うつもりなんだって思っちまった……」
もう彼は睨みつけてこない。
敵意はないと、信じたい。
「……ここまで力を使わずに、言葉だけで訴えてくるような能力者なんて初めてだよ……お前みたいなやつもいるんだな……」
シュウイチは自分に言い聞かせるように吐露すると、目を伏せたまま、ぽつりと呟いた。
「……言い訳みてえだけどよ……前に死にかけたことがあって……能力者そのものを信じられなくなってたのかもしれないな……悪かった」
シュウイチの言葉に、カナメはハァーっと胸を撫で下ろした。
全身に入っていた力が抜け落ちる。長い緊張で、知らない内に身体が強ばっていたようだ。
「良かった、わかってもらえて……」
カナメが笑顔を見せると、シュウイチはバツが悪そうに足元の小石を蹴った。
「……でもよ、何でそこまでして戦わねえんだ? 確かに本気で殺そうとまでは思ってなかったが、俺がその気になれば、お前は本当に死んでたんだぞ」
真っ当な質問に、内心ドキリとした。
それはわかっている。彼の言うことは間違っていない。実際、そのせいで一度マリアにも怒られている。
けれど、シュウイチと会って改めて思った。
明確な殺意を持っていない人とは、無理に戦う必要なんてないのだと。
誰も殺さず殺させず。
その方法は、「殺さないように傷つける」だけじゃないはずだ。戦いを回避して、平和に終わることがあったっていいじゃないか。
「……やっぱり嫌じゃん。殺し合わなきゃ生き残れないなんて。そうしなくて済む方法があるなら、俺はそうしたいよ」
シュウイチは一瞬面食らった顔をしたかと思うと、諦めたように「参ったな」と呟き、そのまま肩をすくめた。
彼はため息をつき、前髪をかきあげる。
そしてしばらく何か考えたあと、ハッと思いついたように顔を上げた。
「……そうだな。散々酷いことした埋め合わせに、持ってる情報教えるよ」
「情報……?」
カナメはチラリとマリアを見た。
マリアは何も言わないが、しっかり耳を傾けているようだ。
「お前たちのことを必要以上に警戒しちまった理由なんだが、実はもう一つあって……最近、何人かで手を組んでる能力者が、色んなところで暴れ回ってるみたいなんだ」
「えっ、何それ……」
不穏な言葉に不意をつかれ、声が漏れた。
マリアも少し前のめりになって口を挟んだ。
「どこの情報だ?」
「ここもその被害に遭った街なんだけどよ、目撃したって被災者が"四対一で戦争しているようだった"って言ってたぜ。その人はもう避難所からは出ていったけどな。それに……」
彼はゆっくりと自身の裾を掴んだ。
僅かに目元がピクリと動く。
やがて一瞬だけ袖を掴んで迷った手が、そのまま布をめくりあげた。
「えっ!?」
その服の下には、もう塞がってはいるが、深かったであろう傷跡が、いくつも。
その痛々しさに、胃が締め付けられる。
「……俺も前、三人組に襲われて命からがら逃げ出したことがある。能力者の首が組織への手土産とか言ってたから、何かしら集団があるんだろ。だから、最近の手を組んでる能力者はそんな奴らばっかだと思っちまった」
「く、首……!?」
「……組織だと……?」
カナメとマリアは、同時に反応した。
唐突に提示された具体的な危険に、胸の奥が凍りつきそうになる。
今目の前にいる人は実際に死にかけた能力者。
その事実が、どこで戦いが起きてもおかしくないのだと嫌でも突きつけてくるようで、息が詰まりそうだった。
「一瞬しか見えなかったけど、俺が戦った三人組は全員両手の甲にダイヤっぽいタトゥーしてたぜ。容赦ない戦い方してたから、もし見かけたら気をつけな」
そしてシュウイチは肩を竦めて、力なく笑った。
「大した内容じゃなくて悪いが、俺の持ってる情報はこれぐらいだ」
「……いや、十分だ。情報感謝する。……話も一段落ついた。ここで解散にしよう」
シュウイチはマリアの声に頷くと先に歩き出し、再び思い出したように「あっ!」と声を上げ、カナメの肩をポンと叩いた。
「……そういえばよ、人前で"トイレ掃除する"なんて言ってプールに行った手前、なんもしてねえと怪しまれるだろ? 先にプール戻るから、悪いけど掃除に付き合ってくれよ。心配なら仲間に見張ってもらってもいいぜ」
「え、うん……。……え? えぇ……っ?」
急な話の切り替わりについていけず、カナメはつい深く考えずに頷いていた。
しかし、呼び止めようにも返事を聞いたシュウイチは既に走り出し、気づけばもう離れてしまった。
仕方がない。後で追いかけよう。
「……しかし、怪我の功名とでも言うべきか。最後にとんでもない収穫があったな」
マリアの表情は硬い。
その冷静な、しかし重さを持った声に、カナメは先程の話を思い出して身震いした。
現実味のない話。
けれど、彼の傷が、一瞬だけ目に宿った苦痛の色が、「真実を話している」と直感してしまった。
心の奥底で何かが掻き立てられてる。
不安か、焦りか、恐怖なのか。
それを誤魔化すように、カナメはマリアに声をかけた。
「俺も、プール戻るね。……マリアも来る?」
「……見張るだけだ。手は貸さん」
仲間がいれば大丈夫。
カナメはそう思うことでしか、この胸のざわつきを抑えることができなかった。




