↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第三章
67/92

第67話 過去と今の被災者 〜マリアの一日目〜


「じゃがいも、切り終わりました」


 マリアはそう告げると、切り終わったじゃがいもを大きな金属容器へ移した。

 まだ切るべき野菜は大量にある。終わりが見えない。


 今日の夕食はおにぎりと豚汁。材料は日雇いの雇用主団体が用意したものだ。


 ここには、若い女性から、元気そうな年配の女性まで、幅広い年齢層がいる。その全員が髪をくくり、三角巾で完全に髪を隠している。被災者も日雇いも。マリアも例外ではない。

 

 むしろ衛生面を考えれば当然のルールだ。

 被災者も団体も、誰一人として手を抜いていないのが、目に見えて分かった。 


 屋外に広げられた調理スペース。

 マリアの担当は下ごしらえだ。

 ただひたすらに用意された大量の野菜を切る。

 それだけで時間が溶けた。


 最初に比べたら、ここで避難生活をしている人は減ったらしい。だが、まだ被災者は何十人も残っていると聞いた。

 そしてこの炊き出しは、日雇いの人間の夕食も兼ねているという。材料が多いわけだ。

 

 料理は人並みに出来た。

 と言っても、作れるのは可もなく不可もなくの家庭料理程度で、振る舞う相手も家族ぐらいしかいなかった。

 味のアレンジは得意ではないが、レシピ通りに作るものなら何の問題もない。

 

 マリアは次に人参を手に取ると、また黙々と作業を続けた。


「これなら暗くなる前に間に合いそうね!」「いいから早く、次のお米炊いちゃって!」


 この避難所にはガスも電気もない。

 団体の持ってきたガスコンロを使って、大きめの鍋で豚汁を、釜戸で米を炊いている。

 鍋は複数個あるが、当然一回の調理で何十人分の食事を賄えるはずがない。とにかく夕方までに調理を終えるため、全ての鍋を並行して使い、豚汁を作ることになっていた。


「マリアちゃん、ごめんね急がせちゃって!」


 おにぎりを握っている女性が、そうマリアに声をかけた。その後ろでは、鍋の前に立つ別の女性が、今か今かと人参を剥き終わるのを待っている。


「いえ。すぐ終わりますから」


 マリアは、慣れた手つきで人参をいちょう切りにしていく。

 

 料理なんて、初めて襲撃された日から全くやっていなかったが、指先はしっかり覚えているらしい。少しだけ、家があった頃を思い出した。

 

 鍋と釜戸から立ち上る湯気に囲まれ、汗を浮かべながら作業していると、不意に男性の怒号が近くで聞こえてきた。


「おかずが少ねぇじゃねえかよおい! こんなんで足りると思ってんのか!?」


 年配の男性だった。

 その視線の矛先は、恐らく外部の人間のみに向けられている。


「外から食材持ってくるんならよ! もっと満足に食えるよう、もっと持ってくるべきなんじゃねえのか!? えぇ!?」


「ちょっと、ケンさん……おやめなさいよ……」


「お前らも、黙ってこいつらに従ってメシなんか作ってねえで、なんか言ってやれよ!」


 ……こういう人もいるだろうな。


 感想はそれだけ。

 気にせず静かに野菜を切っていく。


 だがその態度が気に食わなかったのか、男性はマリアに目をつけると、わざと足音を鳴らして、ズカズカと近づいてきた。


「おい、聞いてんのかってんだ!」


 マリアは無視する。

 すると男性はさらに激高し、テーブルをバンッと強く叩いた。


「どうせ俺たちに情けでもかけて、私たち偉いことしてますよとでも周りに自慢したいんだろ! 帰ったら家があるような、何も知らん若造が! いいご身分だな!」


 食材の近くで騒がれるのが迷惑だった。

 ただそれだけ。

 

 マリアは男性に見向きもせず、淡々と答えた。

 

「家なんてありませんよ。家族も全員死にました」


 ───。

 

 マリアの返しに、一瞬で辺りがしんと静まり返った。包丁の音一つを残して、音を出すものは何も無かった。

 

 男性は固まっていたが、作業には関係ない。

 マリアは切り終わった大量の人参を金属容器に入れて、鍋の隣に置いた。


「次の鍋の分の野菜、切り始めますね」


「……え……? あ、ああ……お、お願いね……」


 マリアの声に女性が驚く。

 それを皮切りに、周りの時間もぎこちなく動き出した。

 

 先程まで怒鳴り散らしていた男性は「……チッ」と舌打ちしてどこかに歩いて行った。 

 そんな形でしか感情を吐き出せないほど、追い詰められているのだろう。

 だが、例えそうだとしても、同情しようとは思わない。ただ冷めた気持ちだけが残った。


「ね、ねぇ、マリアちゃん……さっきの話……」


 おにぎりを握っていた女性が恐る恐る話しかけてきた。気を遣ってくれているのだろうが、別に必要はない。


「随分前の話です。お構いなく」


「……あ、そ、そう……じゃなくて……」


 女性は慌てて両手をパタパタと振る。


「嫌な思いさせちゃったでしょう、ごめんなさいね? あのおじいさん、避難所に来てからずっとイライラしてて……」


「いいえ。私はただ、仕事をするだけなので」


 マリアの手は止まらない。

 ひたすら野菜を切り刻んでいく。


 しばらくの間、料理の音だけが静寂を拒否していた。

 女性たちの間で、気まずそうな空気が流れる。

 マリアの扱いに困ってしまったのだろう。

 

 心なしか、全体的に作業のスピードも遅くなった気がする。空気の重さが足を引っ張っているのかもしれない。


 ここにいる人たちの中にも、家族を亡くした人はいるだろうに。外部の人間のことなど、気にしなくてもいいのに。


 ──マリアの手は、止まらない。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。